第73話 瑠香の作戦

 翌日、俺と瑠香は、昼休み食堂の端のテーブル席で、昨日俺が聞いた穂波さんがクラス賞を取りたい理由を話し、今後どうしていけばいいのか、作戦会議をしていた。


「つまりは、ほなてぃーは自分の裏の顔をある程度理解してくれている私たちがいるからそこ、今年は思い出を作りたいって事ね」

「まあ、大体はそんな感じかな」


 なんか瑠香の受け取り方だと、凄い個人的偏見が入っているような気もするが、大体は理解してくれている。

 すると、箸を持ちながら、瑠香が首を傾げて尋ねてきた。


「でもさ、これって結局、穂波さんの願望であって、私たちの希望ではないわけだよね?」

「まあ……そうとも言えるな」


 まあ確かに、正直に言ってしまえばそう言うことになる。


 だが、例えここで瑠香の協力を得られないとしても、あの穂波さんのどこか遠くを見るような悲しい表情を見せられた俺にとっては、躍起になるしかなかった。


 すると、瑠香は何か思いついたように提案して来た。


「それならある意味、学校のほなてぃーのイメージを逆手に取ればいいんじゃないかな?」

「えっ? どういうことだ?」

「だって、学校での菅沢穂波のイメージってさ、堅苦しいとか、恐ろしいとか、話しかけづらいとか、そう言ったイメージじゃん?」


 確かに、言われてみれば、俺だって穂波さんに拾われる前は、そういうイメージが付いていた。


「だから、そんなほなてぃーがクラスの前で熱弁したら、どうなると思う?」

「どうなるんだ?」


 俺がきょとんと首を傾げると、瑠香は呆れたようにため息を吐いてから、俺を手招きして来た。


 そして、耳元でコショコショと内緒話のように、瑠香の予測結果を聞いて、俺は信じがたいような声を上げる。


「そんなにうまくいくかなぁ……」

「大丈夫、そこは私に任せて!」


 そう言って、親指を突き立ててグッドサインを見せてくる瑠香の表情な、そこはなとなく自信満々と言った感じに見えた。



 ◇



 迎えた放課後。今日は帰りのSHRで、緊急のクラス企画決めが行われていた。

 さすがにこれ以上待てないと、文化祭実行委員からのお達しが来てしまったそうで、今日中に飲食店関係の企画については、企画書を提出しなければならない状況になっていた。


 うちのクラスに与えられた時間は、それほど多くない。

 何とかして、このまとまらないクラス企画を、今日中にも決定しなければならなかった。


 最初に、穂波さんから「連絡があります」というお達しがあり、俺と瑠香が前に呼ばれた。

 クラスの奴らは、なんだなんだとガヤガヤしていたが、俺達が前に立つと皆静まり返り、視線を俺たちに向けた。


 ここで、穂波さんがクラスの皆に事情を説明する。


「私が富士見くんと京町さんにお願いして、今回の文化祭のクラス企画係をやってもらうことになりました。これからクラス企画の統率を任せるので、そちらに従ってください」


 そう簡潔に言い終えた後、今度は俺と瑠香が各々言葉を発する。


「クラス企画係になりました、富士見恭太です。改めてよろしくお願いします」

「京町瑠香です!」


 お互いにぺこりと軽くお辞儀をした後、瑠香がことさらにガバっと顔を上げて声のトーンを上げた。


「という訳で、私がクラス企画委員になったからには、次の目標を目指したいと思います!」


 いきなりそう言い始めて先陣を切った瑠香は、黒板の方へ振り返り、チョークを手に取って何やら文字を書いていく。

 書き終えた瑠香は、胸を張りながらバンっと黒板を叩いて振り返った。


 そこにデカデカ書かれたのは、『クラス賞獲得!』という実にシンプルかつ難題な目標であった。


「ずばり、うちのクラスはクラス賞獲得に向けて、今日から全力で取り組んでいきます!」


 瑠香が堂々とした口調で発現した瞬間、教室中がざわめきだす。

 中には、『正気かよ……』、『いや、今からじゃ無理だろ……』、『男女意見まとまってないしな……』などの声がどこからとなく聞こえてくる。


 だが、これこそが瑠香の作戦らしい。そう言った皆が持っている不平不満をここで洗いざらい徹底的にさらけ出して、その問題点を解決するがべく用意しているとっておきの手段を使うらしい。


 その内容については、俺は詳しく知らない。

 なので、ここからは瑠香の独壇場ということになる。

 俺は教室の前の端の方で、その様子を見ていることにする。


「はいはいはい、皆さん一旦お静かに。確かに、まともに企画ない用すら決まっていない状態からクラス賞を取るのは難しいのは承知の上です。それに、皆さんの不満だって色々とあるでしょう。ですがここに、今年どうしてもクラス賞を取りたいと切望している人がいるのです」


 そう言って瑠香は手をその人の方向へと向ける。

 その手の先にいたのは、担任教師の穂波先生。


 穂波さんも自分が瑠香に指されると思っていなかったようで、面喰った様子で瑠香を見つめている。


「それでは、先生からの抱負を是非」

「へっ!? いやっ、私は……」

「いいから、いいから!」


 そう言って、端の方にいる穂波さんの背中を押す形で、教壇の前へと連れていく。

 穂波さんは、普段の『氷の穂波』の顔はそこにはなく、少し頬を染め、落ち着かない様子であたふたしていた。

 が、ふと生徒たちの視線に気が付いたのか、一つ咳ばらいをして体勢を整えた。


 そして、おもむろにいつもよりも出来るだけ優しい口調を心掛けて話し出す。


「えっと……担任である私が言うのもどうかとは思うのですが……今まで受け持ってきた担任のクラスで、一度もクラス賞を取ったことが無くて……その……今年はみんなのやる気もあるので、一致団結してくれたらクラス賞取れるんじゃないかなぁ……なんて思っていたのですが……」


 照れるように、頭を掻く穂波さん。

 その普段と違う様子を見て、生徒たちは多少動揺しているらしい。それでも、その物珍しい穂波先生をじっと皆が見ている。


「文化祭のコンセプトとして、生徒たちの自主性を重んじているので、教師の私がこんなことを言うのもどうかとは思うのですが……皆で頑張ってみませんか?」


 首を傾げて皆に尋ねるという、いつもの『氷の穂波』からは信じられないような言動と所作が出たことで、またもクラス内がざわめきだす。


 だが、そのざわめきは、次第にクラス企画をいい方向性へ持っていく起爆剤になったらしい。

『穂波先生が私たちにそんな頼み事してくるなんて』、『なんか俺達、結構期待されてる感じ?』、『まあ、なんかね。別に文化祭自体やりたくないわけじゃないし?』


 そんな声が、あちこちから聞こえだす。

 その様子を見て、穂波さんは少し頬を緩めて皆を見渡した。


「どうか、よろしくお願いします!」


 そう言って一礼した穂波さんは、教壇から降りて、俺と瑠香を中央へ行くよう指示した。

 教壇へ向かう際、瑠香と目を見合わすと、してやったり顔で瑠香が微笑んでいた。


 作戦って、そういうことだったのかよ。

 穂波さんは普段。生徒たちからは『氷の穂波』や『鬼の穂波』といったように、厳格な先生としての立場で見られている。

 その先生から、折り入って話があると言われて、「クラス賞を取って欲しい」と優しくお願いされたらどうだろうか?


 いつもとのギャップにキュンとなってしまい、やる気が満ちてくる奴もいるだろうし、逆にいつもと違うことで、ひしひしと伝わる謎の恐怖心から、色んな意味で奮い立たされたものもいるだろう。さらには、もしサボってたりしたら、どうなるか分かるよね? と言ったような裏の意味で受け取った人もいるかもしれない。


 ただ一つ言えることは、このクラスの絶対王政的存在である穂波さんが、いつもと違う態度で、クラスの生徒たちにお願いしたという行為自体が、皆のモチベーションを、クラス賞獲得という目標へシフト転換させることが出来たということだ。


 瑠香にしては、頭が働いてるじゃねーか。

 まさか、穂波さんの普段と教師の時のギャップを利用した戦略に出るとは思ってもみなかった。


 しかし、それが着火剤となったらしく、ここからはとんとん拍子に企画について円滑な話し合いが進んでいった。


 男子と女子の間で折衷案が持たされ、全員各々がしたいようなコスプレをして接客を行えばいいのではないかという案が採用され、やる命題はコスプレ喫茶に決まった。


 提供するのも、ティーと軽い軽食程度にして、どちらかと言えば各キャラクターのクオリティーを高めようという方向性に固まった。


 こうして無事、穂波さんの影響力のおかげで、クラス企画も決まり、全員が文化祭へ向けて本格的に動き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る