第53話 やはり、親子
穂波さんの実家に戻ると、皆が心配そうに玄関まで出迎えてくれた。
そんな中、一番に俺の元へ駆け寄ってきたのは、母さんだった。
「恭太!」
母さんは、近づいてきた勢いのままにガバっと俺に抱き付いた。
「よかったぁ……」
母さんは安堵したように声を震わせて、鼻を啜っている。
あぁ……穂波さんの言うとおりだ。母さんが俺の事を嫌いだなんて、ただの思い込みだったのだ。
俺はなんて馬鹿だったんだろう。母さんが俺のことを嫌いだと思い込んで、母さんが俺ともう一度一緒に暮らすのが辛いことだと勝手に決めつけていた。
そして、その現実を受け入れがたくて、穂波さんの家を飛び出した。
改めて、俺がまだ未熟な子供であるということを実感させられる。
それと共に、母さんに抱き留められて、母性溢れる愛情と温もりを感じられた。
俺は母さんの肩を掴み、抱きとめていた身体を離して、正面で見つめ合う。
「ごめん母さん……俺……母さんの事傷つけた」
「いいえ、私の方が悪いの。あなたをこんなにも苦しめてしまったのだから。私の方こそごめんなさい」
「ううん、俺の方こそ。母さんに色々と今までわがままばかり言っちゃって」
「いいのよそれくらい。私は恭太の母親だもの。わがままくらい、いくらでも受け止めるわ」
これで感動のフィナーレ。一件落着となるわけではなく……
家の奥の間からドスドスと重い足取りが向かってくる。
穂波さんの母親、菅沢香織は胸を持ち上げるように腕を組みながら、こちらを見つけている。
「恭太君。戻ってきたのね。良かったわ」
ほっとした表情を浮かべているが、声はいたって冷静だった。
「それじゃ、もう一度しっかり話し合いましょうか」
その声は、一切の予断を許さないと言ったような威厳さえ感じられた。
だが、まずその前に、俺は母さんとしっかり話をしなくてはならなかった。
俺は母さんから離れて、香織さんに向き直る。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
深々をお辞儀を下げた後、言い淀む前に口を紡ぐ。
「話し合いの前に、まずは親子で話をさせていただけないでしょうか? 話し合いは、それから日を改めて翌日という形ではダメですか?」
俺がそう言い切ると、しばし香織さんは黙考した後、ふっと息を吐いて微笑んだ。
「わかったわ。それなら、結論を出すのは明日にしましょう。今日は親子二人でしっかり今までのことも、これからもことも話し合いなさい」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
俺と母は、もう一度感謝の意を込めて深々と頭を下げた。
香織さんはそのまま踵を返して、今の方へと戻って行ってしまう。
香織さんは、すべてわかっているのだろう。これから、俺が何を話したいのかも、母さんが何を謝りたいのかも。だから、こうして親子の時間を作ってくれた。
香織さんが居間へと消えていき、玄関の空気が弛緩する。
「とりあえず、戻ってきてよかった」
「穂波ちゃん、お疲れ様」
玄関に集まっていた親戚一同が、各々言いたいことを呟いて、散っていく。
気が付けば、玄関に残されたのは、俺と母、そして穂波さんの三人だけだった。
「恭太……私はあなたには報いきれないほど謝らなくてはならない。家を出て行きなさいって、あなたにあんな強く当たってしまって……それで、結果としてあなたを傷つけてしまった。母親失格ね。本当にごめんなさい」
母は涙ぐみながら頭を下げてきた。
「謝らないでよ母さん。俺はそういうことをして欲しいんじゃないんだ」
俺が頭を上げるよう催促すると、母はゆっくりと俺の方を見ながら頭を上げる。
「だから、その……ちゃんと話したいから、場所変えない? 二人で話しがしたい」
「わかったわ」
母さんが頷くと、俺達は一旦向き合うのをやめて、家の中へと上がろうとする。
だが、その前には気まずそうに苦笑する穂波さんの姿があった。
「あ~……私、先にお風呂入ってくるね」
目が合った途端、穂波さんが、逃げるようにして靴を脱ぎ捨てて、部屋の方へと向かっていこうとする。
「穂波さん!」
母さんが穂波さんの背中に声を掛けると、ピクっと身体を反応させて振り返った。
「色々と多大なるご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
母さんは、穂波さんに感謝の意を込めて深々と頭を下げた。
「いいですって! こういう時はお互いさまと言いますか何と言いますか!」
穂波さんが手をふるふると振って困っているところに、俺も真面目くさって声を掛ける。
「穂波さん、迎えに来てくれてありがとうございます」
「ちょっと……恭太までそんなに改まらないでよ!」
顔を真っ赤にして困惑している穂波さん。
そんな穂波さんの姿を見て、母さんが微笑ましい表情を浮かべる。
「随分と息子を大事にしてくださっているようで、ありがとうございます」
「い、いえいえ! 教え子として当然のことですから!」
「今後とも、厳しいご指導のほど、よろしくお願いいたします」
「は、はい……」
もう諦めたのか、穂波さんはため息交じりに頷いて返事を返していた。
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