第16話 お小遣い条件

 気が付けば日が沈み、空には漆黒の闇が広がり、住宅街の静けさが、より一層辺りを覆っている。


 瑠香の部屋には、当たり前のようにベッドの隣に、俺が寝るための布団が敷かれている。

 俺はその布団に座って、先ほどの漫画の続きを読んでいた。


 瑠香が学校で言っていたように、ご両親の歓迎っぷりが凄かった。

 母親は、『恭太君記念日!』と題して、赤飯を炊いていたし。お父さんに関してはちょっと話があると言われて、ペンと一緒に差し出されたのがまさかの固定資産相続人手続きの書類だったし……

 ってか、本当に固定資産相続人のところに、俺のサインさせようとしてたんだな、嘘だと思ってたわ。助けを求めても、瑠香の母親は『これから、うちの家族同然で暮らすんだから』と言って、大いに喜んでお父さんの方に加勢するし……


 サインはしないし、泊まるのは今日だけです!


 っと、ご両親を説得するのに凄い苦労した。その間、瑠香は何事もなかったかのようにテレビ見てるし……少しは助けてくれよ。


 瑠香が風呂に行ってしまった後、瑠香のご両親からの半端ない攻撃から身を守るために、こうして瑠香の部屋に避難したのだ。


 京町家半端ないって、あいつら半端ないって、当たり前のように俺を家族として迎え入れようとしてくるし、そんなんできんやん普通。


 ちなみにあの後、当時の相手チームの監督は、『いや、サイン貰おうかな思ったけど、ペンが無かったんよ~』と嘆いている。つまり、最初っからペンとサイン(固定資産)を要求される俺は、大迫選手より半端ない存在ってことに!

 これは、俺が新聞に載るのも時間の問題ですねぇ~!


 でも逆説的に考えると、事前にペンと書類を用意していた瑠香のお父さんも半端ないってことに!?


 そんなどうでもいい謎理論を頭の中で立証していると、瑠香が部屋に戻ってきた。

 バスタオルで髪を拭きながら、ピンクを基調にして、袖部分が黄色の寝間着を着ている。

 部屋に入ってくると同時に、ふわりと女の子特有のお風呂上がりの匂いが漂ってくる。


「あれ? こっちにいたんだ」

「お前の父ちゃんと母ちゃんの説得がしつこいからな」

「あはは……なんかごめんね」


 流石の瑠香も同情したのか苦笑いを浮かべている。


「お前の方こそ、なんか色々迷惑かけてごめん」

「へ、なにが?」



 瑠香は、謝られる筋合いがないといったように、キョトンと首を傾げている。


「いや、そのなんだ。これから家族になるとかそう言うデリケートな話ばかりで」

「あぁそういうこと、別に気にしてないよ。むしろ、恭太にはこれからずっと付き合ってもらうんだから」


 瑠香は、いつもと同じ決まり文句を口にする。

 俺はその時、ふと前から疑問に思っていたことを尋ねた。


「なぁ、ずっと付き合ってもらうって、どういう意味で言ってるんだ?」

「さぁ、どういう意味でしょう?」


 からかうように笑って見せる瑠香。どうやら、答えを教えてくれる気はないようだ。


「ま、いいや。風呂入ってくる」

「はーい」


 俺はタンスの中に入っている下着と寝間着を取り出して、風呂へと向かい、瑠香の部屋を後にした。

 その後、何事もなかったように普通に瑠香の部屋でくつろいで過ごして、普通に寝た。



 ◇



「という感じですかね~」

「いやいやいや、待って待って待って!」


 翌日、学校を終えて、穂波さんの家に帰ってきた俺は、穂波さんから昨日の出来事について事細かに説明要求を求められたため、今こうしてようやく説明を終えたのだが、穂波さんに待ったを掛けられてしまった。

 机には、食べ終わった後の食器が残ったままだ。


「どうかしました?」

「どうかしました? じゃないでしょ! 何普通に同じ部屋で寝てるわけ? 何普通に公開露出してる京町さんのスカート直してあげてるわけ? なんで普通に同じ部屋で着替えてるわけ!? ってか、もうフラグ立ってるじゃないの!」

「フラグ? 何のことですか? それに別に普通のことでしょ?」

「それはそうかもしれないけど! そう言う意味じゃなくて! どうして二人きりの状況になっても、恭太は京町さんを襲わないのよって事よ! 普通、男子高校生なら、女の子の無防備な下着姿なんて見たら襲うでしょ!?」

「教師が襲うのを強要した!?」

「してないわ! ただ、私はどうして恭太は、そんな状況下においても発情しないのってこと!」

「えっ……それは、瑠香は幼馴染ですし、女の子というより男友達というか、家族に近い存在すぎて、別にそんな意識したことがないといいますか……」

「信じられない! ふつう幼馴染がいたら泊まるでしょ。その後、いい雰囲気になるでしょ? ヤルでしょ?」

「いやいやいや! どんな偏見!?」

「いつヤルか? 今でしょ!」

「ネタが古いわ!!」


 しかも、本家の人、そう言う意味で使ってたわけじゃないからね!?

 全国の林先生本当にごめんなさい!



「お、可笑しいわ。私のデータ通りなら、女の子の幼馴染がいたら、そういう対象になるはずなのに……」

「酷すぎる偏見だな!」


 日本全国の幼馴染に謝れ!


 ってか、そのデータってどっから拾ってきた? 資料を見せてみろ。資料。


「とにかくよ! 恭太は異常だわ。私が正常な男子高校生へと導いてあげるわ。だから、何も考えずに、まずは私の胸を鷲掴みに!」

「しません!」

「ひゃうん……」


 なんだその声、可愛いなおい。ちょっとドキってしちまったじゃねーか。

 穂波さんはしおらしい仕草をしながら、上目づかいでこちらを見つめてくる。


「もう……乱暴なんだからぁっ~」

「う、うぜぇ……」

「なっ!?」


 しまった!

 つい心に思っていた本音が言葉に出ちゃった。テヘペロッ!


「恭太……」

「は、はい……」


 あっ、やべぇ、穂波さんの導火線に火をつけてしまったかもしれない。

 ヒシヒシと炎が燃え上がるように、穂波さんの身体の周りが熱くなっていくのを感じる。


 そして、ばっと顔を上げて俺を睨み付け。無情なまでの宣告を告げる。


「いいわ! そこまで言うなら、私のおっぱい触るまで! お小遣いはあげませんわ!!」

「えっ……」


「ええぇぇぇぇぇぇ!?!?」


 穂波さんとの同居生活を始めて一週間。俺は、お金の調達資金源をなくしました。

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