第14話 巻き込まれた後で
双方譲らずに対峙しているとこつりこつりと靴音が近づいてくる。
「その辺にしてはいかがかな?」
騒ぎを聞き付けてか突然現れた人物に全員の視線が集中する。
「レスター・クライム殿。」
かつて教会の教皇にまで上り詰めた人物で頭の切れる人物だと評判だ。
俗世に戻ったばかりではあるが今はクライム公爵家当主となっている。
淡い青みがかった銀の髪に金の瞳を持っている。
リリーナと同じ色を纏うその男はガイウスとレオンの間に割って入った。
「責任の所在などよりも今は片付けるべき事があるでしょう。」
ちらりとシェイバルを見て通路の惨状に視線を落とした。
「ふん。私は従者の独断に付き合うつもりはない。」
そう告げるガイウスにリリーナはちょっと腹が立った。
大公が相手だということも忘れてリリーナは震える体を叱咤してまっすぐ向き合った。
「では、一つだけご忠告を。」
「なんだね。」
ムッとするガイウスにリリーナは構わず続けた。
「このような騒ぎを利用されスケープゴートにならないように気を付けられた方が宜しいかと。」
「何?」
「貴方がその積もりではなくてもそれを利用する輩は大勢いるという事ですよ。」
言わなくてもすでに危害を加えた従者と明らかに使役したという言葉に反応した従者。
十分に昨日の事件を彷彿させるには十分すぎる材料だ。
当然この状況になった時点で大公が無関係などと思う者など一人もいない。
「ふん。当たり前だ。」
流石にそこまで愚かではないのかガイウスは応える。
「まぁ、誰かに唆されたなんて事であっても驚きはしませんけどね。」
その言葉にピクリとガイウスは反応する。
そしてその視線はある一点を見つめた。
「………。」
全員の視線がその一点に集まる。
先ほど現れたレスター・クライムへとガイウスの視線は固定されている。
その瞬間沈黙が辺りを支配した。
だれも身動きが取れずに固まっている。
「えっと……。」
硬直した面々を見回してリリーナは騎士団長に視線を向けた。
明らかに動揺している騎士団長はリリーナの視線を受けて駆けつけてきた騎士たちにシェイバルを連れて行くように指示を出した。
その言葉で固まっていた周囲にやっと時間が流れ出す。
騎士団長はコーザに倒れている侍女を救護室へと連れて行くように指示して私たちを連れてこの場を去った。
なぜかレオン王子に手を引かれてリリーナは通路の角を曲がる。
その瞬間、リリーナは全身を震え上がらせる悪寒に体を震わせた。
思わずきょろきょろと周りを見渡すがレオンがリリーナの腰に手を回してその場から移動させた為にそれに気が付かなかった。
「……似ているな。」
通路にポツリと響いた声は低くそれでいてよく通る声。
その声の主であるレスターはかつての大切なものの面影をリリーナに見つけほくそ笑んだ。
レオン王子がこちらを睨み付けてきたがそれさえも可笑しくて仕方がない。
すべてがどうでも良いと思っていた。
大切な人を亡くしてからレスターは国さえもめちゃくちゃにしてしまおうと思っていた。
だからこそ、愚かな大公を焚付けて少しでも楽しみが増えるならと考えていた。
だが、継承争いという政治的混乱よりも面白い物が手に入るかもしれない。
愛おしい大切な花を失ってからレスターの世界には色がなくなっていた。
その真っ黒な世界に一輪の青みがかった銀色の美しい鈴蘭の花が咲いた。
――――…
騎士団長に連れられたリリーナはなぜか国王陛下の執務室にお邪魔していた。
何でこんな事になったのだろうと出されたお茶を飲みながらリリーナはほぅと息をついた。
「それで、結局何がどうなったのか教えてくれるか?」
国王であるアーサー・オステア・ラザールはレオンと同じ色である金の髪と青い瞳を持っている。
その顔は騎士団長に向いているのだが、視線がリリーナに向いているのはどうしたものか。
「シェイバルは現在取調べを行っておりますが、随分と口の堅い男で難航しそうです。ガイウス・マチェンダ大公には監視を付けてあります。そして恐らく大公を唆したらしいレスター・クライムにも監視を付けておりますが、ガードがかなり固いので恐らく彼からは何も出ないでしょう。」
「そうか。それで、そもそもお城探検がなぜそんな大事になったのかな?リリーナ・ヴァレイ子爵令嬢。」
「えっと。何ででしょうね…。」
ジト目で見てくる騎士団長を見てため息をつく。
「昨日の魔物の騒動を覚えていますか?」
「あぁ、マッド・パペットという魔物に操られてそなた達のいた会場を襲ったのだったな。」
「魔物が単独でそんな事をする事はありえません。ここはそんなものがやすやすと入り込める場所ではないので。」
「ふむ。それで?」
「魔物は魔物自身の魔力の他に別の魔力も纏っていました。私は魔物を始末した後、その別の魔力の元を探しました。」
「それで操ったものを確認したのだな?」
「はい。その男は先ほど捕まったシェイバルという男でした。さっきまでは名前も知りませんでしたが、その男の魔力をずっと昨日から追跡していたのです。」
「追跡だと?」
リリーナは頷いてそっと隠し持っていた魔石に送り続けていた魔力を止めた。
そしてその魔石をテーブルの上に置く。
「それに魔力を通してみてください。記録されたものを確認できるはずです。」
「騎士団長。」
「はっ!」
騎士団長は魔石を手に取ると自分の魔力をそれに流し込んだ。
すると声が再生される。
その声を聞いて騎士団長は目を見開く。
シェイバルと大公のやり取りはもちろん、先ほどまでのやり取りも全て記録されていた。
「この魔石は…。」
「昨日のマッド・パペットのものです。魔石の持込なんてするわけにはいかないでしょう?それに『アイテムボックス』を城で許可なしに開くわけにはいかないもの。」
「そうだな。」
この魔石を証拠としてシェイバルと大公は逮捕された。
ただ大公を唆したとされるレスターは証拠もないため手出しは出来ない。
リリーナの活躍でこの件はうやむやな形ではあるが、無事に収束を向かえる事になった。
――――…
後日、リリーナはなんとも言えない命令書を受け取る事になった。
レオン王子付きの専属侍女として城に上がる事になったのだ。
色々とやらかした事も父や兄に知られ大いに心配された先にこんなものが届くなんて。
リリーナは命令書に記された国王陛下の名を見てがっくりと肩を落とした。
城での仕事が始まるのは一月後なのでまだ少し時間はある。
それまではゆっくりと過ごそうと考えていた矢先、リリーナは父に呼び出されさらに驚愕する事になった。
子爵家はそれより上の貴族に逆らうことはできない。
リリーナは差し出された手紙の指示である屋敷を訪れた。
「よく来たねリリーナ。」
その男はリリーナと同じ色を纏っている。
先日の事件を裏で操っていたはずの人物はリリーナを呼び出して目的を告げた。
「君をクライム公爵家に養女として迎える。」
「それは随分と唐突ですね。」
「別に不思議はないだろう?君の母の実家なのだから。」
「お母様の?」
「知らなかったのかい?」
レスターはリリーナを手招きするとひょいと自分の膝に乗せて屋敷の管理をしている執事にあるものを持ってこさせた。
「これは。」
「君の母が小さいときに描かれた肖像画だね。こっちが私だ。」
家族で仲良く描かれた肖像画を見てリリーナは少しだけ羨ましく思った。
「家族はもうこの世にはいない。愛しい妹も。だから私の家族になってくれないかリリーナ。」
「寂しいの?」
「そうだね。寂しかったのかもしれない。家族を失って私はすべてがどうでも良くなった。だから君を見たときとても心が弾んだよ。君がいれば私はもう寂しい思いなんてしないで済む。」
レスターの瞳を見上げてそれからリリーナは家族で描かれた肖像画を交互に見た。
「いいわ。その代りもう悪いことしないでね?」
「誓おう。」
その日リリーナはレスターの娘として登録された。
ずっと傍にいる事を望んでいるわけではない。
ただ繋がりが欲しいのだとレスターは言った。
そして偶に会いに来てくれればいいとも。
リリーナは子爵家である家も大切だと言った。
どちらも大切にしたいことをレスターは快く受け入れてくれた。
リリーナはこの日家族が一人増えることになった。
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