第3話 地図を作ろう

 移動手段を得たリリーナは、まず窓から見える空をじっと見つめていた。

 地図を作るなら高い所からみれば良いと考えたからだ。

 青い空にふんわりと白い雲が浮かんでいる。


 リリーナは知識がある為あれが足場にならない事は理解していた。

 そして上空は空気が薄く寒いことも。

 だから移動する際にいくつか準備が必要となる。


 上空での足場と空気や寒さを防ぐ手段をどうすれば良いのか。

 そして風の属性魔法を使う事を直ぐに思い付く。


 空気の足場と体を覆って寒さを防ぐ手段として二重の結界のようなイメージを浮かべる。

 準備が整ったリリーナは失敗すれば命はないという状況を一切考えて居なかった。


 それが幸いだったのか問題なく屋敷の上空に移動して高い位置から下を覗く。

 彼女が高所恐怖症であったならきっと大パニックに陥っただろう。


 だがリリーナは初めて一人で外に出たという10歳にしては残念な状況だ。


「わぁ、綺麗ね。」


 空から見下ろす大地はとても雄大で美しく、リリーナの目を楽しませる。


 この日からリリーナは自分だけのオリジナル地図を描き始めた。

 地図記号なんて完全無視してリリーナの感じたままに描かれる地図は絵画を白黒で表現してそれを驚くほど簡素に略したものだ。


 子供の落書きのように見えるそれを読解出来るのは恐らくリリーナだけかもしれない。

 それほど本人にしか分からないお絵描きレベルの地図だった。

 だが当人はこれで十分に満足しているのだから問題はないだろう。


 少なくともその絵を見て地図だと察する事の出来る人物はそう居ないのだから。

 それに地上を歩いて地図を書く者が多い中、空から地図を描こうとするものがまだ居ない。

 地図の記号代わりの絵が理解されればそれが地図だと分かるかもしれないが、そもそもリリーナが見せる事などないのだから。


 少しずつ描かれる地図はリリーナなりに丁寧に描かれている。

 そしてその地図には地名が描かれていくようになる。

 リリーナの地図には大きな地図と細かい地図があり細かい地図は街や村のリリーナにとって重要な部分だけがピックアップされる。


 はっきり言ってそれが意味を持つのか疑問に思う所があるが、これは少しずつ描き足され何れは食材や魔物の分布、薬草の群生地まで描かれるようになるとはリリーナ自身もこの時点では全く考えて居なかっただろう。

 色んな場所に移動して地図を完成させていく。


 他国まで描こうなんて考えていないので自国だけではあるがリリーナは地図を描ききった。

 かなり簡素に書いたのが良かったのか、あまり時間をかけることもなく完成した上、リリーナの移動手段もかなり手慣れて瞬間移動程ではないが、かなり素早くそれを発動出来るようになった。


 ここまでくると更に欲が出てくる。


 街に行って見たい。


 そんな思いがリリーナの中で膨らんでくる。

 リリーナは世間知らずだ。

 だが自分がこっそりそんな事をすればどんなに怒られるのか想像が付かない。

 それでも願望がリリーナの理性を上回ってしまう。


 せめてもとリリーナは家からかなり遠く離れた迷宮都市ガラッドに足を踏み入れた。


――――…


 迷宮都市ガラッド。


 そこはダンジョンを中心に栄えている街だ。

 ダンジョンとは突然湧き出した迷宮型の魔物であると考えられている。

 ダンジョンの中に生き物を呼び込む事で魔力を得てそれを糧に成長する。財宝をチラつかせて人間を招き入れる。


 生きて帰ることができるのはしっかりと実力を付けた強者のみ。

 それ故にガラッドの街には訳ありの者が多く集う。


 そんな街でもリリーナの装いは明らかに浮いていた。

 武装するものが多い中でドレスを纏ったお嬢様が供も連れずに歩いている。

 それだけで異様な状況だ。


 ましてや護身術もまともに取得していないだろう少女であればなおの事。

 街の者たちは少女の動向を静かに見守っていた。


 そんな事など露知らずリリーナは単純に初めて歩く街をたっぷりと堪能していた。

 見るものすべてが目新しい。

 リリーナはふとある場所で足を止めた。


 剣と盾の紋章。


 冒険者ギルドの看板が見えた。

 リリーナは思わずその中に入って行く。

 興味を引かれて止まない冒険者の集う場所にうきうきとしながら足を運ぶ。


 ギルドの中は二つに分かれていた。

 ひとつは受付のような場所。

 もうひとつは酒場だ。


 まだ昼にも満たないうちから酒を飲んで騒いでいる男たちが入ってきた少女に目が釘付けになった。

 淡い青みがかった銀の髪にドレスを纏った少女。

 明らかに場違いな装いの少女が高貴な身分であろう事は簡単に予想できる。


 しーんと静まり返った室内できょとんと首を傾げたリリーナは、なぜこんなにも自分に視線が集まるのかさっぱり理解できない。

 そうこうしている内に受付の女性がこちらに駆けてきた。


「あの、ご依頼でしょうか?」


 問われた意味が分からずにリリーナは女性を見上げた。

 ギルド員の制服に身を包んだ優しげなお姉さんだ。


「依頼じゃないわ。」


 リリーナは問われた言葉に素直に答えた。


「では、どんなご用件でしょう。」


「ねぇ、ここって冒険者ギルドで合っているかしら。」


「はい、合っていますよ。」


 そう言った途端にぱぁっと花が咲いたように目を輝かせるリリーナ。

 人見知りはどこへやらと言わんばかりに今は冒険への憧れと希望が強く表に出ていた。

 ギルドのお姉さんはその様子にいやな予感が胸をよぎる。


「私、冒険者になりたいんです。」


 その言葉を聞いた酒場の男たちは全員が盛大に吹いた。


 飲んでいなかったものでさえも唖然として酒のシャワーを浴びている。

 固まった彼らはそれでも冒険者としての意地で我に返ると酒を吹きかけられた者たちは盛大に吹いたものに怒り、吹いた者たちはそれぞれ向かってくる者の対応に追われている。


「…あの、本気ですか?」


 頬を引きつりながらもギルド員として聞かねばならない事をお姉さんに問われる。


「もちろんですわ。」


 にっこりと微笑んで返すリリーナにギルド員のお姉さんは今度こそ固まってしまう。


「おいおい、嬢ちゃん。悪い事は言わないからよお家に帰んな。」


 ギルドの奥から大柄の一人の男が出てきてそう言った。


「貴方は?」


「ガラッドの冒険者ギルドのマスターをやってるハラハドってもんだ。嬢ちゃんは見たとこ戦えねぇだろ?」


「どうしてそう思われますの?」


 瞬間ぶわりと風が付きぬけていく感覚がリリーナを襲うが、リリーナ自身はキョトンと首を傾げるだけだった。


「おい、ギルドマスターの殺気を受けたのに平気な顔しているぞ。」


「まじか、あの嬢ちゃん実は見た目どおりじゃないのか。」


「俺、ギルドマスターの殺気に耐える奴なんて初めて見たぞ。」


 ちなみに受付嬢らしきお姉さんはギルドマスターの殺気で泡を吹いて倒れてしまった。

 リリーナはとりあえず受付嬢のお姉さんをゆさゆさと揺り起こす。


「ん、あれ…私は。」


「良かった、お姉さん突然倒れたんですよ。大丈夫ですか?」


「あ、あなた。」


「はい。私リリーナって言います。ところで冒険者として登録できそうですか?」


 かわいく首を傾げるリリーナに受付のお姉さんは頬を赤く染めた。

 そして横に立つギルドマスターを見上げてマスターが頷いたのを確認するとリリーナと向き合った。


「大丈夫ですって。私は冒険者ギルドの受付をしておりますマーヤと申します。では登録しますのであちらに移動しましょう。」


 マーヤに連れられて移動するリリーナ。

 冒険者への登録用紙に必要事項を書くように言われる。


「んーと、名前はリリーナ。女性で10歳っと。マーヤさん、これで良いですか?」


「はい。大丈夫です。では登録しますので少々お待ちください。」


 機材に何かを入力しているマーヤは少し待つと銀色のプレートを差し出した。


「これに本人登録しますので血をこの魔石の部分に足らしてください。」


 針で指を突いて血を足らす。すると魔石が光って登録が完了した。

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