第13話 厄災は瞬く間に

 意気揚々と部屋を抜け出したレオンとジェイクはその足をすぐに止める事になった。

 あろう事か見事にリリーナたちと鉢合わせしたのである。


「ジェイク…。」


「げ、親父…。」


 明らかに動揺するジェイクは思わず後退った。

 騎士団長は信じられないものを見たかのように目を見開いている。


「どういうことだ、ジェイク?」


 奥から侍女が花瓶を持ってこちらに向かって居る。

 その邪魔にならないように配慮しつつジェイクに歩み寄った騎士団長はジェイクを壁際に追い詰める。


 ジェイクは自分のある字であるレオンに助けを求めるが、レオンは首を振るだけだった。

 リリーナは彼らのやり取りをぽかんと眺めていたのだが、リリーナの探知範囲に妙な気配を感じてすぐに気を引き締めた。


 その原因はすぐに分かった。


 本来身分の高いものが通路を移動するとき侍女は通路の脇に控える。

 だが、その侍女はそれを無視してこちらに向かってきた。


「危ない!」


 きらりと光るものを見てリリーナはジェイクと呼ばれた青年と共に来た金髪の青年を庇って飛び出した。

 勢い良く飛び掛ったリリーナの勢いを殺しきれずにレオンはリリーナと共に倒れこむ。

 がしゃんと花瓶の割れる音が通路に響いた。


 慌てて騎士団長が侍女を取り押さえる。

 目の焦点の合わない侍女は取り押さえられながらも動こうともがいている。

 リリーナは割れた花瓶の破片を一つ手に取ると勢い良く壁に向かって投げつけた。


 ざっくりと魔物に当たり姿を隠していた魔物が姿を現す。

 それを見たジェイクはすぐに抜刀して魔物を切り殺した。

 その瞬間侍女は糸の切れた操り人形のように崩れ落ち、意識を失った。


「えっと、大丈夫ですか?」


 リリーナはレオンに向かって手を差し伸べる。

 その手を取ろうとしたとき、通路に罵声が響き渡った。


「そこの娘、何をしている。」


 長い黒髪をもつ男がリリーナに駆け寄るとリリーナの手を掴んで引っ張った。


「きゃっ!」


 鬼気迫る表情の男に恐怖を感じたリリーナは思わず叫び声をあげた。

 その後から小太りの老齢の男が近づいてくる。


「これはこれは、レオン殿下ご無事ですかな?」


「ガイウス・マチェンダ……。」


「名前を覚えてくださっているとは感激ですな。」


 にまにまと笑いながら近づいてくる男は通路の状態を見て眉を顰めた。


「この様は何だね。」


 通路には割れた花瓶の破片が飛び散っており、中の水か通路を汚していた。


「侍女殿が気を失って倒れてしまったのですよ。花瓶はその時に割れたのです。それよりも、彼女を離していただけますか?」


 レオンは黒髪の男を睨み付けた。


「シェイバルその娘を離せ。」


「しかし、ガイウス様こいつは…。」


 ぎろりとガイウスがシェイバルを睨み付ける。

 悔しげにシェイバルは掴んでいた手を離した。

 リリーナはその男に見覚えがある。


 その魔力にもしっかりと覚えがあった。


「あなたね、城内で魔物を使役していたのは。」


 その言葉にシェイバルはぎょっと目を見開いた。

 そして込み上げてくる怒りのままにリリーナに余計な口を開かせないように頬を打とうと手を上げた。

 その手を騎士団長が掴み取る。


「シェイバル殿これは何の真似ですか?」


「小娘が私に濡れ衣を着せようと……。」


 その言葉で騎士団長はぎらりと目を光らせた。


「ほう。濡れ衣ですか?それは何についての事ですかな?」


「こ、この娘が私に魔物を使役したと…。」


「ほう。それが問題でも?」


 その言葉を言った後でシェイバルは頭が冷えた。

 そして自分が愚かにも自白してしまった事に気が付いた。

 魔物の使役。


 それは別段おかしな事ではない。


 呪属性持ちの者たちは魔物を使役して国の為に尽くすものもいるのだ。

 おかしな事ではない。

 だが、シェイバルは自分が行っている事を正しく理解していた。


 だからこそ、リリーナの言葉に反応して怒りを感じたのだ。


「い、いや。私の思い違いだったようだ。すまない……手を離してもらえるか。」


 騎士団長はシェイバルの手を離したがその目は明らかに警戒している目だ。

 シェイバルは己の失態に気づき悔しげにリリーナを見た。

 あからさまな悪意にリリーナは身を強張らせた。


 嫉妬や羨望などの視線には慣れているリリーナだが、ここまで憎悪を感じる視線を受けた事はないのだ。


「その程度の謝罪で許せるものではありませんわ。」


 リリーナはこのまま放置すれば命に関わりそうな気がして声を上げた。


「リリーナ嬢。」


 騎士団長が嗜めるように名を呼んだが、リリーナはキッとシェイバルを睨み付けてその視線をガイウスに向けた。

 ガイウス・マチェンダ。


 彼は大公の地位を冠する貴族だ。

 王族の次に位が高い彼に対してリリーナが口を出すなど本来は憚られる。

 だがリリーナはこの場でけりを付けて置かねば安心など出来ないと考えての発言だ。


「この先、私や殿下に対して傷つける事をしないと約束していただきたいのです。もちろん、ご自身は元より他者を介してもいけないという誓約を持って誓っていただきたいですわ。」


「なっ!なんだと。」


 誓約。

 それは契約による絶対な戒め。

 契約魔術の一種で誓約を交わし互いに誓い合う為の魔法。


 これは誓いを破ると相応の罰を受けることになる為、簡単な契約には滅多に使われる事はない。

 だが、これは誓いさえ破らなければ問題がないため重要な契約には用いられる。


「どうして驚かれるのですか?傷つけない約束を取り付けるだけですわ。それとも、それが出来ない理由でもありますか?」


 その言葉にぐっと詰まったようなマチェンダ大公は私を忌々しそうに見る。


「ふざけるな。この小娘が!」


 シェイバルが怒りをリリーナにぶつける。

 黒い呪いがリリーナに向けて放たれた。


「なっ!」


 リリーナの後ろにはレオン王子が居る。

 それなのに呪いをかけようなどと暴挙に出るとは。

 リリーナは魔力を集めて防御しようと結界を構築する。


 だが、結界は物理的なものや魔法の攻撃は防げるが呪いまで防げる機能はない。

 呪いはリリーナの結界をじわじわと侵食してリリーナに襲い掛かってきた。


「きゃぁ!」


 リリーナにぶつかろうとしたその時、リリーナの胸元のアクセサリーが光を放つ。

 『リフレクション』が使用者の危機に自動的に発動したのだ。

 光は呪いの黒いもやを包み込んで反射する。


「ぐぎゃぁああ!」


 シェイバルに跳ね返った呪いはシェイバルに当たるとその効果を発揮する。

 まるで年を一気に取ったかのような姿に変貌したシェイバルを見て、リリーナはぞくりと身を震わせた。

 もしリフレクションがなければ今頃……。


「リリーナ……。」


 レオンがリリーナをそっと抱きしめた。

 硬直しているリリーナはレオンの腕の中で震えていた。


 子供をあやすようにリリーナの背を擦ってレオンはシェイバルを睨み付ける。

 そしてその主であるマチェンダ大公に抗議の視線を送る。


「これは、どういうつもりですか?マチェンダ大公。あなたは、彼の主だ。なぜその暴挙を止めようとしない。」


「そ、それは。その男がいきなりやった事だ。私は止める間もなかった。」


 慌てて反論するガイウスはシェイバルを睨み付けると私は関係ないと言い張った。

 そしてその男の事は好きにすればいいと言い捨てるとその場を去ろうとする。

 だが、そんな事で許すレオンではない。


「マチェンダ大公。この責任はきっちりと取っていただく。」


「なっ!レオン殿下、なぜです。私は関係などないではありませんか。」


「貴行の従者であればその責は当然貴方にあるのでは?」


 わなわなと震えるガイウスは震える拳を握り締めこの騒ぎの元凶であるリリーナを睨み付けた。

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