第29話 何か企てていても穂波さんはポンコツだ
翌日、朝食を取った後、俺は早々と瑠香の家を後にした。
瑠香はいつも通りだったが、俺が変な意識をしてしまって落ち着かなかったので、逃げ出すように出てきたのだ。
それにしても、昨日の俺はどうかしてた。
瑠香の胸をあんなに夢中になって揉みしだいて……
これも、瑠香の作戦だったのか?
もしそうならば、効果絶大である。
正直、瑠香のおっぱいの触り心地は最高としか言いようがなかった。
それに、あの瑠香の潤んだ瞳に、朱に染めた頬、荒い息遣い……
幼馴染ではなく、女の子として意識せざる負えない。
だが、これを毎日したいかと言われると……
うん、したいですとても。
やはり、欲望には逆らえないのが男の性というものなのか。俺は自分の掌を見つめ、あの時の感触を思い出すようにわしわししてしまう。
「何やってんだ俺!」
ふと我に返り、冷静になった俺は、首をブンブンと横に振って煩悩を振り払う。
ひとまず今は瑠香のことを忘れて、この後のことを考える。だが、それも荷が重い。
なぜなら、今日は後攻穂波さんのターン。
保奈美先生から聞いた話によると、穂波さんは何か俺に計画を企てているらしいが、何をしてくるのか恐ろしくて、身体が自然と震えてしまう。
それに、昨日のハプニングの連続で、既に俺の精神は削られまくっている。
正直、これ以上何かハプニングが起こられても困るのだが、よりによってポンコツ穂波さんだ。昨日以上のことが起こりうると考えると、穂波さんの家に戻ろうという気が全く進まない。
「一度クールダウンするか……」
俺は踵を返して、駅の方へと向かい、気持ちを整えることにした。
◇
穂波さんの家へ戻ったのは、結局お昼前になってしまった。
まだ全く気乗りしないのだが、この勝負を棄権するという権限は俺にはない。
重い足取りで穂波さんの家へと戻った。
穂波さんの部屋の前まで到着し、ガチャリと鍵を開けた瞬間だった、部屋の中に充満する焦げ臭い匂い。
「な、なんだ!?」
予想外の出来事に、一瞬火事かと思い、慌ててリビングへ向かうと、そこには信じられない光景が広がっていた。
なんとキッチンでは、上下グレーのジャージ姿の上に、ピンク色のエプロンを羽織った穂波さんがキッチンに立っているのだ。
そして、何やら怪しげな煙が黙々と立ち上り、あわあわと慌てている。
世紀末、見ることがないだろうと思っていた光景が目の前に広がっていたせいで、部屋に入ってからしばらく目を瞬かせてキッチンを眺めていたが、ようやく我に返り俺は穂波さんへ声を掛ける。
「な、何やってるんですか?」
「うわぁぁぁ!!!!!」
急に声を掛けられた穂波さんは、驚いた様子で手に持っていた菜箸を真上に上げてこちらを見た。
「な、なんだ恭太、帰ってきたのね! お帰りなさい!」
ニッコリとした笑みを浮かべて、エプロン姿でキッチンに立って俺を出迎えてくれる穂波さん。
ありえない日常がそこにはあった。
「キッチンで何やってんすか?」
「何って、見ればわかるでしょ?」
「カップ麺?」
「違うわよ!料理よ、料理!」
絶対に穂波さんから発することのない単語が、そのポンコツな口から放たれたので、俺は思わずポカンと口を開けて呆けてしまう。
「……すいません。ホームヘルパーさんは家では雇っていないので、作りに来る家を間違っていると思います」
「何言ってるの恭太? あなたが家事をしているのだから、雇う必要がないでしょ?」
「それを言うなら、穂波さんは家事全般一切できないポンコツです。キッチンにエプロン姿でいることすらありえない! もしや、本物そっくりのコスプレイヤーさんですか?」
「し、失礼な! 正真正銘、このカリスマ先生穂波ちゃんが、腕によりをかけて恭太のために調理しているというのに!!」
そう言ってジャージの袖をまくり上げ、肘を曲げて力こぶを作って見せる穂波さん。ほう、そんなに自信があるなら、本当にカリスマかどうか確かめさせてもらおうか?
「じゃあ、料理のさしすせそは?」
俺が尋ねると、穂波さんはどや顔で腕を組みながら答える。
「サイゼリヤ、ジョナサン、すかいらーく、セイコーマート、そじ坊!」
「なんで飲食チェーンのさしすせそになってんですか!! しかも、セイコーマートに至ってはコンビニだし!」
おけ、このポンコツ具合。間違いなく穂波さんだ。
ちなみに、すかいらーくは、現在はすかいらーくグループという会社になり、ファミレスとしては存在していない。ちなみにその中にガストやジョナサンが含まれている。
ってか、ジョナサンとすかいらーくがさしすせその中に一緒に入ってしまっている時点で、このさしすせそ崩壊してるんですけど……。
ちなみにセイコーマートは、北海道に最大勢力を置くコンビニ。24時間営業をやらないことで有名。ちなみに、埼玉や茨城にもちょっとだけあるぞ!
目の前にいる人物がポンコツ穂波であることが分かり安心したのか、頭の中でそんなどうでもいい豆知識を披露していた。
ふと穂波さんに視線を向けると、キッチンにいるポンコツ穂波さんは、むーっと頬を膨らませている。
「別に、そんなの知らなくても料理作れればいいもーんだ」
「・・・・・・」
流石は安定のポンコツっぷり。さしすせそは料理の基礎だからね?
でも何故だろう。そんなポンコツ穂波さんを見るのも、どこか懐かしいような感じがして、思わずほっと安心している自分がいる。
ってか、何故に料理?
「というか、穂波さんが料理とかどういった風の吹き回しですか?」
俺が尋ねると、穂波さんは不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふ……今回の癒し対決。私に足らないのは主婦力。そこで、夫を腹で満たしてあげるのが妻としての最大の癒し。そうつまり! 料理で恭太君の腹も心も鷲掴みにしちゃおう大作戦よ!」
そう言いながら、ビシっと人差し指で俺を指さす穂波さん。
まあ、俺は穂波さんの夫でもなんでもなく、ただの教え子の同居人なんですけどね。というか、作戦を実行する前にその作戦を本人に言っちゃうところがまたポンコツといいますかなんといいますか。
そんなことを心の中で思っていると、鍋からぶくぶくと何やら怪しい煙が湧きあがり始める。
「わぁ! ちょっと! ナニコレ、いやぁ! はぁ! ていっ!」
穂波さんは慌てて試行錯誤して鍋の煙の勢いを止めようとしているが、コンロの火を止めればいいという結論に至らないあたりが、流石のポンコツっぷりである。というか、その結論に至れないと、ガチで火事になる恐れがあるから、料理するのやめて!
俺は急いでキッチンへと周り、大惨事になる前にコンロの火を止めに入る。
ホント、もう二度とキッチンに立たないでほしい。いやマジで本当に。
やはり、菅沢穂波はいつもどこでも何度でもポンコツである。
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