第22話 修羅場
学校内での場をなんとか収めて。今は俺がアルバイトをしていた、国道沿いのファミリーレストランへと場所を移していた。
家族連れや、サラリーマンの人たちのほのぼのとした空間が広がっているなかで、窓際の端のテーブル席だけは、険悪なムードがひしひしと漂っており近づこうとしてくる者は誰もいない。
穂波さんは椅子に座って腕を組みながら、瑠香はソファー席に座って足を組み、肘をつきながら、テーブルを挟んでお互いにいがみ合っている。
俺はその様子を、瑠香の隣で眺めていることしか出来ない。
そんな中、勇敢なるアルバイトの戦士がテーブルへ近寄ってきた。
「ご、ご注文は……」
「あっ、とりあえずドリンクバー3つお願いします。他は後で頼みます」
「か、かしこまりました……」
俺が注文をひとまず終えると、アルバイトの子も半分おっかなびっくりで、注文を確認して去っていってしまう。君はよくやったよ。俺から勇敢栄誉賞を与えよう。
こうして俺がアルバイトの子を、心の中で称えていると、邪魔者がいなくなったと言わんばかりに、ようやく瑠香が沈黙を破った。
「単刀直入に言います。私の恭太を返してください」
瑠香が言い放ったのを皮切りにバトルが再戦し、穂波さんも口を開く。
「別に、富士見君を京町さんから奪ったつもりは全くないわ。私はただ、富士見くんを私の家に居候させてあげてるだけよ」
「いーや! それは絶対嘘! そうじゃなきゃ、恭太に『おっぱい触らないとお小遣いあげないわ』っとか普通言うわけがない! そんなのおかしい!」
「私はただ、家事をしてくれているご褒美として触らせてあげてるのよ。富士見くんだって、健全な男子高校生で、思春期の難しい年ごろなんだし、おっぱいの一つや二つ触りたいに決まっているわ。それに、教師として富士見君に性の知識を正しく教えてあげることも、当然の務めよ」
「いやっ、俺にとっては全くご褒美だとは思ってなかったんですが……」
ってか、氷の穂波という異名で恐れられている人が、そんなことしてる時点で大問題なんですけどね?
「ほら、恭太だって今、触りたくないって意思表示しましたー!」
「なっ、富士見くん!? この間、あんなにわたしのおっぱい鼻の下伸ばしながら、食い入るように見て、『触らせてください!』って言ってきたくせに!?」
「勝手に拡大解釈をしないでください!!」
「ちょっと恭太ぁ、どういうこと?」
「誤解だ! 触らせてくださいっていうのは、強制的に言わされたようなもので、鼻の舌も伸ばしてないし、食い入るように見つめてもない!」
確かに、穂波さんのおっぱいはちょっと触れたけど……すごい柔らかかったけど……。
「ほら、恭太もそう言ってます。とにかく、恭太は私の婚約者なんです! 返してください」
「いや待て、というかそもそも、いつ俺はお前の婚約者になったんだ」
「は? 何言ってんの? 恭太がいったことじゃない!」
へ!? 俺!? いつ、どこで、西暦何年何月何日何時何分何秒、地球が何回周った日!?
身に覚えがないので、唖然とした表情で瑠香を見つめていると、瑠香は訝しむ様子で睨みつけてくる。
「もしかして……忘れたとか言わないでしょうね?」
あっ、ヤバイ……これは覚えていないとぶち殺されるやつだ。
「あぁ……えっと、確かあれは~」
俺が誤魔化すように、お茶を濁して時間稼ぎをしていると、それを知ってか知らぬか、穂波さんが間を割って入ってくる。
「な~んだ、やっぱり嘘じゃない。可笑しいと思ったわ」
穂波さんは髪を耳に掛けながら、瑠香へ憐みの視線を送っている。お、大人げねぇ~!!
ってかこの人、穂波フェイスの化けの皮が剥がれて来てません?
そんな心配は無用なようで、瑠香は穂波さんが放った一言に対して、顔を真っ赤にして必死に抵抗するように言葉を紡ぐ。
「忘れるわけないもん! 恭太が小学生の時、学校の校庭の中心で愛を叫んでくれたもん! 私と結婚する! って約束したもん!」
茶髪髪のポニーテールを揺らしながら、ほぼ答えを瑠香が教えてくれた。それを聞いて、ようやく俺は頭の奥底に眠っていた記憶がよみがえる。
そうだ、あれは小学校5年生くらいの時だ。
◇
俺は放課後の学校の校庭で、瑠香に尋ねられた。
「恭太は私のこと好きー?」
「あぁ! 瑠香の事、愛してるぞ!」
「きゃぁぁぁー! うれしいっ! それって、私と結婚してくれるってこと?」
「おうよ! 大人になったら、俺は絶対瑠香と結婚する!」
「やったぁ!! 恭太大好きー! それじゃあ、今から私たち夫婦だね!」
「え!? 今から?」
「うん! 結婚するまでの間は、仮の夫婦! それじゃあ、あなた。早速ただいまのチューを……」
「誰がするか!」
◇
……うん、思い出したわ。それから、事あるごとに瑠香がちゅーをせがんでくるようになってきて、一時期大変だったのこともついでに思い出した。
結局、一度頬にキスをしてあげたら、瑠香は嬉しそうに喜んで満足したんだっけか?
「そういえばそんなこともあったなぁ~」
「そんなこと!?」
そんなこと扱いされ、瑠香が酷くショックを受けている様子だ。
それを見た穂波さんは、ニタァっと誇らしげに、それはそれはうざい笑みを浮かべていた。
「ほら、恭太にとっては、思い出のワンピースでしかなかったのよ」
「ぐぬぅぅぅぅ……!!!!!!」
勝ち誇るように瑠香を見下ろす穂波さんと、悔しそうに歯を食いしばってうなる瑠香。
とりあえず、俺に何か危害が加えられなくて良かったと安堵していると、瑠香がはぁっとため息を吐いて、話を切り替える。
「話が逸れましたが、恭太と同棲してるのも教師として大問題ですけど、自分の胸を触らせようとするって、それセクハラですよ?」
「あなただって、恭太を勝手に婚約者と決めつけて、コンハラよ?」
事あるごとに対抗打を打つ穂波さん大人気ねぇ……
ってかもう完全に化けの皮剥がれてますよね? 氷の穂波の威厳ゼロですよね??
「なっ……それを言うなら先生だって、婚約者である私を差し置いて許可もなく恭太を家に連れ込むなんて。リャクハラですよ?」
「待て、リャクハラってなんだ?」
「略奪愛ハラスメントの略称よ」
「なんだよそれ……ってか、ちゃんと説明した通り、先生は俺の住む家がないから、家事をする代わりに居候させてもらってるだけで、そこに恋愛感情は発生していない。そうですよね、先生?」
俺が確認の意を込めて尋ねると、ポンコツに定評のある穂波さんは、俯きながら身体をモジモジとさせて一人ぶつぶつと何かつぶやいている。心なしか、頬が少し赤く染まっているような気がした。
あのぉ……ここでちゃんと否定してもらわないと困るんですが……
流石のポンコツっぷりを穂波さんが発揮していると、瑠香が穂波さんを論破する勢いで言い放つ。
「とにかく! 私は恭太と同棲なんて認めませんから!」
「いやっ、だから同棲じゃなくて同居!」
ズビシッと穂波さんを指さしながら言い放った瑠香に対して、穂波さんは俯きながら小さな声を上げる。
「……くれるの?」
「何?」
怪訝な声で瑠香が聞き返すと、穂波さんは顔を上げ真剣な表情で真っ直ぐとした瞳で言った。
「どうしたら恭太君との同居を認めてくれるの?」
いやだから、今同居認めないって言ってたよね? 話聞いてた?
何この人、ポンコツなの? いや、元からポンコツだったわこの人。
だが、穂波さんのその表情には、絶対に恭太を手放すものか! とでもいうような、強い意志のようなものがひしひしと感じられた。
それを見て、瑠香も少し態度を改めたのか、指さしているを下げて、今度は腕を組んで穂波さんを睨む。いやっ、睨んでいる時点で態度改めてなかったわ。
「それなら……勝負よ」
「勝負?」
「えぇ、どちらが恭太と同棲するにふさわしいか、白黒はっきりつけようじゃない」
「なるほど……望むところよ京町さん」
「えぇ……!?」
俺が驚愕している間に、突如として発表された俺の居住権をめぐる勝負宣言。
ってか、待ってなにこれ?
なんで瑠香と穂波さんで、新婚夫婦の姑問題みたいになってんのこれ?
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