第82話 穂波さんの変化

穂波さんと俺が校長室へ呼び出されてから数日が経過した。


放課後の教室内で、俺は頭を抱えてもがき苦しんでいた。


「うぅぅぅぅ……コスプレ衣装どうしよう……」

「まだ決まってないの、恭太?」


呆れ口調で、瑠香が手作業を止めずに言ってくる。


「なんかもう、普通にアルバイトの制服的な奴でいいかな?」

「うん、まあ一人くらい、ウェイターみたいな真面目な格好した人がいてもいいんじゃない?」


手元の作業を進めながら、適当な返事を返してくる瑠香。

俺は一人教壇に突っ伏して、クラス内を見渡した。


皆各々コスプレ衣装が決まっているようで、手作り組は各自で買ってきた布などを広げて、サイズの寸法すんぽうを測り、自分の型を取り始めている。


教室の机はすべて後ろに寄せられた状態で、前の空いた床のスペースで各自、制作作業にはげんでいた。


「まあ、恭太に似合うか分からないけど、着ぐるみとか、アフロとか簡易的なダサい奴なら、即席そくせきでも出来るし、最終的に困ったらそれにすれば?」

「いやっ……それならまだウェイター姿の方がマシだ」


瑠香と衣装についての会話をしつつ、ふと手元で遊ばせていたスマートフォンを手に取って時間を確認する。


「おっと、もうこんな時間か……」

「帰る?」

「うん、夕食の支度しないといけないし」

「わかった」

「それじゃ、悪いけど後は任せた」

「はーい」


教壇の椅子から立ち、スクールバックを肩にかけて、俺は教室を後にした。





帰路についている間も、家に着いて夕食を作っている間も、俺はずっと自分の衣装について考えていた。


穂波さんや瑠香の衣装に口出ししておきながら、俺だけ簡素で情けない衣装というのも申し訳が立たない。


うーん……と、悩みに悩んでいると、穂波さんが帰宅してきた。


「ただいまぁ」

「あっ、おかえりなさい穂波さん」


穂波さんはリビングに入って来るや否や、俺の顔を見てキョトンと首を傾げた。


「……どうしたの? そんな鈍い顔して?」

「いやっ……自分のコスプレ衣装が未だに決まらなくて……」

「あぁ……なんだそんなこと」


どうでもいいというような表情で、穂波さんは荷物をベッドの上に置いて、洗面所に着替えに行ってしまう。


「……もうちょっと一緒に考えてくれたっていいじゃん」


そんな愚痴を零しながら、俺は調理を進めていく。

風呂場の脱衣所へ去っていった影を眺めながら、俺は穂波さんのここ最近の様子について疑問符を抱いていた。


夏休み明けから、両親公認で同居が認められたというのに、どこか他人行儀感が否めない。変化があったのは目に見えてわかる。


今までなら、堂々と部屋の中で着替えを始めてしまうような性格だったのに、きちんと脱衣所で着替えるようになったし。お小遣いを貰う時に行っていた謎めいた儀式もやらなくなり、普通にお小遣いと食費をくれるようになった。


相変わらず家の中でグータラしていたり、学校で時々ポンコツ具合を見せてくることに変わりはないのだが、女性的な隙というかどこか気を配っているような感じが見え隠れしている。


そんな疑念は、日々の生活を送って行くうちに不安へと変わっていった。

校長先生に呼び出された時も、穂波さんの俺に対する必死さは、どこか何かを訴えようとしているようにも見えた。それが具体的に何なのかは、俺の中にもわだかまったまま残っている。


すると、ジャージに着替え終えて戻って来た穂波さんが、何やら咳払いしながらこちらへ向かってきた。


何だろうと身体を正面に向けると、穂波さんは組んでいた手の後ろから一冊の雑誌のようなものを渡してきた。


「もしこの中に、恭太の興味のあるものがあったら選びなさい。私もここでレンタルするつもりだから、一緒に頼んであげるわ」


そう言って少し視線を逸らしながら穂波さんが手渡してきたのは、様々なレンタル用のコスプレ衣装が掲載されているカタログだった。


「これって……」

「恭太が困ってるようだったし? セットでレンタルした方が安いし? まあ……そんな感じ」


照れ隠しのように身を捩る穂波さんに、俺は思わずふっと笑みをこぼす。


「なっ……何よ?」

「ありがとうございます。あとでじっくり見させてもらいます」


変化があったとしても、穂波さんはこうして俺のことをよく見てくれている。そこだけは変わらない事実なんだなと実感した。


こうして、俺は夕食を食べ終えた後、カタログの中から、手っ取り早いコスプレ衣装を穂波さんと一緒に見聞して仲良く選んだ。

なんか、こうしていると、本当に一緒にコスプレを楽しみにしているカップルみたいだなとちょっぴり思ってしまったのは、ここだけの話だ。

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