第75話 違和感

 穂波さんと瑠香のR指定コスプレを却下し、コスプレ衣装案を次回に持ち越した。


 俺は夕食づくりのため、学校を後にした。瑠香はもう少し案を練り直したいと言って教室に一人残った。練り直すというよりも、一から考え直しといった方が正しいような気もするが、瑠香は瑠香なりにまたギリギリのラインを攻めてきそうな気がする。


 嫌な予感を感じながら、駅への道を歩いていると、プーっと後ろから来た車にクラクション鳴らされた。


 振り返ると、黄色いリーフがすぅーっと俺の隣に横付けされる。

 ドアウインドーが開かれ、中から穂波さんが顔を出した。


「乗りなさい、一緒に帰りましょ」

「えっ? でも……」

「いいから早く!」


 穂波さんに促されるままに、俺は急いで助手席の方へと回り込み、ドアを開けて穂波さんの愛車に乗り込んだ。


「シートベルト付けてね! 行くわよ!」


 穂波さんはアクセルを踏み込んで、逃げるように生徒を車へ乗せた現場から立ち去った。


 乗り込んだ後、慌てて辺りを見渡す。帰宅途中の生徒の姿は、見た感じでは見受けられなかった。

 穂波さんの車に乗り込んだ現場を誰にも見られていないと分かり、ひとまずほっと胸を撫でおろす。


「久しぶりに、私の車に乗ったんじゃないかしら?」


 ハンドルを握り、前を向いて運転しながら、穂波さんが話しかけてくる。


「確かに、夏休み以来ですかね」


 そう、あれは、とある夏休み中の出来事。

 突如穂波さんに連れられて、穂波さんの実家へと出向いた時の事。親戚の集まりの席で、偶然にも母親に再会するして、ひと悶着あった。


 あれも、もう夏休みの出来事かと思うと、時間の流れの速さを感じさせられる。


 窓の外へ視線を向けると、日は大きく傾き、空は薄暗くなり始めている。

 俺の高校生活も、刻一刻と時が流れて行っているのだなと実感する。


 俺の高校生活も後一年とちょっと。三年生になれば、大学へ進む場合、必然的に受験勉強という時刻のような日々が待っている。そう考えると、華の高校生として青洲時代と言えるような花々とした生活を送れるのも、あと少し。


 穂波さんの家に、俺が居候させてもらうもの、一年半ほどになるのか。

 しみじみと感慨に耽っていると、不意に穂波さんが声を掛けてきた。


「随分と何か考え込んでいるようね」

「えっ、あぁ……いや」


 頭の中で考えていたことを口にするのは気が引けたので、俺は別のことを口にした。


「今日は随分と早く仕事が終わったんだなぁと思いまして」

「そうなのよ。と言っても、教務主任の先生に『菅沢先生、最近根詰め過ぎだから、たまには早く帰りなさい』って諭されて、半ば強制的に帰されただけなんけどね」


 穂波さんはぼやきながら、車は幹線道路へと出た。


「やっぱり、今は忙しい時期なんですね」

「そうね……文化祭やその後の中間試験の準備とか色々あるからね」


 ため息交じりに愚痴めいた事を言う穂波さんへ顔を向けると、穂波さんは進行方向を見つめながらも、どこか遠くを見ているような目をしている。そんな穂波さんの様子を見て、俺はなんとなく声を上げてしまった。


「穂波さん」

「何?」

「……何かありました?」

「えっ……?」


 一瞬、戸惑うような声を上げたものの、すぐにふっと破顔して声を上げた。


「特にこれと言って変わったことはないけれど、どこかおかしなところあるかしら?」

「いやっ……なんか、やけに文化祭のクラス賞獲得に熱心だったりとか、妙に張り切ってる感じがするので」


 目の前の信号が赤になり、車が止まったところで、穂波さんがこちらをチラっと視線を向けて話始める。


「そうね……確かに今年は、恭太や京町さんがいるから、私も楽しくなってるのかもしれない。恭太たちのおかげね」


 そうして見せた穂波さんの柔らかな微笑み。しかし、俺はすっと納得できていなかった。


 本当ならば、俺のおかげと言われてうれしいはずなのに、何かが胸につっかえているな感覚にとらわれている。

 そのわだかまりが何なのか、具体的なことを言葉に表現することは出来ない。


 ただ、一つだけ言えるとしたら、穂波さんの柔和な笑みを目にして、俺は違和感を覚えているということだけだ。



 ◇



 家に帰ってからも、穂波さんはいつもと変わった様子はなく、ジャージに着替えて、夕食の準備が整うまで、ベッドの上でゴロゴロとくつろいでいた。


 料理中、チラチラと穂波さんの様子を観察していたが、特にこれといって変わった様子はない。


 この謎の違和感は、ただの俺の思い込みなのだろうか?


 頭で自問自答を続けながら、調理を続けた。

 この違和感が、ただの間違いであってほしいと思いながら。

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