第74話 衣装決め
クラス企画が決定し、一件落着して家に帰った後、俺と穂波さんは今日のSHR(ショートホームルーム)での出来事に花を咲かせていた。
「まさか、直接素直な気持ちをみんなに伝えて欲しいなんて、京町さんに言われると思ってもみなかったわ」
「俺もびっくりしました。言い方悪くなっちゃうかもしれないですけど、穂波さんを瑠香が今回はよく利用したなと思います」
「利用したとは人聞きが悪いなぁー」
穂波さんは、むくっとふくれっ面を作りながらお箸で白米を口に頬張る。
「まあでも、これでクラスのみんなも、『クラス賞』獲得に向けて、一致団結してやっていってくれるんじゃないですか?」
「何他人事のように言ってるのよ。恭太がクラス企画係なんだから、これからしっかりとクラスのみんなをまとめて頂戴」
「穂波さんがいてくれる限りは、奴ら身を引き締めて勝手に纏まるんで問題ないですよ」
俺は適当に軽口を叩くが、穂波さんからの返答がなかったので様子を窺うと、穂波さんはどこか愁いを帯びたような表情で、視線を机に落としていた。
「穂波さん?」
「へ!? あっ、そうね!」
我に返った穂波さんは、取り繕うようにして再び白米を口に運んだ。
俺は訝しむように穂波さんの様子を窺っていたが、穂波さんの様子がおかしいことに、この時の俺はまだ気が付いていなかった。
◇
クラス内が、『クラス賞』獲得に向けて、本格的に熱を帯び始めた文化祭二週間前、他のクラスでは、『氷の穂波』がクラスの皆に頭を下げたと密かに話題になっていた。
マジかよ!? 嘘だろ!?
そう言った声も沸き起こる中、俺達のクラスは噂などお構いなしに、放課後を利用して、文化祭に向けた『コスプレ喫茶』の衣装について、瑠香と大和たちと一緒に話していた。
「お前らは、何のコスプレするかもう決めたのか?」
「うん」
「大体は決まってるぜ! 恭太は?」
「俺はまだ全然」
やる気スイッチが入ったのか、皆各々でやってみたいコスプレ衣装を発注するなり自作するなり各々準備を進めている。
まあ、世の高校生なら、異世界に転生した勇者のコスプレしてみたり、どこかのダークサイドに落っこちたような、光るソードを作ってみたり、日常から変貌してみたい願望は誰にでもあるだろう。
それが唯一許されていると言ってもいい文化祭で、『コスプレ喫茶』をやるんだ。余計に皆の変装に対する熱が、クラス内で明らかにに熱くなっていた。。
一方で、クラスの熱とは対照的で、俺は全くいいコスプレ案が思いついていなかった。
「どうしよう……俺なんのコスプレしたらいいのか全然思いつかない」
「なら、俺と一緒にア〇とエ〇サのコスプレやらないか?」
「なんでお前は女装しようとしてんだよ!」
美男子ならまだしも、普通の男子高校生の女装こそ、一番見たくないコスプレだぞ!
博打衣装を提案してくる大和から視線を逸らすように、俺は瑠香へ視線を向けた。
「瑠香はなんのコスプレするんだ?」
「えっ、私? 私はこれ」
瑠香がスマートフォン越しに見せてきたのは、某アニメキャラクターの制服だ。
「まあ、無難なところでいいんじゃね? アキバとか行けば、その辺りのコスプレグッズも売ってるだろうし」
大和は何の疑問も持たずに答えるが、俺はスマートフォンの画面に映っているキャラクターに、違和感を感じていた。
確かに、某アニメに出てきそうなキャラクターではあるのだが、どこかが違うようにも見えるグラフィックなのだ。
「なあ瑠香。このキャラなんのアニメに出てくる奴だ?」
俺が尋ねると、瑠香は人差し指を上げながら答えた。
「え? そりゃもちろん、『幼馴染は通い妻』に出てくる
「え、江藤?」
「おーけおけ。よくわかった。瑠香、そのキャラのコスプレは、俺が却下する」
「なんでぇ!?」
やっぱり、某アニメじゃなくて、某Rゲームの方のキャラクターだったよ。
通りで、胸のラインとか制服のスカート丈の長さとか、男子の視線を性的な描写をそそるような画像だなぁと思った。
「いいじゃん別に! 誰も知らないんだし!」
「仮に知ってるやつがいたらどうするんだ!」
ってか、このクラスの担任がすでにもう知っているだろ!
俺が額を思わず押さえていると、教室内に穂波さんが入って来た。
放課後の教室内に穂波さんが現れるのは珍しいことなので、教室に残っていた生徒たちは、固唾を呑んで穂波さんを見つめている。
そして、穂波さんはキョロキョロと教室を見渡して、俺達の方を見てロックオンした。
「富士見くん、京町さんちょっと」
「はいっ!」
穂波さんに手招きされて、俺達は背筋を伸ばして立ち上がる。
二人が呼ばれたということは、恐らく何か文化祭のクラス企画関係のことで話があるのだろう。
穂波さんは踵を返して、そのまま教室を後にしたので、俺と瑠香は顔を見合わせてから、大和に一言詫びて、教室から廊下に出て、穂波さんの後を追った。
やってきたのは、案の定職員室隣にある相談スペース。
パイプ椅子に穂波さんと向かい合って座ると、おもむろに穂波さんが話を切り出した。
「二人は、なんのコスプレをするかもう決めた?」
「今、丁度その話を教室でしてたところです」
「恭太に『
俺が現状を説明して、瑠香が咎めるように穂波さんに報告すると、穂波さんは得意顔で胸を張った
「そう……なら二人とも、このコスプレはどうかしら?」
穂波さんが目を輝かせながらスマートフォンの画像を見せてくる。映っていたのは、教壇の上に座り込んで足を組んでいる、一人の巨乳女教師と、チョークで作品のタイトルを書き終えて、首だけをこちらに向けて、苦笑している制服姿の青年が映っている画像。
黒板には白いチョークで、『僕の担任の裏の顔 ~夜は個別の特別指導しちゃうぞ♡~』と作品のタイトルが書かれており、明らかに高校生には絶対に見せてはいけないような作品名だった。
「……なんですかこれ?」
一応確認の意を込めて、俺がジト目で穂波さんに尋ねると、穂波さんは屈せずに答えた。
「そりゃもちろん、私の秘蔵コレクションの中の名作中の名作。『
「却下します!」
「がーん!」
即座に俺が刺々しい口調で拒否すると、穂波さんは机に倒れ込むように突っ伏した。
「とりあえず二人とも、R18指定のエロゲーのコスプレは一切なしで。後、ギャルゲーも禁止します」
「えぇ!? それじゃあ普通のコスプレすらできないじゃない!」
「そうだよ、もう少し規制を緩めてくれたっていいじゃん!」
瑠香も加勢して、俺の意見に否定的に詰め寄ってくる。
「なら、ちゃんと教育上優しい資料から題材を持ってきてくださいね」
俺は優しくも、厳格な口調で二人にそう言った。
企画で正式に通ったとはいえ、俺と瑠香のコスプレ衣装選びは、難航を極めそうな予感がする。
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