第76話 穂波参戦!?
数日後、文化祭一週間前ともなると、学校中にお祭りムードが漂い始めてくる。
俺達二年三組も例外ではなく、授業そっちのけで、コスプレ衣装の下書きを一生懸命書いている者や、クラス内の装飾をどうするか練っている人もちらほらいた。
教師たちも、文化祭間近で授業が二の次であることを理解しているからか、あまり名指しで注意してくる先生は少ない。
しかし、文化祭の後すぐに中間試験が待ち受けている。
文化祭前で浮ついているとはいえ、今受けている授業の内容が、がっつり試験内容に関わってくる。
これが意地悪な先生だと、注意はしないが、『文化祭前の授業でしっかり教えましたよこの部分!』と言って、試験後に生徒達に鼻高く蹴散らしてくるからたちが悪い。
勉強態度が弛緩しがちな期間でも、他の生徒たちが唯一内職をしないで、真剣な様子で熱心に授業を聞いている時間は、担任である『氷の穂波』こと、菅沢穂波先生の授業。
一語一句聞き逃さまいとして、皆が必死にノートを取っている。最初から他の授業も内職せずに、集中して取り組めばいいものを……。
そんなクラスの様子をどこか遠巻きに眺めながら、文化祭の準備を整えながら授業を受けて過ごすという日々が続いていた。
迎えた放課後、俺と瑠香と穂波さんの三人は、もう住処と言っても過言ではないくらい、入り浸っている面談室の一室に集まっていた。
いつもなら、穂波さんの向かい側に俺と瑠香が座る並び順であるが、今日は俺が穂波さんと瑠香と向かい合う形で一人座っている。
なぜなら、今から話し合う議題が、『第二回コスプレ衣装何にするか決定案』の話し合いで、審査する立場が俺だから。
「それじゃあ、早速持ってきた案を発表していってください」
「はい!」
俺が話を切り出すと、真っ先に自信満々に瑠香が手を上げた。
「はい、瑠香」
瑠香は、手元の机に置いてあったクリアファイルから資料を取り出し、数枚の冊子になった紙を俺に手渡してくる。
表紙には『コスプレデザイン案』と書かれており、ページをめくると、中にはどこかネットで拾ってきたコスプレイヤーらしきコスプレ画像や、某アニメの有名キャラクターの画像が張り付けられていた。その中に、R指定のかかってしまうようないかがわしいものは一つもない。
瑠香が作って来た資料を見て、俺は思わず頷いた。
「うん、瑠香も真面目に選べば出来るじゃねーか。合格」
「当然でしょ。私だって、そこまで酷くないわよ」
本当なら、最初の時点で俺の合格点を貰える案を提示してほしいものだが、まあ一度でここまで下方修正してくれるだけでもありがたいか。
そして、俺は視線を隣の人物へと向ける。
「次は穂波さんの番ですけど……そもそも、穂波さんがコスプレ案出す必要ってあります?」
「そりゃもちろんあるわよ! 恭太に似合う衣装を私がコーディネートするためにも!」
「そのコーディネート案は、ちゃんと考えたんですよね?」
「えぇ……もちろんよ!」
無駄にスーツ越しにもわかる大きな胸をプルンと震わせてながら、堂々とした佇まいで、透明のクリアファイルを俺に差し出してきた。
机に置かれた透明のクリアファイルの中を見ると、ファイリングされた用紙に映っていたのは、ゴスロリ衣装で椅子に座って紅茶を
「これは?」
「見た通り、お嬢様と執事よ」
「このお嬢様、何故にゴスロリ衣装?」
「失礼ね、これはドレスよ」
「ド、ドレス?」
「西洋の衣装で、とある国のお嬢様を京町さん。その執事の役を恭太にやって欲しいのよ!」
目を輝かせて熱弁する穂波さんをよそに、そのゴスロリ衣装の画像を見た瑠香が、ボソっと口にした。
「あっ、これ、チョコレートプラネッツのアニメ版だ」
「チョコレートプラネッツ?」
「通称チョコプラ。西洋のとある国のお嬢様と執事の恋物語を描いた作品で、元はエロゲーとして販売されたんだけど、物語のストーリー性が評価されて、一般アニメとしても改変されて放送されたの」
俺が首を傾げていると、瑠香が手短に説明してくれた。
どんどん穂波さんに侵食されて、瑠香のエロゲ知識が豊富になっていることに震えつつ、俺はクリアファイル越しの画像をもう一度見つめる。
ってかなんだよ『チョコプラ』って、
どこかのYY兄妹?
つまり穂波さんは、エロゲーから一般アニメ化された、ものすっごいグレーゾーンのコスプレ衣装を用意してきたということだ。この教師、中々の策士。
「ふふーん! これならどう、一般のアニメだし露出度も低いわけだから問題ないでしょ?」
まるでごり押しで押し通すかのように、その透明なクリアファイルを手に持って、穂波さんは俺に訴えかけてくる。
すると、クリアファイルから何やらもう一枚別の資料が滑り落ちた。
「ん?」
一枚の紙がヒラヒラと宙を舞った後。机の上に不時着する。
その用紙に張り付けられていた画像は、ぷるんとした胸が半分くらい露出して、谷間なんて全開に露わになっている、黒いバニーガール姿の女性がペイントされている資料だった。
穂波さんは、咄嗟に机に広げられてしまった用紙を拾い上げ、胸元へと隠す。
「こ、これは違うのよ!」
慌てた様子で言い訳する穂波さんの顔は真っ赤に染まり、恥ずかしさで沸騰しかけていた。
俺は対照的に冷静になって……というよりは冷酷は表情で穂波さんを見つめた。
「今のは何ですか、穂波さん?」
俺がじとっとした目で睨みつけると、穂波さんはヒィっと軽く悲鳴を上げた後、しどろもどろに言い訳をまくしたてる。
「これはそのぉ……今度……きょ、恭太を誘惑するための、いいい衣装としていいかなぁって……」
「俺を誘惑してどうするんですか?!」
「そ、それは……」
頬を染めて身を捩る穂波さん。
「いや、やっぱり言わなくていいです」
俺は手で制止ながら、穂波さんの言葉の先を止めた。
これ以上穂波さんが何か発しても、ろくなことにならないと察したから。それに、さっきから瑠香の顔がかなり厳しいものに変化してるし。
俺は一つ咳ばらいをするようにして、話題を変えようとしたのだが、穂波さんが俯きがちにぽつりとつぶやいた。
「……よ」
「はい?」
声が小さくて聞こえなかったので、もう一度聞き直すと、穂波さんは顔をばっと上げて、恥じらいながらも声を張り上げた。
「恭太を誘惑するためじゃなくて、これは私のコスプレ用の衣装よ!」
「……はい?」
何言ってんだ、この担任教師は?
「え、ほなてぃーもコスプレするの!?」
瑠香が驚いた様子で尋ねると、穂波さんは潤んだ瞳で、俺を見上げながら首を軽く
「ダメかしら……?」
そんな甘えるような表情に一瞬くらっと来てしまう。さらには、先ほど見た黒のバニーガール服を身に纏っている穂波さんを思わず頭の中で想像してしまう。
トレンチを持ちながら、穂波さんの大きな胸元の谷間が丸見え全開で、思春期の男子高校生たちに扇情的なものを与えるようなバニーガール姿で、ドリンクを提供する穂波さんの姿を……。
「きょ、恭太……?」
俺の反応が無いことに、疑問を呈したのか、キョトンとした様子で穂波さんが声を掛ける。
我に返った俺は、顎に手を当てて一つ喉を鳴らしてから、穂波さんに向き直り、ニコっと微笑んだ。
「ダメです」
「そんなぁぁぁぁ!!!」
机の上に崩れ落ちる穂波さん。
「というか、その前にクラス企画参加するつもりだったんですか!?」
俺が肝心な所を尋ねると、穂波さんは身体を起き上がらせ、口を開く。
「え? 参加しちゃダメなの!?」
参加するのが当たり前とも捉えられる言葉を口にする穂波さんを見て、俺と瑠香は思わず顔を見合わせる。
そして、優しく宥めるように口を開いた。
「生徒の自主性を重んじるなら、クラス企画への直接的参加はちょっと……」
苦笑しながら言うと、穂波さんは涙目になりながら懇願してくる。
「いいじゃん、私にもバニーガールお姉さんを演じさせて! 普段味わえないコスプレイヤーの刺激的な体験を少しでも味合わせてよ!」
「だからって、この衣装は禁止です! なんですかこのいかがわしいバニーガールの格好は!」
「別にいいじゃない! キッスナアイだってウサミミ付けてるでしょ!?」
「ウサミミイコールバニーガールじゃないですからね!?」
確かに、キッスナアイはウサミミ姿でヨウツベ活動してるけども、あれはバニーガール姿ではない! まあ、時々露出度高い感じで、へそ出ししてる時もあるけど!
「まあ、バニーガールのコスプレは却下だとして、穂波さんが企画に参加するかそもそもの問題も、クラスの人たちに聞いてみる必要がありそうですね」
「……はぁ、楽しみにしてたのに」
「ドンマイ、ほなてぃー」
がっくりと項垂れる穂波さんの肩を叩いて、慰める瑠香。
そんなに落ち込まれると、ちょっと心が痛むからやめて欲しい。
「まあ、クラスのみんなに聞いてみましょう。衣装案はそれから考えます」
こうして、翌日の朝のHRで穂波さんがクラス企画のコスプレに参加してい以下の是非を取ったのだが、まさかの賛成多数で可決され、晴れて穂波さんもコスプレ喫茶の店員としての参加が決まった。
そのせいで、余計穂波さんにやる気スイッチが入ってしまった。
面倒事な仕事が、また増えそうです。
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