第21話 火花

 なんでこんなことになってしまっているのだろうか。

 どうして引き返すことをしなかったのだろうか。

 何故途中で引き留めなかったのだろうか。


 俺たちは、再び学校に出向いていた。

 時刻は午後の5時を回ったところ。完全下校時刻まではまだ少し時間がある。


 そろそろ部活動が終わり始め、帰り支度で校舎内がバタバタしだす時間帯だろう。


 そんな様子を横目で眺めつつ、俺と瑠香は昇降口で上履きに履き替えると、ずかずかと職員室へと向かっていく。


「お……おい、瑠香……先生に会うって何しに……」

「そりゃ決まってるでしょ? 恭太を取り戻しによ!」

「はい?」


 予想外の答えに思わず立ち止まってしまう。

 一歩前を歩いていた瑠香も、その気配を感じ取ったのか、足を止めて俺の方を振り返った。


「何キョトンとした顔してるのよ? 当たり前じゃない! 恭太は私のもの! 他の誰にも渡さない!」

「いや、俺別にお前の所有物になった覚えはないんだが!?」

「違うっ! そうじゃなくて! あぁぁぁもう!!」


 むしゃくしゃしているのか、ダンダンと地団駄を踏む瑠香。

 そして、頬をむぅっと膨らませながら、俺をピシィっと指さして宣言した。


「だからっ! 恭太は私の婚約者! 恭太に手を出した女は、絶対に許さないんだから!!!」

「……はい?」


 今なんつった? 婚約者?

 誰が、誰の、誰に、誰を、誰も、誰と!?!?

 瑠香から言い放たれた衝撃の言葉に、開いた口が塞がらない。


「あら? 二人ともこんなところで何をしてるの?」


 そこに運がいいのか悪いのか、職員室の方から穂波先生が登場してきた。

 学校内かつ瑠香がいるので、鬼の穂波モード絶賛発動中だが、瑠香はそんなことお構いなしに、対抗鬼の形相で穂波先生を睨みつける。


「でたなぁ! 泥棒猫! 私の恭太を返せ!!!」

「なっ……人聞きの悪い。 誰が泥棒猫よ? 私が富士見君に何をしたっていうのよ?」

「とぼけても無駄よ! 恭太の口から全部洗いざらい吐いてもらったわ」


 瑠香がそう言い放つと、穂波先生は、瑠香の後ろにいた俺へ鋭い視線を向ける。

 俺は、たははっと苦笑いを浮かべることしか出来なかった。


 ちなみに、同居していることと、おっぱい事件については洗いざらい話したが、穂波さんがポンコツであることは威厳を保つため瑠香には話していない。つまり、瑠香の中で穂波先生のイメージは、学校での仮面が剥がれたら、プライベートでは家事も何もできないポンコツ干物女ではなく、学校での仮面が剥がれたら、プライベートでは教え子を誘惑してヤろうとしている性欲ビッチモンスターという認識になっている。やだぁーなにそのデフォルトよりさらにひどい解釈。


 俺の反応を見た穂波先生は理解したのか、はぁっとため息を吐いて、辺りに人がいないのを確認してから瑠香に向き直る。


「京町さん。フィールドを変えましょう。ここでその話はリスクが大きすぎるわ」

「はぁ!? そうやって逃げるんだ~ 氷の穂波のクセに……」

「なっ、なんですってぇ……!?」


 瑠香が完全に火に油を注ぐ形で、穂波先生を煽ってしまう。

 穂波先生は、ギロリと鋭い眼光のまま、瑠香に詰め寄る。


「京町さん。言っていいことと悪いことがあるんじゃないかしら? 立場をわきまえなさい?」

「立場ぁ~?? 男子高校生に色目を使って堕とした人に言われる筋合いはありませーん」


 二人は睨みあい、火花がバチバチと散っている。

 しかも、かなり近くでお互いにいがみ合っているせいで、身体のラインから出ているその大きな胸がお互いにむにゅりとぶつかり合って変形し、何とも素晴らしい光景が広がっていた。

 例えるならば、瑠香が富士山で、穂波さんはマッターホルン。そう考えると、穂波さんの方がバスト大きいんだな……。

 そんなどうでもいいことを考えていると、今にも穂波さんと瑠香の、おっぱいによる肉まん戦……じゃなくて、暴力行使による肉弾戦が、今にもカンカンカンカンとゴングを鳴らしそうな勢いだった。


 まあ、ここは俺以外止める人はいないだろう。


「まあまあ、二人とも落ち着いて……」

「恭太は黙ってて!!」

「恭太は黙ってなさい!!」

「は、はい……すいません……」


 怒涛の罵声で一蹴されてしまった。喧嘩してるのに息ピッタリになるのやめてもらえますかね?

 ってか、この二人、なんで俺の問題のはずなのに、俺を置いてきぼりにしてこんなにバチバチやりあってるの?

 意味が分からない……

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