第25話 先行瑠香の思惑
「それじゃあ、恭太君と一緒に留守番よろしくね」
「うん、行ってらっしゃい」
朝、両親は二人して温泉旅行へと出かけていった。
ついに決戦当日。
あの泥棒猫から恭太を奪い戻す時がやってきた。
この勝負、もちろん勝算が無ければこんなバカげた対決を提案するわけがない。
この勝負、大切なのは癒し方!
癒し方といっても、色んな癒し方があるだろう。
今頃、向こうは恭太に何か癒せるものがないかと、必死に探していることだろう。
だが、この勝負。根本的に違うのだ。
ここは、私の見せ所。幼馴染の特権を思う存分使わせてもらうわ。
そして、なんとしても恭太を私の家に連れ戻す!!
◇
翌日、俺は昨日瑠香に伝えた通り、昼過ぎに瑠香の家へと出向いた。
家の前に着き、インターフォンを押した。しばし待つと、インターフォン越しから声が聞こえてきた。
『はーい』
「俺」
『はーい』
ガチャリとインターフォンの内線が切られ、俺は玄関の扉の前まで進んだ。
待機していると、家の中からバタバタと足音が聞こえてきた。そして、玄関の扉が開かれ、瑠香が俺を出迎えてくれる。
「いらっしゃーい」
「おう」
そう挨拶を交わして、いつもの調子で玄関へと入り、そのまま瑠香の部屋へと向かった。
部屋に入るなり、瑠香に『適当にくつろいでていいよ~』っと言われ、自らもベッドの上に寝っ転がってスマホをいじり始めてしまう。
「……」
いつもと変わり映えのない日常が、そこにはあった。
勝負といいながらも、特に変わった様子は全くない。本当にいつも通り瑠香と放課後を過ごしているような感じだ。いつもと違うのは、瑠香が私服であることと、茶髪の髪を結ばずに下ろしていることだろうか。
カーテン越しに、午後の陽ざしが瑠香の部屋にかすかに差し込み、部屋は明るさを保っている。
特にすることもないので、一度瑠香の部屋を後にして、1階の書斎部屋にある本棚から適当に本を拝借して読むことにした。
◇
「ふっふっふ……」
恭太が部屋から一度出て行くと、私は不敵な笑みがこぼれ出てしまった。
これこそ私の幼馴染としての最強で最大の攻撃で防御!
あえて何も行動を起こさない。つまり、普通にいつも通り過ごすことが、恭太にとって最もリラックスの出来る癒しとなる。
幼いころから一緒に育ってきた幼馴染だからそこ出来る。究極の癒し!
悪いけど、今回はそれを最大限活用させてもらう。
◇
書斎部屋から本を見繕って、俺はなんとなく瑠香の部屋へと戻ってきた。
リビングで一人延び延びとソファーでくつろぎながら読んでも良かったのだが、一応今日は勝負という名目もあるので、瑠香と一緒にいた方がいいのかと思い、自然と身体がそちらへ向かったのかもしれない。
俺は瑠香の部屋でいつものポジションである、ベッドの端の隅っこに体育座りで座り、見繕ってきた本を読み始めた。
「……」
「……」
時計の秒針の音と、瑠香がスマホをタップする音、時に俺が本をめくる音以外は静謐な空間が辺りを覆っていた。
俺は切りのいい所で、読んでいた本をパタンと閉じて、瑠香の方を見た。
「なぁ、瑠香」
「ん~なぁに~」
瑠香からそんな気の抜けたような声が聞こえてくる。俺は少し呆れ気味に話を続ける。
「これでいいのか?」
「何が?」
「いや、だから、一応今日は先生との勝負っていう名目があるわけだし……それにしてはいつも瑠香と放課後過ごしてる時と何も変わらないというか……」
「それでいいのよ」
すると、瑠香は自信たっぷりの声で答える。
「私たちにとっては、これが一番普通のことで、一番お互いリラックスできる状態じゃない。だから、いつもと変わらないのが一番いいの」
「な、なるほど……」
確かに、瑠香といつも通りにしていれば、何もストレスを感じることはないし、普通にリラックスは出来る。そういう戦法もありか……
俺が顎に手を当てて納得していると、瑠香はムクっと起き上がって俺の方を振り返る。
「それとも何? 恭太はもっと何か刺激的なものをご要望?」
からかってくるように尋ねてくる瑠香。
「バカ言え。別にそんなのは、これっぽっちも求めてねぇよ」
「そっか。じゃ、このままでいいでしょ」
瑠香はニコっと微笑み、またスマホに目を戻してしまう。
そこから、また静寂な空気が辺りを覆った。
俺もそんな瑠香の姿を見て、この状況を受け入れて、再び本を開いて読書を続けた。
◇
しばらくして、本を読み終えた恭太がふと声を掛けてきた。
「夜飯どうする?」
「ん~? 恭太に任せる」
「……お前は潔いというかなんというか……家事する気ホントねぇよな」
「だって、家事全般面倒なんだもん」
「面倒という以前に、出来ないの間違いでは??」
「失礼な。私だってやるときはやるし」
「そのやる気をもう少し普段から出してほしいんだけどなぁ……」
「だって、やる気出さなくても恭太がやってくれるし」
「……冷蔵庫の中身、適当に使うぞ」
「はーい」
恭太はやれやれといった感じで私の部屋を出て行って、階段を下りてキッチンのある1階へと降りていった。
ふっふっふ……甘いよ恭太。
これで恭太はいつもと変わらない私だと完全に認識しただろう。だが、ここからが私の本番よ。見てなさい泥棒猫菅沢穂波! 今日の一晩で、恭太の身も心も、私なしじゃ生きていけない身体にしてやるんだから……
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