第12話 不穏な影

 足元に落ちるそれが死んでいるのかを確認していつも通りリリーナはナイフでそれの魔石を取り出した。

 だがリリーナは突然かけられた声に驚いてびくりと跳ねた。


「それは、狂人形マッドパペットか。」


「そのようですね。ところで今のどうやったのです?」


「何の事だ?」


 上を見上げるようにリリーナは精悍な顔立ちの男に尋ねた。


 先ほどから警戒しているのに背後を取られるなんてリリーナには驚きの経験だ。

 ずっとリリーナは周囲の探知を行っていた。

 それなのに後ろに立つ男は気配を感じさせなかった。


 いや、気配なら今も別の場所にあるのだ。

 それを確認したリリーナはなるほどと納得した。

 魔力をずらしたのだと理解したからだ。


「こうやったのですね。」


「ほう。」


 試してみて出来た事に満足したリリーナはそのままスタスタと歩き出した。

 その後姿を見て男は近くにいた騎士に指示を出す。


「コーザ、あのご令嬢の後を付けて来い。何かあれば知らせろ。」


「はい!騎士団長。」


 返事をしてコーザは慌ててリリーナの後を追っていく。


「周囲に危険はないか調べろ。決して見逃すな。」


「はっ!」


 騎士団長と呼ばれた男は後始末をするために指示を飛ばした。

 恐怖に震える女性たち。

 その中で一人の青年は先ほどのやり取りを驚きの表情で見ていた。


「見つけた。」


 その言葉は誰にも届かない。

 全員が恐怖に怯えてそれどころではなかったからだ。


――――…


 リリーナは手にした魔石を持ったまま城を真っ直ぐ歩いていた。

 後ろから一人の騎士が付いてくるがお構いなしに進む。

 先ほどリリーナはマッドパペットと呼ばれる魔物を始末した。


 だがあれは誰の手引きもなしにこんな場所に現れるものではない。

 そして恐らく使役されていたであろうマッドパペットの纏っていた魔力を頼りに歩いているのだ。

 リリーナは先ほどの場所に魔力を置いたまま自分の魔力を閉じて歩いている。


 こんな経験は初めてだが魔力に慣れ親しんだリリーナにとって造作もない作業だった。

 真っ直ぐに歩いていたリリーナはある通路に来るとその足を緩めた。

 その通路には3人ほどの人物がいる。


 一人は城の侍女らしく通路を掃除している。

 もう一人はただの通りすがりらしく足早に去って行った。

 もう一人はじっと外を見つめて佇んでいる男。


 リリーナはそれらを確認して自分の魔力を消失させた。

 びくりと外を見ていた男が肩を震わせた。

 それを見たリリーナはそのままその場を通り過ぎて行った。


 騎士は何も分からずにその後を付いていく。


――――…


 結局一周してリリーナは元の場所へと戻ってきた。

 騎士は何がしたかったのかと首を傾げてリリーナの後を付いてまわる。

 そんなリリーナの姿を見つけた騎士団長は、首を傾げているコーザを見てため息を付いた。


「リリーナ・ヴァレイ殿、どちらに行っておられたのだ?」


「さっきの……。」


「これは失礼した。私は騎士団長を務めているアレックス・フェスターという者。それでどこに行っておられたのかな?」


 その言葉にリリーナは目を瞬かせて視線を自分の手に向ける。

 魔物の血に染まった手を見て騎士団長はリリーナを見つめる。


「手を洗う場所はないかと探していましたの。」


 困ったように答えるリリーナに騎士団長は手を洗うために水を持ってくるように指示を出した。

 手を洗ってついでに魔石も綺麗に洗い流したリリーナはお礼を言うとその場から立ち去ろうとして思いついたようにくるりと振り向いた。


「ねぇ、貴方。」


「わ、私ですか?」


 コーザが慌てたように応える。

 こげ茶色の髪は癖があり緑の瞳は何を言われるのかと怯えの色が滲んでいる。


「そう、貴方。私手を洗いたかったのにずっと付いてくるだけで何も言ってくれなかったもの。責任を取って明日私に付き合ってくださる?」


「え、それは……その仕事が。」


 おろおろとしどろもどろな返答を返すコーザに騎士団長が苦笑して代わりに応えた。


「では責任を取って私とコーザがリリーナお嬢様にお付き合いしましょう。」


「あら、騎士団長様もいらっしゃるの?」


「えぇ、部下の失態は私の責任でもありますから。」


「では明日、お城を探検したいわ。」


「お城探検ですか?」


「そう。駄目かしら。」


「……いえ、ではそのように手配しましょう。」


 リリーナはこうしてその日も城に泊まる事になった。


 リリーナが部屋へと去って行ったのを見届けて、騎士団長はコーザに何があったのか問いただしたが、道半ばの回廊で足の速度が変わった以外は特に何もなかったとコーザは応えた。

 だが何もないはずはない。


 リリーナは騎士でさえ気づかなかった魔物に気が付いたのだ。

 そしてその機転のお陰で一人の命を奪わずに済んだ。

 そのリリーナが手を洗うためだけに歩き回ったなど到底考えられない。


 足を緩めた回廊にいた人物を聞いて騎士団長は眉を顰める。


「嫌な予感がするな。」


 コーザの答えた人物に一抹の不安を覚えた騎士団長は明日に備えての調整に取りかかった。


――――…


 次の日の朝、早くからリリーナは城の探検と称してコーザと騎士団長を連れてうろうろと歩き回っていた。


「リリーナ嬢、なんだか眠そうですね。」


 コーザが何の気なしにそんな言葉を告げる。

 リリーナはコーザを振り返るとまるで子供のように楽しげに笑った。


「だってお城探検なんてめったに出来ないもの。昨日は目が冴えて眠れなかったのです。」


 あまり眠れていないリリーナのテンションは少しおかしい。

 昨日の淑女らしい姿はどこへ行ったのかというほど今日のリリーナは子供のようにはしゃいでいた。


 いろんな場所を探検して廻っているリリーナが何を考えているのか後ろに付いて歩く二人にはさっぱりと分からない。


 上から順に見るとか、下から順にと言った順序ではなく縦横無尽に見て廻るリリーナはどこを目指しているのか騎士団長にも分からない。

 だが、何かしら意図はあるはずだとリリーナの一挙一動を見逃すまいとしていた。


――――…


 城のとある一室で二人の男がある事に付いて話していた。

 一人はソファーで寛いでいるが一人は使用人なのか立ったままだ。


「失敗したようだな。」


「申し訳ありません。次こそは必ず。」


「あまり待てない。私は気が短いのだ。」


「どうぞ、お任せを。次はしくじりません。マッドパペットは一体やられましたが、もう一体準備してあります。すぐに結果は出るでしょう。」


「ふん。次、失敗したら分かっておるな。」


「もちろんです旦那様、このシェイバル呪術師の名にかけて必ずやガイウス様の役に立ってみせましょう。」


 長い黒髪をもつ男はマッドパペットを操り次の目的のために解き放った。

 ターゲットはかの王子。

 侍女に取り付いたマッドパペットを遠くから操作してにやりと笑った。


――――…


「ジェイク頼む。少しだけだ。」


「レオン様いけません。昨日の今日ですよ。何かあったら俺の首が飛びます。」


「私が願ったんだ。君に迷惑はかけない。」


「ですが、女性を見たいからってこんなの駄目ですよ。」


「頼む。ジェイク…。」


「はぁ。分かりました。頭を安易に下げるの止めてくださいよレオン様。」


「でも親父が一緒にいるって聞いて居ますよ、かの令嬢。お城探検って今時子供っぽくて可愛らしいですけど。」


 王子を連れ出したと知られたらと頭を抱えるジェイクは騎士団長の息子で、目の前で今すぐ部屋から飛び出しそうな主、オステア王国第一王子であるレオン・オステア・ウェストを見てため息を付いた。


 レオン様は正妻の息子ではないため継承権は弟よりも低い。

 だが王族である彼はただでさえ命を狙われる立場だというのに昨日の今日でこれだ。

 なんでもレオンの初恋の人だというかの令嬢。


 いままで社交界に姿を現さず噂だけの女性。

 鈴蘭の姫。

 一体どこで出会ったのか聞きたい事は山ほどあるが、主の願いを受けてジェイクはレオンを部屋の外へとそっと連れ出した。

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