第71話 クラス企画係

 俺と瑠香は、クラスの企画取り纏め役、通称クラス企画係を一任いちにんされることになった。

 今は、静まり返った放課後、他に誰もいない教室の中で、二人して作戦会議を立てていた。

 だが……


「具体的に、何すればいいんだ?」

「さぁ?」


 穂波さんに頼まれてクラス企画係になったのはいいものの、具体的に何をすればいいのか全く分からない。


「結局、俺たちが出来るのって、企画決めの時の司会進行と、企画が決まった後の班分けとか分担分けとか、そう言った取り纏めしか出来ないよな」

「確かに……今何か具体的に動けるかって言われたら、それほどないかもね……」


 俺たちはそれぞれ思案して、この現状を何とか打破しようと巡らせる。


「逆にゴールから計算してみるか」

「ゴール?」

「つまり、俺達がこのクラス企画係を任された理由っていうか、最終目標っていうの?」

「なるほど!」


 まずは、一枚のルーズリーフに、最終目標を掻きだした。

 瑠香が中央にデカデカとペンを走らせて書いたのは『恭太と同棲』だった。


「いやいやいや、誰が俺たちの最終目標を書けって言った?」

「え? でも、恭太を最終的にもらうのは私だし、目標としてはあながち間違ってはいないと思うけど」

「大間違いだよ!」


 そう言いながら、俺はそのルーズリーフに書かれた言葉を、消しゴムでけしけしと消していく。


「あぁ……私たちの誓約書が……」

「何が誓約書だ。真面目に考えろ真面目に」


 俺が鋭い視線を送ると、瑠香は少したじろいだが、一つ咳ばらいをして体勢を立て直す。


「それなら、ほなてぃーが言ってた『クラス賞獲得』でいいんじゃない」

「まあ、それが今回の最終的な目標だな」


 今度は俺が、箇条書きのように最終目標『クラス賞獲得』とルーズリーフに書きだした。


「それで、ここから逆算していくと……」

「お客さんに魅力的な企画や装飾にするとか?」

「なるほど、インパクトが残るようにするってことか」

「そんな感じ」


 それぞれ意見を出し合いながら、それをルーズりーむに箇条書きにしていく。


 次々と手段や方法は上がっていき、あらかた出終えたところで、ふと瑠香が尋ねてきた。


「それで、これを実現できる企画は?」

「……そこなんだよなぁー」


 そう、いくらインパクトがあって、お客さんのニーズに合わせたような面白くて楽しいものと言った、抽象的なことを羅列しても、結局はそれでどんなクラス企画をするのか根幹の部分はまるで決まっていないのだ。

 まだ、飲食というジャンルが決まっているのだけは救いだが、飲食と言っても、文化祭では教室内は火気厳禁。提供するものも限られてくる。

 

「となると、やっぱり食で勝負というよりは、お店のインパクトの方向性で勝負していくしかないか」

「そうだねぇ……でも今候補に上がってるのって……」

「メイド喫茶と執事喫茶だな……」

「まあ、インパクトとしてはどっちもありなんじゃないかな?」


 確かに、普通にタピオカ売ったり、サンドウィッチ売ったりするよりは、インパクトや印象には残るだろう。

 ただ問題は、男女でどちらをやるか、意見がクラス内で完全に二手に分かれてしまっている点だ。


「どうにかして一致団結できないものかねぇ……」

「まあ、今のままなら無理だろうね」


 多分このままでも、結局は何かしらの企画に決まり、文化祭本番前には形にはなるだろうが、クラス全員のモチベーションが本番まで保てるかと言えば、それはゼロに近い。

 やってはくれるけど、心の中では嫌々やっている奴もいるだろうし、モチベーションをなくし、仕事をさぼりだす人も現れるかもしれない。


「何とかして、クラス賞を取るっていう目標に向かって、みんなの方向性が固まればなぁ……」


 先程と、さして変わらないことを一人で俺がぼやいていると、瑠香がふと疑問に思ったことを口にしてきた。


「ってかさ、そもそもなんでほなてぃーは、クラス賞とりたいんだろう?」

「さぁ?」


 お互いに見つめ合い、首を傾げる俺と瑠香。確かに、どうして穂波さんはあれほどまでに必死になって、クラス賞を取りたいと思っているのだろうか?


 あの唇を噛みしめて、どこか是が非でもクラス賞を取りたいという気持ちがひしひしと伝わってくる穂波さんの表情が思い出され、そんな疑問が頭の中を巡らせる。


「穂波さん、何か俺達のクラスに思い入れがあるのかな?」


 ついそんな言葉を零すと、瑠香が何気なく答えた。


「そりゃ、恭太がいるからじゃないの?」

「え……なんで?」

「そりゃだって……わかるでしょ?」


 そう言って、少し不機嫌そうに唇を尖らせる瑠香。

 そこまで言われて、分からないはずがない。


「で、でも、それだけでクラス賞を取りたいっていうのは、なんか違う気がするんだけどなぁ」

「まあ確かに、それはそうかも……」


 二人の間に不思議な沈黙が流れる。その沈黙を遮るようにして、スピーカーからチャイムが鳴り響いた。


 そろそろ下校時間のようだ。俺もそろそろ下校して、疲れて帰ってくる担任教師のために、夕食の支度をしなくてはならない。


「今日はとりあえずこの辺にしておくか」

「そうだね」


 そう言って、俺達は帰り支度を整えて、教室を出て昇降口へと歩いていく。

 歩いている途中で、瑠香が声を掛けてきた。


「もし聞けるようだったら、聞いておいてよ」

「何を?」

「ほなてぃがクラス賞を取りたい理由」

「あぁ……わかった」


 そう適当に相槌を打つようにして返事を返したが、何か穂波さんがクラス賞に対して、執着していることだけは確かな事実。ここは、同居している身として、一肌脱ぎますかね。

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