第30話 ポンコツでも、菅沢穂波は可愛い

「で、出来ました……」

「はぁ……」


 穂波さんの家に帰って着て早々、危なっかしい穂波さんの料理の補助をしたおかげで、げんなりと疲れてしまった。

 ホント、もう二度とキッチンに立たせるのはやめよう。そう決心した。


 机の上には、穂波さんがよりを掛けて作り上げた焦げ茶色のスープが・・・・・・

 ちょっと待って、本当にこれはスープなの?

 なんか具材が入っているのはうっすらわかるが……いや、やっぱ全く分からん。


「ど、どうぞ召し上がれ」


 どうぞって言われても・・・・・・全く食欲をそそられる見た目じゃない。正直食べたくないというのが率直な意見だ。いやだが待て、珍味というものは、見た目がグロテスクであっても美味だから珍味といわれる所以がある。だから、この謎の料理も、見た目はあれだけど、味はしっかりしていて珍味としては美味かもしれない。

 だからだろうか、一応何を作ったのか確認しておきたかった。


「ち、ちなみに何を作ったんですかこれは?」


 俺がそう尋ねると、穂波さんは当たり前のような表情で人差し指を顎に当て、小首をかしげて口を開く。


「肉じゃがだけど」


 おうふ……。

 聞かなきゃよかったと後悔した。肉じゃがというよりは、ビーフシチューといった方がいいのではないかというくらい茶色いんですが……

 どうやったらこんなに焦がすことが出来るの?


 俺はゴクリと生唾を飲みこんでから、恐る恐る意を決してその肉じゃが(ダークマター)にスプーンを突っ込んだ。

 その瞬間、ジャリっという肉じゃがにあってはならない音が響く。いやっ、焦がしプリンとかじゃないんだからさ……ざらめなの?


 俺の額から冷や汗が垂れているのがわかる。

 だが、せっかく穂波さんがよりをかけて作ってくれたんだ。

 一口くらいは食べてあげないとかわいそうだろう。

 それに・・・・・・そんなに潤んだ瞳で不安そうに上目づかいで見つめられたら、食べないわけにはいかないじゃないですか……


「はむっ!」


 俺は意を決してその肉じゃが(仮)を口に含んだ。

 瞬間、焦げ苦い味が口全体に広がり、ジャリ、シャリっと炭となった具材たちが食感を刺激する。これ以上間で味を確かめるのは危険だと俺は判断して、一気に胃の奥に流し込むようにして飲みこんだ。


「ど、どうかな?」


 神妙な面持ちで尋ねてくる穂波さん。俺は顔の血色が悪くなるのを感じながら口角を無理やり釣り上げて答えた。


「まずい……」

「ガーン!!」


 穂波さんはショックのあまり机に突っ伏した。


「ほ、穂波さん?」

「頑張ったのに……」

「え?」


 すると、穂波さんは身体を起こして、顔を歪ませて潤んだ瞳で訴えてくる。


「せっかく恭太を驚かせようって……恭太を喜ばせようと思って栄っちと一緒に頑張って練習したのに……!」

「えっ……もしかして、ここ最近ずっと俺を避けてたのって……」

「うん……恭太をびっくりさせたかったから、当日まで出来るだけ避けてた。昼休みも家庭科室で練習して、放課後はすぐ栄っちの部屋に行って練習して頑張ったのにぃ……」


 そうか……俺のために頑張って努力を隠そうとしてまた空回りして……

 ホント何やってんのこのポンコツ?


「こうなったら、最後の手段ね!」


 そう言って、穂波さんは立ち上がると、ベッドの上にあった財布を取り上げ、中からが何かを取り出した。そして、俺の前にしゃがみこんで座り、右手で財布から出した紙切れを差し出しながら頭を下げる。


「お願い! お金あげるからこれからも一緒にいて! 何でも言うこと聞きますから!!」


 状況が理解できていない人から見たら、なんとも怪しくて危ない現場に見えてしまうだろう。というか、俺も一瞬思ったぞ。


 恐らく、お小遣いの話をしているのだろう。

 いくらでも出すから、一緒に暮らしてくださいと手に持っている諭吉3枚を差し出して懇願してるのだ。


 俺はそんな穂波さんを見て、呆れかえる。それと同時に、俺を必死に引き留めようとこっそり準備して、結局うまくいかなくて空回りして、不器用で、今はこうして感情論でごり押ししようとして、ホントポンコツだけど、それがまた心温まるというか、穂波さんらしいなと思った。


「お願いします! いくらでも私の身体使っていいですから、いくらでもお支払いしますから!」


 そして、今も何度もこうしてポンコツなりに一生懸命お願いしてきている。

 ってか、なんか今不適切な発言が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。

 聞いてない、俺は聞いてないぞ。いくらでも身体使うっていうのは、労働としてですよね? お支払いっていうのはお金のことだよね!?


 俺は必死に何度もお金を差し出してお願いしてくる穂波さんにふぅっとため息を吐いてから言葉を発した。


「穂波さん、頭を上げてください」

「恭太ぁぁぁ……!!!」


 顔を上げて髪を掻き分けて見えた穂波さんの顔は、涙のせいでアイメイクが落ちてしまったのか、真っ黒な水が頬を伝って酷いゾンビみたいになっていた。

 でもそんなところが、またポンコツで可愛く思えってしまう自分がいる。

 

 あぁ……そうか。俺はもう、穂波さんのお世話をしないと駄目な身体に気づかぬうちにさせられていたんだな。一人でいても、物足りなさを感じていたものが、帰ってきた安心感のようなものを感じた。


 だから俺は、ニコっと穂波さんに優しく微笑みかけて口を開いた。


「俺は、穂波さんの元から離れる気はありませんよ」

「本当にぃぃ!?」

「えぇ……確かに穂波さんはどうしようもないポンコツですけど、今はこの生活が楽しいって思ってるんです。だから、俺はこの家から出て行くこともないですし、穂波さんにこれからもお世話になるつもりですよ」

「でも……でもぉ!!」

「それに、穂波さんは家でゴロゴロしている姿の方が俺は好きです」


 俺がそう言い切ると、穂波さんは少し驚いたような表情になる。


「それはそれでなんか複雑~!!」


 直後、微妙な表情を浮かべながら泣き叫ぶ穂波さん。


 駄々をこねる子供のような穂波さんの姿に思わず苦笑する。

 まあ、そんなところまでもお茶目で可愛らしく思えてしまうのだから仕方ない。

 この対決、既に勝負する前から俺の中での答えは決まっていたのだ。


 けれども、穂波さんの努力が水の泡にならないように、俺は優しい頬笑みを浮かべながら言ってあげた。


「その……俺のために料理作ってくれてありがとうございます。その気持ちだけで、俺すげぇ嬉しいです」


 こうして、俺は穂波さんの破壊力可愛さ抜群ポンコツパワーで、KO負けを喫するのだった。

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