夢魔は水曜に囁(ささや)く
冷門 風之助
VOL.1
俺は全開にしたウインドウに肘をかけ、サングラス越しに道の向こうのその店を、もう小一時間も張っていた。
時刻は午前9時、開店まであと1時間はあるというのに、お洒落な佇まいの、どこかフランスのカフェを思わせるその店は、既に行列が出来ていた。
しかも、それが全て女性、年齢層はバラバラだった。
それだけじゃない。
全員がシックな装いで着飾り、まるで何か恋人にでも会うような、そんな表情をしていた。
このレストランはつい1年ほど前に開店したばかりで、それがどういう訳か口コミやらSNSやらで噂が広まり、こんな行列が出来るようになったのだという。
『優雅なもんだねぇ。女ってのはよっぽど金があるんだな』
左ハンドルのアメ車、フォード・ムスタングの運転台で、ジョージが生あくびをしながら言う。
彼の言うとおりだ。
行列の中には彼女の姿もあった。
彼女は俺が尾行を開始してから三日間というもの、ほぼ毎日のようにこのレストランに日参している。
グリーンのニットのアンサンブルに、クリーム色のパンツ。それにつばの広い帽子を被ったその姿は、何処と言って変わりない、普通の30代半ばの女性にしか見えなかった。
『妻の事を調べてください』
彼がそう言って俺を丸の内の勤務先近くの喫茶店に呼び出したのは、10月も半ば過ぎの事だった。
彼・・・・名前を
『
『いえ、それは分かっています。分かっていますが、もう他に頼る
彼は
(冗談ではない。正にそういう目だった)
俺は頭を掻き、ため息をついた。
性別に関係なく、どうも俺はこういう顔に弱い。
俺の顔を見ながら、カップの中のコーヒーを一気に飲み干して、肩で息を二度繰り返した。
彼はそう言って、自分と二人で並んだ妻の写真を見せた。
彼・・・・大内広と、妻の
今時の女性には珍しく、控えめで大人しやかなところが、彼の琴線に触れたという。
3年の交際期間を経て結婚し、現在は都内の東中野にマンションを買って住んでいる。
今年で結婚12年、子供は現在小学5年生の男の子と、小学3年生の女の子が二人。独身の時は某私立病院で医療事務の仕事をしていたのだが、結婚を機に退職。専業主婦となった。
結婚生活は至って円満そのもの、夫婦喧嘩すら殆どしたことがないという。
『その奥さんに、疑問を感じたという訳ですか?』
彼は俺が訊ねると、二杯目のコーヒーを半分だけ飲み、目を伏せて頷いた。
『家の近くに、ちょっと小粋なフレンチレストランが出来ましてね。ある時彼女は
友人・・・・つまり”ママ友”というんですか・・・・に誘われてそこに行ったんですが・・・・・』
それから、彼女の様子が変わり始めたのだという。
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