第51話 怒り爆発

 俺と穂波さん、そして母親と再婚相手の男は、香織さんに連れられて、居間のテーブルに向かい合う形で座らされていた。そして、所謂お誕生日席のところに、穂波ママが座ってニコニコ笑っている。


「で? これはどういうことかしら?」


 香織さんの言葉は重かった。俺たちに、一切の余談を許さないというように、ピリピリしているのが伝わってくる。だが、状況が複雑すぎるが上に、どこから説明したものか。


 ちらっと前を見ると、母が困ったように苦笑の笑みを浮かべていた。

 隣では、知らん顔で煙草をふかしている再婚相手……


 埒があかないと踏んだのか、香織さんが母を問い詰める。


「まず聞いておきたいんだけど、真知子さんと恭太君は、親子関係で間違いないのよね」

「はい……おっしゃる通りです」


 そう答える母。香織さんは、ため息を吐いてから口を再び開く。


「真知子さん。あなた言ったわよね? 息子は寮に入るから、問題ないですって」

「えっ、えぇ……言いました」

「じゃあどうして、あなたの息子さんはこうして私の娘と一緒に暮らしているわけ?」

「そ、それは……あの時とは状況が変わったと言いますか何と言いますか……」


 言い淀んでいると、香織さんは次にたばこを吸っている再婚相手へと標的を移す。


拓雄たくお、あんたも知ってたの?」


 拓雄と呼ばれた再婚相手は、ぷすぅ~っと煙草の煙を吐いてから口を開く。


「俺は知らねぇよ。そっちのことは全部真知子に任せっきりだ」


 どうやら、知らぬ存ぜぬで押し通すらしい。

 つくづく性根の悪い性格をしている。


 俺は再婚相手の拓雄を鋭い視線で睨みつけるが、そっぽを向いて、知らんぷりでタバコをふかしている。母は、こんなクソ男のどこに惚れてしまったのだろうか?

 見当もつかない。


 香織さんは、はぁっとため息を吐いてから、今度は俺に向き直る。


「恭太君、あなたはどこまで知っていたの?」


 そう尋ねられ、俺は知っている範囲で答える。


「僕は、拓雄さんが再婚相手だって言うことは知ってました。それで、ある日突然、母さんから急に、『再婚相手と暮らすから、一人暮らししなさい』って言われて……それで、結局住む家も見つからなくて友達の家を転々としている時に、穂波さんに助けてもらったと言いますか何と言いますか……」


 親子似た者同士、はっきりとしない物言いだ。

 それを聞いた香織さんの視線は、そのままスライドして穂波さんの方へと向かう。


「って、恭太君は言ってるけど、そうなの穂波?」


 穂波さんはピクっと身体を震わせてから、一つ間をおいてから答える。


「えぇ……彼の言う通りよ。最初は彼の住処を提供するために住まわせただけ。事情はある程度知っていたけど、まさか拓雄さんの婚約者がきょ…富士見くんの母親って言うのは今知ったわ」


 穂波さんがそう答えると、香織さんは深いため息を吐く。


「なるほどね……」


 腕を組み、しばらく瞑目した後、背もたれにもたれかかっていた身体を前に向ける。

 そして、きりっとした表情で言い放った。


「そう言うことなら、拓雄と真知子さんの結婚も、穂波と恭太君の同居も認めるわけにはいかないわ。恭太君と真知子さんは、元の生活に戻りなさい」


 そりゃそうだ。普通に考えて、成人前の息子を一人で放り出し、再婚しようなんて周りから見たら最低の親としか思えない。


「ちょ、香織さん! そりゃねぇだろ!」


 自分にも害が及ぶことになり、ようやく反論しだす再婚者の拓雄。

 だが、香織さんは拓雄に対して、強い口調で話し出す。


「当たり前でしょ! そもそもと言えば、あんたにも責任があるのよ!? 少なくとも、真知子さんに息子がいるってことくらいは聞いていたでしょ? それを相談もなしに勝手に二人で決めて、こんな状況になってるんじゃない」

「そ、それは……」


 至極当然の理由を提示され、流石の拓雄も、口ごもってしまう。

 重苦しい沈黙が流れ、部屋はどんよりとした空気感に包まれる。


「いやです……」


 そんな張り詰めた沈黙を破り、俺は気が付けば、そう口にしていた。


「えっ?」

「恭太?」


 皆の視線が俺に集中する。

 俺は顔を上げて、母の方に視線を向けながら言い放つ。


「俺は……もう母さんは暮らしたくありません!」


 その瞬間、母が絶望にも似た驚愕な表情を浮かべた。

 一方で、それを聞いた香織さんは、俺に尋ねてくる。


「恭太君、でもあなたはまだ……」

「俺と暮らしても、母さんはもう幸せには慣れないから」

「……!?」


 その言葉を聞いて、母は驚いたように目を瞬かせる。

 もうあの上っ面の笑顔は見せて欲しくない。俺が悲しくなるだけだから……


 俺はその場に居ることさえ耐えられなくなり、椅子を引いて席を立ち、そのまま玄関の方へと走り去る。


「恭太!」


 咄嗟に穂波さんが声を掛けるが、その呼び止めも無視して、俺は居間を飛び出した。

 玄関で、靴のかかとを踏みつけながらそのまま飛び出して、目的もなく走る。

 家が遠ざかるごとに、どんどん胸に今までつっかえていたものがあふれ出してきた。


 勝手に再婚して、勝手にいなくなったくせに、今度は勝手な都合でもう一度一緒に暮らせだ? ふざけるな!!


「なんだよ……なんだよなんだよなんだよ!!!! くそ、くそ、くそぉぉ!!!!」


 大人の都合で何もかも勝手に決めつけてるんじゃねぇ!

 気が付けば、怒りに任せて叫びながら走り続けていた。

 見知らぬ街で、また一人身になった気分だ。

 


 しばらく走り続けて、ふと我に返り冷静になった時には、見知らぬ場所で一人佇んでいる自分に対して、虚無感が一気に押し寄せてきた。


 俺はまた一人、住処のない生活を送ることになるのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る