第72話 クラス賞を取りたい理由

 瑠香と別れ、スーパーで買い出しを終えた後、穂波さんの家に着いて洗濯物を片してから、早速夕食の準備に取り掛かっていると、玄関の扉がガチャリと開き、穂波さんが帰ってきた。


「ただいまぁー」

「おかえりなさい、穂波さん」

「ふぅー」


 穂波さんはそのままボフっと、拠点であるベッドの上に倒れ込んでしまう。


「もうすぐご飯できるので、荷物片づけて、手洗ってきてください」

「……あと10分待って」

「じゃあ、夕食抜きということで」

「うぅぅぅ……恭太がいじわるだー」

「俺にクラス企画係とか超面倒くさいの押し付けてきたのは、どこの誰でしょうか?」

「うぅ……恭太が公私混同で恨みをぶつけて来る」

「んなこと言ったら、穂波さんだってそうでしょうが……」


 俺が呆れたように言うと、ようやく動く気になったのか、穂波さんはむくっと起き上がった。

 そして、ベッドの上に座り、首を鳴らしながら自分の肩を手で押させる。


「なんか最近異様に肩が凝るのよね。仕事のし過ぎかしら?」

「そうかもしれないですね」

「返答雑!」


 そう突っ込んでくる穂波さん。だが、適当に返したわけではない。

 穂波さんは、家では生憎のポンコツだが、学校では真面目に仕事に取り込んでいるのは、『氷の穂波』や『鬼の穂波』という異名で恐れられていること見ても明白で、俺だってその事実に嘘はないと感じている。


 穂波さんは、肩に手を置いて首を回しながら愚痴のように話を続ける。


「ホント、この時期は大変なのよ。文化祭やら体育祭やら修学旅行のことやらイベントごとの雑務が多くて……それに、いつもの授業の準備に中間テストの用意までしなきゃいけないし。あーあ、疲れたなぁー」

「はいはい分かりましたから、早くちゃちゃっと手を洗ってくる。ご飯できましたから、それ食べて元気出してください」

「はぁーい」


 そう俺が促すと、穂波さんは渋々ながらもベッドから立ち上がり、洗面所へ向かって行き、手を洗いに行った。


 帰ってきてから、穂波さんの様子を観察していたが、ぶくつさ疲れたと愚痴めいてはいたものの、特に変わった様子はなかった。

 ってことは、文化祭でクラス賞を取りたいという願いは、藪やら棒だったのだろうか?


 とにかく、後でタイミングを見計らって、穂波さんに聞いてみよう。


「んー美味しい!」


 穂波さんは、俺が作った手料理をいつもと変わらぬ様子で美味しそうに食べていた。


 既に、いつものスウェットスタイルに着替えた穂波さんは、余程お腹が空いていたのか、もの凄い勢いで夕食を平らげていった。


「ふうーごちそうさまでした」

「お粗末様です」


 夕食を食べ終えて、俺が片づけに入ると、穂波さんはすぐさまベッドへとダイブして寝っ転がってしまう。


「食べた後にすぐ寝っ転がると牛になりますよ」

「いいもーん。私もう、牛みたいな身体つきだし」


 そう自嘲気味に、軽く不貞腐れながら言う穂波さん。

 そ、そんなことないと思うけどなぁ……確かに、穂波さんの胸は牛みたいに柔らかくて大きいですけど、他の部分は結構引き締まってていい身体つき……って、何を知ってるんだ俺は!


 必死に首を横に振り、煩悩を振り払う。


 俺は一つ息をついて、別のことを口にすることにした。


「そう言えば今日。あの後瑠香とクラス企画について考えてたんですけど」

「へぇー」


 穂波さんは、スマートフォンを操作して足をパタパタとさせながら、興味なさそうな返事を返してくる。

 ……あんたが押し付けてきた案件だろうが。


 イラっとする気持ちを必死に抑えながら、事の次第を穂波さんに伝えていく。


「現状の状態から考えて、クラスの人が纏まらない限り、クラス賞取るなんてできないと思うんですよ」

「そうねぇ」

「そうねぇって、他人事のように言わないで下さいよ」

「そんなことないわ。私は恭太と京町さんならクラス企画を遂行して、クラス賞を取れると信じて頼んだんだから」


 そう鼻高く言う穂波さんに対して、俺はここぞとばかりに聞いてみることにした。


「穂波さんはどうして、クラス賞を取りたいんですか?」

「……」


 すると、穂波さんは足をパタパタさせるのをやめて、一瞬固まった。

 そして、身体をモゾモゾと動かして、起き上がりベッドの上に座ると、苦い笑みを浮かべ、頭を掻きながらおもむろに話し出す。


「実はね、私今までクラス賞って一度も取ったことが無くて……毎年私が受け持つクラスは下位の方で、体育祭や他のイベント事でも一位を取ったことがないのよ」


 まあ、何となく予想はつく。学校での穂波さんのような、あれだけ怖い担任がいれば、積極的に動こうとする生徒は少ないだろう。

 何か奇抜な案を出した暁には、何か言われるのではないか。そう言った威圧感さえ感じられるようなものが、学校の穂波さんにはある。


「でも、今年は私のことを理解してくれている恭太や京町さんがいる。それに、いつもの年よりも活発的な人が多いし、今年ならもしかしたらいけるんじゃないかって思ってたのよ」


 観念したように言い終えた穂波さんに、俺はかける言葉が出なかった。その間にも、穂波さんは俺を意思のある目で見つめながら言ってきた。


「だから、私のためにも、クラス賞を取りたいっていう私のわがまま、聞いてもらえる?」


 そう言って小首を傾げながら尋ねてくる穂波さん。そんな縋るような潤んだ目で、所作なげにお願いされてしまったら、ここは男としてやるしかないだろうが……。


 俺はふぅっと小さくため息を吐いてから、穂波さんに言葉を返した。


「その……獲得できる保証はありませんけど、出来るだけ頑張ってみます」

「えぇ……その気持ちだけでうれしいわ。ありがと、恭太」


 そう言って、微笑ましい表情でお礼を言ってくる穂波さんの顔は、どこか少し寂しげにも見えたのだった。

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