第2話 魔法はイメージ

 ひたすら本の虫と化したリリーナは9歳になっていた。

 未だデビュー以来外に出た記憶はない。

 箱入りからの脱却はどこへやらと突っ込みどころ満載の状態で、以前よりも篭りがちになったリリーナは人の目から見れば箱入りどころか立派な引き篭もりだ。


 そんなリリーナがここ最近熱心に取り組んでいるのは魔法だ。

 魔法とは、体内に秘められた魔力を用いて現象を起こす不思議な力の事だ。

 魔法は詠唱と魔法発現する想像力によって発動する。


 イメージがきちんとしていなければ上手く現象を起こす事は出来ない。

 魔力は使用すると一旦減るが時間をかけて回復する事が出来る。


 魔力は使い過ぎると倒れてしまうので、扱うなら自分の限界を知っておく必要がある。

 当然広範囲の魔法は途方もない魔力が必要であるし、威力の高い現象を起こすなら魔力も相応に必要なのだ。


 平民に魔法を使える者が少ないように、貴族でもやはり高位の貴族と下位の貴族では魔力量に差が出る。

 リリーナの魔力量が多いのは高位の貴族であった母のお陰だろう。


 魔法の得意属性は瞳の色に現れる。

 赤い瞳であれば火の属性、青い瞳は水の属性、緑の瞳は風の属性、茶色の瞳は土の属性。

 そして黄色の瞳は光の属性、紫の瞳は闇の属性、灰色の瞳は空の属性、薄い水色の瞳は聖の属性、黒い瞳は呪の属性だ。


 大抵の魔法使いは得意な属性を研鑽するのが通例だ。

 苦手に費やす時間は得意属性を伸ばす妨げにしかならない。

 ただここで1つの問題が生じた。


 独学で本を頼りに学ぶリリーナは得意属性の事に気が付かないまま魔法の取得に励んだ事だ。

 魔法に関する解説本が家に無く、魔法の辞書のようにただそれぞれの属性魔法が書かれた本しか置いて居なかった。


 そしてリリーナは誰にも知られないままあらゆる魔法を使いこなすスペシャリストと化していた。

 金の瞳は特別だ。

 その瞳は属性に偏りがないオールマイティーであった事が幸いした。


 何よりもリリーナは魔法を誰にも気付かれないように練習すべく危険度の低い生活魔法から始めたのだが、本ばかり読んでいたリリーナは魔法のとある共通性に気がついた。

 そう、それは全ての魔法は生活魔法に通じるという事。


 そして持ち得ていた知識という助けもあった為にオリジナルの魔法をいくつも作り出した。

 何よりも特異であったのは詠唱を必要としないイメージ力だ。

 これには例の知識のお陰だろう。


 偏りのある知識はどうやらこういった分野に強いらしい。

 リリーナの魔法練習が周囲にばれなかったのは一重に生活魔法を用いた訓練であったからだ。

 この訓練によって細やかな魔力操作と魔法を組み合わせるという力を手にいれた。


 生活魔法は非常に魔力効率の高い魔法だ。

 生活魔法に関して言えば、貴族の大抵が取得している程の認知度も高い魔法であり最も価値が低い魔法でもある。


 出来て当然の存在感が薄い生活魔法。

 実際は最も基本でかつ重要な魔法であったのだ。

 生活魔法はそれぞれの属性の簡易版のような魔法だ。


 火属性の着火用の魔法『イグニッション』や水属性の飲み水を精製する『グラスウォーター』、風属性のそよ風を起こす『ブリーズ』、土属性の投石魔法『クリエイトストーン』の他に、光属性の灯り魔法『ライト』や闇属性の物を軽くする魔法『フロート』、空属性の簡易収納『アイテムボックス』、聖属性の浄化魔法『クリーン』に呪属性の簡易解呪魔法『ディスペル』といったものがある。

 そして生活魔法の上位にあたるそれぞれの属性魔法にはショット型、ボール型やジャベリン型、アロー型、広域型とある。


 それぞれの魔法は上位になればなるほど魔力量が必要になる。

 ただし魔力量自体を測る術はないので、計測する場合はショット型を基礎として何発打てるのかといった形で計らねばならない。


 また、魔力は体調などにも左右されるため一概にどれだけあると表現するのは難しい。

 ただ、傾向として高位貴族は平均すると魔力が高いというだけだ。


 通常魔法はどんなものなのかを実際に目で見てそれを練習するのが普通だ。

 だがそんなものは無い状態で練習していたリリーナは生活魔法を心底楽しんでいた。


 例えば着火魔法の『イグニッション』の出力を自在に変化させ、飲み水を生み出す『グラスウォーター』と組み合わせて温度を変えたりなんて事を始めた。


 きっかけは侍女を呼ばずにお茶を飲みたいから始まったのがリリーナらしいという所。

 ここ数年でリリーナが侍女たちの目を盗んで隠れてしまうことは当たり前の光景となってしまっていた子爵家。


 未だにリリーナがこっそりと何をやっているのか知っている人物は居ない。

 侍女たちは兄が居なくなって寂しいと侍女を困らせて気を引いているのだろうと考えているだけだった。


 持ちえた知識から瞬間移動という魔法をどうにか成功させようと果物相手に格闘してみたり、風を刃のように収縮させてナイフ代わりに使って果物を切ってみたりとリリーナにとって魔法は生活するのに必要なものと化している。


 もちろん、知識にあるものを試してみたいというのもあるのだが、まだ冒険して魔物と対峙しようという心までは決まって居なかった。


 だが、いつかは出たい。


 そう考えるほどにはリリーナは冒険者という職業に憧れている。

 女性のみであるゆえに物語の英雄とまでは行かないまでも、さまざまな場所へ旅に出て世界中を飛び回る姿にリリーナは心を惹かれたのだ。


 だからイメージトレーニングだけは常に続けていた。

 魔物を倒す方法を色々と考えて空想するのはリリーナの楽しみの一つだ。

 それにイメージ力は魔法の訓練に繋がる。


 そして何度も練習するうちにほんの僅かな距離を瞬間移動するという偉業に成功するも魔力の消費量の多さに眩暈を感じた。


 そういう訳なので、もっと簡単に少ない魔力で移動が可能になる手段を考案する必要があった。

 なぜなら移動先が安全だとは限らないし、なにより家に無事戻ってくる魔力が必要であるからだ。

 それに外を知らないリリーナは外に出たくてもイメージしようが無い。


 そこでリリーナは地理をしっかり身に付ける事にした。

 ただこの世界には地図といってもかなり簡素なものしか存在しない。

 きちんとした地図は軍事目的に使われかねないので国が厳密に管理しているためだ。


 だからあっちの方角に行くとどこの村に付くという漠然としたものは知っている者は多いが、地図に表現するとかなり大雑把なものしか出てこないのだ。

 そうなるとリリーナの思考は結局もとの場所に戻ってくる。


 転移を簡単にできるようにすること。


 その次は自分で地図を書くことだ。


 いろいろと考えた結果、自分自身を移動させるのではなく空間を繋げるのはどうだろうという考えに至る。

 自分が入れるだけの空間の穴を開いて行きたい場所に繋げることができれば移動はできる。

 瞬間移動ではないけれど、移動ができるのなら十分だ。


 緊急回避以外で瞬間移動は使うつもりなど元から無い。

 消費魔力が多すぎるからだ。

 それに空間を繋げるだけなら移動する前に状況を把握できる。


 それの方がずっと安全で便利に違いない。


 そう考えたリリーナはまず近場の移動を試してみた。

 今では目を瞑るだけでも思い浮かぶ書庫と自分の部屋。

 そこを繋げてみる事にした。


 壁に移動先のイメージを流し込み、空間という名の道を繋ぐ。

 目を開けると空間が繋がり壁だった場所に書庫が見えた。

 恐る恐る書庫へと足を運んで移動ができることを確認したリリーナは繋がっている状態で双方向に移動できることを確認する。


 そしてもちろん解除も。


 穴を空けたままにしては大変だ。

 大騒ぎになってしまう。

 リリーナは閉じて再び魔法で自分の部屋へと繋いで同じように移動する。

 魔力も大して使用しない移動手段をとうとうリリーナは確保したのだ。

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