VOL.2

 変わった。といっても、確かなものではない。 

 

 時々、ぼうっとしている。


 それまで聴いたことのなかったような音楽を聴くようになった。


 夜、夫婦の営みの最中(二人はそれほど頻繁ではなかったものの、それでも週に二回は必ずあった)にも、何やらをしているように見える。


 彼が気が付いたのは、大体以上の通りだそうだ。


 そして、彼女が『変わり始めた』のは、件のレストランに通い始めてからだという。



『私は、妻を愛しています。だから、離婚なんかするつもりはありません。でも、夫として妻の事を知りたいと思うのは、当然の感情じゃないでしょうか?』


 俺は黙ってコーヒーを飲み干し、シナモンスティックをくわえ、腕を組んで考え込んだ。


『まあ、とにかく一度そのレストランというのを下見してみましょう。お引き受けするのはそれからでも構いませんか?』



 その店は、国道〇号線沿いで、大内広夫妻の住居から、40分ほど離れた場所にあった。

 店名は洒落たローマ字で『ハヤミ』と、ただそれだけだった。どうやらオーナーシェフの名前らしい。


 店構えはほんのささやかなもので、恐らく客席は40人ほどで埋まってしまう程度だという。


 前庭にはお洒落なテラス式になっており、如何にも女性の好みをそそりそうな、そんな店構えだった。


 営業時間は午前10時から午後の3時迄、2時間ほど休憩をはさんで、夕方の5時から夜の7時までとなっている。


 しかし、どうしたものかオープンしてこの方、客足が途切れたことがない。


 それも、客の八割、いや、ほぼ10割が女性だった。


 土日などは稀に子供連れも見受けられたが、平日はそれもない。


 店の方では格別女性だけに限定しているわけではないようだが・・・・。


 彼女・・・・つまり大内氏の妻の絵里子も、ほぼ毎週、いや、正確には土日を除いた毎日、平日には子供たちを学校に送り出した後、特別な用事のある時以外、そのレストランに出かけている。


 物は試しだ。


 ある日、営業を開始して1時間ほどした午前11時、俺は出来るだけ正装に近いなりで客待ちの列に並んでみた。


 確かに女性しかいなかった。女性たちの年齢層は様々のようだ、20代半ばくらいから、上は60歳くらいまでが、派手とはいえないまでも精いっぱい並んでいる。

だが、その客たちが全員何故か俺を胡散臭うさんくさい目で見るのにいささか面食らったものの、敢えて気にもかけずにそのまま立っていると、


店の中から制服姿の、妙に顔の青白いウェイターが出てきて、


『あのう・・・・お客様、申し訳ございませんが、あれをご覧になって下さい』


 そう言ってドアの直ぐ脇にぶら下がっている札を指差す。


 白抜きの洒落た字体で、こう書かれてあった。


『本日水曜日は女性のお客様専用デーとなっております。誠に相済みませんが、男性のお客様はご遠慮頂きたく存じます』


 俺は時計をながめて日付を確認する。

 

 確かに今日は水曜日だ。


 ウェイターの男は慇懃無礼な仕草で俺に頭を下げて、


『こうした事情ですので・・・・』と付け加えた。


 仕方がない。


 俺は踵を返すと、そのまま店を後にする。


 少し離れた場所で俺が見て居てると、食事を済ませた女性客が何人か店から出てきた。


 俺はその目つきに、何やら尋常ならざるものを感じ、何だか背筋がぞっと感じるのを覚えた。


 彼女たちの目は、うっとりと、夢見がちで、何やら陶酔の余韻が続いているような・・・・そう、それは美味い物を堪能した。というようなものではない。


 明らかに性的な余韻、そう表現してもいい。


 何があるのだろう?


 俺の中にある好奇心というやつが、頭をもたげてくるのを、自分でも感じた。


 

 

 


 

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