第46話 菅沢家三大鉄則

 俺は今、穂波さんの実家のリビングで、穂波さんのご両親と向かい合う形で座り、夕食にご馳走になっている。


「うまい!」


 しかも、そのテーブルに並べられた料理が、すべて群を抜いて美味しいのだ。

 正直、穂波さんのママだから、あまり期待はしていなかったのだが、美味しすぎて箸が止まらなかった。


「たくさんあるから、どんどん食べて頂戴」


 穂波ママは俺の食べっぷりを、微笑ましい様子で眺めている。というか……普通に椅子に座ってるだけなのに、その二つのバスケットボールがさらに机に座ってますよ。

 そんな素晴らしい光景をご飯のお供にして堪能していると、隣で同じく舌鼓を打っている穂波さんが尋ねてくる。


「お母さんの手料理美味しいでしょ?」

「はい、穂波さんのあの肉じゃがからは想像もできないくらいに!」

「余計な一言よ!」

「アイテッ」


 穂波さんにチョップを食らってしまう。

 いやだってね? どうして、こんなに上手なお手本がいるにもかかわらず、あんなに家事スキルがポンコツなんですか? 遺伝子受け継いでいるんじゃないの? 受け継いでいるのは胸だけか?


 すると、穂波ママはほっと胸を撫でおろす。というよりも、胸がワンバウンドする。ちょっとその振動で、醤油さしに入っている醤油が波打った。


「よかったぁ~お口に合わなかったらどうしようかと思ってたけど、喜んでもらえてうれしいわ」

「いえいえ、こちらこそ、突然お邪魔して夕食まで頂いて、申し訳ないです」

「いいの、いいの! 私たちにとっては、恭太君は息子同然のようなものなんだから」

「いやいや……そんな……」


 俺は謙遜するが、穂波ママのお父さんもうんうんと首を縦に振って頷いている。

 というか、何もしゃべらないので存在感がなかったんですけど!?


 ある程度お腹も満たされてきて、満腹感も覚えてきた頃、ふいに穂波ママが口を開く。


「それで恭太君。実のところ、うちの娘とはどこまでいったの?」

「いやっ、何処までと言われましても……」


 そうだ、忘れかけてたけど、ご両親の中で俺は、穂波さんの彼氏という設定だった。

 誤魔化すように、みそ汁をズズっと飲んでいると、穂波ママがとんでもないことを口走る。


「聞いたわよ! クラスの生徒がいきなり穂波の家に押しかけて来て、『穂波先生! もう我慢できないんです!』って言って、押し倒しておっぱいチューチュ吸って堕としたって」

「ぶうぅぅぅぅぅっ!!!!」


 盛大にみそ汁を噴き出してしまう俺。そりゃ、噴き出したくもなりますわ。


「あら、大丈夫? 布巾持ってくるわね」


 心配そうにしながら布巾を取りに行く穂波ママ。

 俺はゲホゲホとせき込んでから、隣にいる穂波さんを鋭い眼光で睨みつける。


 穂波さんは咄嗟に視線を逸らして、吹けもしない口笛を吹く。おい、こっち向けポンコツ。

 彼氏どころか、生徒と先生の禁断恋愛みたいな事態になってますけど!?

 やっぱり、穂波さんが嘯いたなんて言ってたから、怪しいとは思ってたけど、斜め上に状況がまずい方向へ進んでるよ!?


「はい、布巾」

「あ、ありがとうございます……」


 俺は零したみそ汁を、受け取った布巾でふき取る。

 その間に、穂波ママは椅子に座り直し、そのバレーボール二つも机に置いてから、喜んだように話を続けた。


「でもよかったわ。ちゃんとイクところまでイッてるみたいで! 穂波は小さい頃から男の子の前だと緊張してすぐに高圧的な態度とっちゃう子だったから、彼氏が出来て嬉しいの」

「ちょ、ちょっとお母さん……」


 恥ずかしそうに身をよじる穂波さん。いや、ってか反論しろ反論このポンコツが!


「はっ……今恭太君から穂波へ凄い蔑みの視線を感じたわ。もしかして、穂波はそういう虐められるようなプレイが趣味なの!?」

「そ、そんなわけないじゃん! むしろ私は母性溢れるプレイの方が好み!」


 いや、だからそういうことじゃなくて、前提の彼氏設定を弁明しろポンコツおっぱい教師!


「いやっ……お母さん、そのですね……僕と穂波さんはそう言う関係ではなく……」

「へっ? あらごめんなさい。私てっきり……」


 穂波ママは、恥ずかしそうに口もとを手で隠す。やっと理解してくれたかとほっと胸を撫でおろしたのもつかの間。穂波ママは抑えていた手を放して、意味ありげな視線を向けてくる。


「恭太君はいじめられるのが好みなのね」

「ちっがーう!!!!」


 全然わかってなかった。やっぱりポンコツの親もポンコツだな!


「そうじゃなくて、俺と穂波さんは付き合ってないですし! そんなおっぱいを吸ったりとかする関係性じゃないってことです!」


 おっぱい揉んだことはあるけども! 断じてそう言ういかがわしい関係ではありません!


「へ? でも、穂波が嬉しそうに言ってたわよ。毎日仕事から帰ってくると、すぐに飛びついてきて、肉欲のままに私を襲い倒してくれるって」


 俺は再び穂波さんを刺し殺す勢いで睨みつける。次回から飯白米だけにすんぞこのポンコツ。


「あ、あははは……」


 穂波さんは苦笑いを浮かべてそっぽを向くことしかしない。

 ここは、俺がきっぱりと言っておかないといけないだろう。


「それはですねお母さん。穂波さんが出まかせで言った嘘と言いますか。事実無根あって、そんないかがわしい関係では一切ないですし。穂波さんを襲ったことも……ありません」


 最後がちょっとつっかえちゃったけど、あれは襲ったカウントに入らないよね? マッサージだったし。

 だが、気が付くと食卓の空気が一気に寒々として張り詰めたものになっている。

 その異様な空気感を感じた俺は、思わず身構えて穂波ママを見つめた。


 穂波ママはにっこりと笑みを浮かべているが、目は全く笑っておらず、視線の矛先は、穂波さんへと向けられていた。


「穂波。今恭太君が言ったことは本当なの?」


 穂波さんはビクっと反応して、ロボットの方にカクカクとしながら穂波ママへ顔を向けた。


「なっ、何言ってんのよ! 恭太が照れ隠ししてるに決まってるじゃない! 私たちは、正真正銘ラブラブ先生生徒カップルで……」

「本当のことを言いなさい?」


 だが、穂波ママは言い訳を断じて許さないと言ったような鋭い口調で切り裂く。

 その威圧に気圧されて、穂波さんはタラタラと冷や汗を掻きながら、観念したようにシュンと肩を落とした。


「はい……恭太が言ったことが本当です。ごめんなさい」


 遂に白状した穂波さん。よしっ、これで俺の誤解は晴れて解決、かと思いきや。菅沢家の食卓の空気は張り詰めたままだ。

 その時、ドンっと机が揺れた。地震かと思ったけど、その穂波ママの爆乳が大きく跳ねただけだった。なんだよそれ、乳揺らしただけで、威圧感醸し出せるとか、この人神かよ?


「穂波」

「ひ、ひゃい……」


 穂波さんはピクっと身体を震わせて、母親を見つめる。


「あなた、を、まさか忘れたわけじゃないでしょうね?」

「も、もちろん覚えておりますとも、料理、SEX、マッサージです!」

「違うわ、キス、前戯、SEXよ……」

「全然違うじゃないですか……」


 流石ポンコツ穂波。家のしきたりも間違えて覚えているとは。


「菅沢家三大鉄則本当にあったんですね。ってか、穂波さんが間違って覚えていたものよりもさらにひでぇ……」


 ホント、菅沢家可笑しいよ? なんで恋愛のABCが鉄則になってるわけ?

 俺のツッコミを気にする様子もなく、穂波ママは話を続ける。


「菅沢家に生まれたる者、この3つの条件をクリアしなくては、同棲は認められないわ」

「で、でも私と恭太は!」

「断じて認めません!」


 かなりきつい口調で穂波さんを咎める穂波ママ。

 ここで俺は、とあることに気が付いてしまった。 

 も、もしかして穂波さん……こうならないように、俺が彼氏だってうそぶいてかばってくれていたのか? それなのに、俺はそんなことにも気づかずに、ただ穂波さんをポンコツ扱いして……


 穂波さんは、歯を食いしばり身体を震わせている。

 すると、穂波ママはそのサッカーボールを父親の方へ向けると、突如父親がそのボールを揉み始めた。


「なっ……!?」

「ちょっと、人様の前で何やってんの!?」


 恥ずかしさMAXという感じで穂波さんが顔を手で覆う。


「これくらい普通のことだ。男なら、胸揉む一つくらいやってみ!」


 初めて父親が声を上げ、俺に挑戦的な口調で言ってくる。


「恭太、こんな変な挑発のらなくていいからね?」


 穂波さんはそう言ってくれるが、ここで引き下がれば、俺は穂波さんとの同棲を認めてもらえなくなってしまう。折角穂波さんが嘯いてくれた計画を俺が台無しにしてしまった。今度は俺が勇気を出す番だ。


 俺は意を決して穂波さんの胸へと手を伸ばして、その柔らかい双丘へと触れる。


「ちょっと、恭太ぁ!?」


 恥ずかしさが火を噴いたように顔を真っ赤にする穂波さん。


「ほう、なかなかやるな。それなら、これはどうだ!」

「ひぇぇぇぇ……」

「うわっ……」


 思わず悲鳴に近い声が漏れてしまうほど、それはそれは濃密なディープキス。一体俺たちは何を見せつけられているのだろう……

 俺の穂波さんの胸を揉む手も、気づけば止まっていた。


 満足そうに二人のせいから戻ってきた穂波ママと穂波パパは、俺達の方へ向き直ると、呆れた表情を浮かべる。


「その初心な反応を見ると、キスはしたことないようね」

「それは……」


 穂波さんは恥ずかしそうにモジモジしながらうつむいてしまう。そりゃ、キスはしたことないので、口ごもるしかない。それに、あんなに濃密なキスを見せられたら、恥ずかしくて視線を逸らしたくなるだろう。

 だが、次の瞬間穂波さんは力のある声で呟いていた。


「どうしたら、恭太との同棲を認めてくれるの?」


 顔を上げた穂波さんは、意思のこもった表情で母親に向けて対抗心剥き出しの視線を向けている。


「それはもちろん。菅沢家三大鉄則をすべてクリアすることよ」

「わかったわ」


 納得したように頷く穂波さん。


「えっ、ちょっと待って穂波さん。それってもしかして……」


 俺の制止を振り切り、椅子から立ち上がり、ズビシっと母親を指さすと、穂波さんは胸を張って宣言した。


「いいわ! 実家にいる間に、必ず恭太とすべての鉄則をクリアして、同棲を認めさせてみせるわ!」

「……」


 いや、いやいやいや……いやーん!!!

 穂波さんの実家に来て一日目、早くも俺の貞操が大ピンチを迎えました。

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