第24話 鬼からの忠告
金曜日の放課後、今日も穂波さんを捕まえることは出来なかった。あの人の逃げ足は、ウサイン・○ルトより速いのではないかと思っている今日この頃。思わず、陸上トラックで走っている穂波さんの姿を想像してしまう。
うん、まず陸上選手みたいに腹筋割れてないし、その豊かな胸が走るたびにプルンプルンっと上下に揺れてて……もう陸上どころではないね。
むしろ、そういう系のグラビアとか、そっち系に出ていそうなイメージ。
そんなくだらない妄想をしながら教室へ戻ると、丁度瑠香と教室のドアの前で鉢合わせになった。お互いどちらからとでもなく見つめ合い、声を掛けた。
「帰るのか?」
「うん」
「そうか……」
明日から、穂波先生VS瑠香の、俺を掛けた癒し対決が始まる。
「俺明日何時に行けばいい?」
先行は瑠香からだった。瑠香は俺に尋ねられ、ニコリと微笑んだ。
「恭太が来たいときに来てくれればいいよ」
「そうか、なら昼過ぎ辺りに向かうわ」
「うん、おっけー。それじゃ、また明日ね」
瑠香は手を振りながら、そそくさと教室を出て昇降口へと向かって行ってしまった。俺はその姿が見えなくなるまで目で追った。
瑠香は明日が勝負だというのに、随分と余裕だな……
まあ、自分から提案した勝負なわけだし、自信があるのだろう。
俺も瑠香の後を追うようにして、荷物を持って教室を出て昇降口へと向かった。
廊下を歩いている途中で、とある人物に出くわした。
白衣を羽織い、ふんわりふわふわ歩くたびに、お花畑のようなボールドの香りが漂ってきそうな笑みで、保健の先生、栄保奈美先生が反対側の廊下から歩いてきた。
そして、俺の姿に気が付くと、にぱぁっと笑みを浮かべて手を振ってくる。
「あっ、富士見くん~こんにちは~」
「こっ、こんにちは……」
この人が、真の鬼の保奈美であることを知ってから、俺は保奈美先生との会話の掴み方が分からなくなってきている。正直、あまり出会いたくない人物の一人だ。
そんな俺の心情などお構いなしに、保奈美先生は今日も今日とてほんわかゆるふわふわふわりん。っという感じで話しかけてくる
「今から帰るところ?」
「えぇ……そうですが……」
「そっかぁ~。あっ! そうだ! もし時間があれば、ちょっとだけ手伝ってほしいことがあるんだけど、いいかなぁ~?」
申し訳なさそうに尋ねてくる保奈美先生。だが、俺はこれ以上保奈美先生といると、場が持たない気がしたので、適当に理由を付けて誤魔化す。
「えっ? あぁ……ごめんなさい、ちょっと今日はこの後急ぎの用事があって……」
「そっかぁ~」
しょんぼりとした表情を見せる保奈美先生。すると、辺りにいた連中らの声が騒がしくなってきた。
「おい、あいつ保奈美先生の手伝い断ったぞ?」
「ひでぇ奴だ……」
「保奈美先生可哀そう……」
周りからの非難の視線が俺に集中していた。これは、逃げられませんね。
「あぁ……ええっと、まだ予定まで時間ありますし、ちょっとだけならいいですよ?」
「本当に??」
すると、顔を上げた保奈美先生が、ほんわかぱっぱっと目を輝かせていた。
その表情を見て、辺りにいた連中らも朗らかな気分に当てられる。
「あぁ……今日も保奈美先生の笑顔は美しい」
「保奈美ぃ最高!」
「FOOOOOO~」
そんなことを言いながら、他の連中らは昇降口へと向かっていく。
おいこら、てめぇらそこまで俺を揶揄したんだから、保奈美先生の雑務手伝えや。
「それじゃあ、行こう!!」
保奈美先生に肩を押されて、俺は教室の方へと逆戻りして校舎の中を歩いていった。
◇
連れてこられたのは、倉庫……??
そこは、教室棟の3階の端にある倉庫だった。
保奈美先生が持っていた倉庫の鍵を鍵穴に差し込んでカチャリと開けると、俺を手招きする。
「この段ボールなんだけど、保健室まで持っていってくれるかなぁ??」
「わかりました」
俺は保奈美先生の足元に置いてあった、肩幅ほどの段ボールを持ち上げた。
「うわっ……重っ……」
予想外の重さに、思わずそんな声が漏れてしまう。
「一人で持たせちゃってごめんねー」
保奈美先生も、もう一つ小さめの段ボールを持ちながら申し訳なさそうに言ってくる。
「あっ、いや大丈夫っす」
「流石男の子だね~。力持ち!」
きゃぴきゃぴきゃぴるーんと、そんなことを言って褒めたたえて応援してくる保奈美先生。あまりのほんわかさに、思わず力が抜けて段ボールを落っことしそうになってしまうレベル。
まあそんなこんなで、無事に保健室まで荷物を運び終えて、ふぅっと額に掻いた汗を拭う。
「ありがと~」
「いえいえ」
そういえば、保奈美先生は、穂波先生が最近の様子が可笑しいことについて、何か知っているのだろうか?
お昼休みも一緒に何処かに行っているみたいだし……
あまり保奈美先生と二人きりの状況で、穂波さんについて尋ねたくはなかったが、穂波さんに直接聞けない以上、他者から聞き出すほかない。
「あの、保奈美先生つかぬことをお伺いしますが」
「ん? どうしたの~?」
保奈美先生はキョトンと首を傾げてきた。
「穂波せっ……いや、菅沢先生が最近何をしているのか、ご存じですか?」
しばしの沈黙……
あれっ? 俺、もしかして地雷踏んじゃった?
いけないこと聞いちゃった??
パンドラの箱を開けてしまったのかと、怯えていると保奈美先生はニヤっと怖い笑みを浮かべてこちらへと近づいてくる。
そして、立ちすくむ俺の首元にそっと触れて俺の顔をじぃっと見つめてきた。
「それは、な・い・しょ♪」
大人びた声で言ってきたので、一瞬保奈美先生の口から放たれたものだと気が付くのに時間がかかった。
間違いなく、鬼の保奈美が表に出てきていた。
「でも、そうねぇ~ 一つ言えるとしたら~」
保奈美さんは、俺の首元から手をそのまま自分の口元に当てて微笑みを作る。
「あなたに何か企んでいるのは間違いない……とだけは言っておくわ」
からかうように、保奈美先生はそう言い切った。
やっぱりそうか……穂波さんは、今度の勝負のために、何か準備をしているのだ。そのために、家を出てどこかで修業をしている。
だけど……相手はあのポンコツ穂波。
何を企んでいるのか、想像するだけで背筋がぞっとしてしまう。
これは、当日はある程度の覚悟をしておいた方がいいな……
恐らく、これは保奈美先生からのメッセージ、ある種の忠告や警告であるのだと感じた。
段々、明後日穂波に会うのが怖くなってきた。
だが、時は止まってくれないし、巻き戻ってもくれない。勝負の時は刻一刻と近づいてきているのだ。
ポンコツ先生VS幼馴染。まもなく、俺の同居権を掛けた一世一代の勝負が幕を開けようとしていた。
ってか、俺の権限は!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。