第15話 本性と関係性

 保健室を後にして、教室へ戻る途中。

 廊下を歩いていると、飲み物を買って戻ってきた保奈美先生と遭遇した。


「あら? 用事はもう済んだの~?」


 保奈美先生は、購入した2本のお茶のペットボトルを抱きかかえるようにして持ちながら、そのほんわかとした笑顔で尋ねてくる。


「えぇ、まあ」

「そっかぁ~、ちゃんとお話しできた?」

「ま、まあ、はい……」


 おかしいな……保奈美先生とは、前までならもっとフランクに話してたはずなんだけどな。

 真実を知ったことが起因してなのか、俺の調子が狂ってしまう。


 しばしお互いに立ち止まって様子を伺った後、俺は保奈美先生に率直な疑問を述べた。


「菅沢先生と、仲よかったんですね」

「そうなの~。新人の時、同期でこの学校に入ったからね~。ほら、色々と同じ目線からの苦悩話とかも話しやすいし~」


 そのほかにも、偶然名前が同じだったということもあるのだろう。ついでに漢字や感じも違うけど。 

 だが、俺が知りたいのはそこではない。もっと突っ込んだ、性根の部分が知りたいのだ。


 だから、俺は一度ごくりと生唾を飲み込んでから恐る恐る尋ねた。


「そのぉ、栄先生ってもしかして、穂波さんの……」

「私、そういう勘のいい子は嫌いだなぁ~」


 すると、知らぬ間に俺の目の前まで歩みを進めていた保奈美先生は、片方の腕でペットボトルを抱きかかえたまま、もう片方の腕で俺の頬を触ってきた。

 その柔らかくて温かい手の感触が頬に触れて、一瞬何が起こったのか分からずドキっとしたが、穂波さんの、人を射抜くような鋭い眼光を見て、身体が強張った。


 保奈美先生の笑顔は、先ほどまで浮かべていたほんわか笑顔ではなく、明らかに笑顔の奥に、暗の意味が含まれている冷酷な笑顔だった。今までと違い、ねっとりしつつも、真っ直ぐとした意思のある声音。間違いなく、栄保奈美の本性が姿を現した瞬間だった。だがそれ以上に、これ以上進言してはならないという、無言の威圧感が半端じゃない。


 その威圧感を受けて、俺は立ち尽くしてたまま身体を震わせて、ただ保奈美先生のその笑顔をじっと見つめていることしか出来ない。

 

 保奈美さんは、しばし俺の顔を観察するように眺めた後、その緊張感あふれる空気感を意識的に切るようにして、ふふっと破顔した。その瞬間、空気が一気に弛緩し、辺りに普段の日常の空気が戻ってくる。


 保奈美先生は、そっと俺の頬から手を放して、ふぅっと軽くため息を吐いた。


「まあ、波ちゃんは確かに、女の子らしいこともできなくて、少し残念なところはあるけど。ちょっと不器用なだけで、意外とかわいい所も結構あるわよ? 私と違ってね。だからもう少し、波ちゃんのことをよく観察してみることね」


 保奈美先生は、俺にそう言い添えると、トコトコと歩き出していく。


 恐らく保奈美先生は、俺の言おうとしていたことをすべて見通して、その上でそう述べたのあろう。穂波さんの本性も、保奈美さん自身の本性もまたしかりの意味で……。


 だから俺はその姿を……

 保奈美先生がドアを開けて保健室に入っていき、姿が見えなくなるまでの間、ずっと目を離すことが出来なかった。彼女が見せた、その本性の片鱗の本質を、少しでも見抜くために。


 ですが保奈美先生、一つあなたは重大な勘違いをしている。

 俺別に、穂波先生の事、好きってわけじゃないですから! 

 同居してるから、仕方なくホウレンソウしに来ただけですから!



 ◇




 迎えた放課後、俺は先生の家には帰らずに、直接瑠香の実家へとやってきた。

 瑠香の家に到着すると、出迎えてくれたのは瑠香の母親。

 まるで、数年ぶりの再会かのように、俺を歓迎してくれたのはうれしかったのだが、その大げさすぎるリアクションに若干引いた。


 そして、瑠香の母親が丹精込めて作っている夕食を待っている間。瑠香の部屋で、フローリングに寝っ転がってくつろぎながら漫画を読んでいる。一方の瑠香も、ベッドの上で足をパタパタとさせながら、楽しそうに漫画を読んでいた。


 瑠香も客観的に見れば、家事もしないし、家でダラダラしているだけの、ただのポンコツだ。

 だが、何故だろう? 穂波さんと比べてしまうと、瑠香はそんなにポンコツに見えないから不思議だ。まあ前提条件として、一人暮らしと実家暮らしという違いもあるけども……。

 仮に、瑠香も一人暮らしをしていたら、それは穂波さんのように悲惨な部屋になっているだろう。


 後はあれだ、瑠香の家にいると、俺も何もしないでダラダラとくつろいで生活を送っているから、人のこと言えんしな。(それをポンコツと呼ぶのかもしれないけど)


 だが、これこそが、俺が京町家にいる時のノーマル。つまり、普通で基本なのだ。


 いつもと変わらない、幼馴染との日常がそこには広がっている。

 元いた実家よりも、実家感あふれるこの落ち着き具合。

 もう老夫婦と間違われてもおかしくないレベル。



「恭太。次の巻取って」

「はいよ」


 俺は瑠香に言われた通り、本棚から瑠香が呼んでいる漫画の次巻を取り出して、手渡してやるために立ち上がる。

 当たり前のように俺に指図する瑠香に対して、当たり前のようにこき使われる俺。まあ、もう反射的に勝手に身体が動いてしまうので仕方がない。


 すると、立ち上がった先、眼下に見えてきたのは、ベッドの上に寝っ転がり、その白くて長い脚をぷらぷらとさせて漫画を読んでいる瑠香の姿。それだけではなく、自分でやったのか、スカートが裾が大胆にめくり上がり、脚の付け根からピンクの水玉のパンツに覆われたその綺麗なお尻が丸見えで、あられもない姿を無防備にさらけ出していた。


「瑠香パンツ見えてる」


 俺はそう言いながら、手に持っていた漫画を瑠香に手渡す。


「センキュー。なおすの面倒くさい」


 そうだるそうに言って、読み終わった漫画を俺に返却し、受け取った次巻の漫画を読み始める瑠香。

 ホントこいつは……少しは女らしくして欲しいものだ。

 まあ、それくらい俺が信用されてるってことなんだろうけど。


 俺は、はぁっとため息をついて、瑠香のお尻の上あたりにあるスカートの端をペロっと掴んで下げてあげた。


「テンキュー」

「全くお前はよ、少しは女の子っぽく振舞え」

「そんなの出来るわけないじゃん! 私は、一生恭太にこうして付き合ってもらう予定なんだから」

「はいはい」


 俺は適当にあしらって、再びフローリングに座り漫画を続きを読み始めた。

 全く……瑠香が気にしなさすぎなのか、俺が気にし過ぎなのか。答えは前者だが、この状態じゃどっちが正しいのかもわからんな。まあ、気にしたところで瑠香の下着なんて見飽きるほど見てきたし、今さらドキっとなったりは全くしないんだけどね。


 すると、下の階から瑠香の母親の声が聞こえてきた。


「ご飯できるわよ~」

「はぁ~い」


 瑠香は母親の呼び掛けに対して生返事を返す。


「行くか……」


 俺がそう声を掛けて立ち上がると、瑠香もそれを合図にして、漫画を読むのをやめて起き上がる。

 ベッドの上から降りて、本棚の隣にあるタンスから、おもむろに部屋着を取り出す。ちなみに、俺の服も何着かストックとして、タンスの下の段の右に常備入っている。


 俺と瑠香はそれぞれタンスから部屋着を取り出すと、どちらからとでもなく、その場で服を脱ぎだした。


 俺と瑠香は、物心つく前から、一緒にお風呂に入ったりとかしていて、異性として意識したことがないからか、お互い同じ空間で着替えていても全く気にしない。

 もちろん、他の女子の場合は別だ。っというか、多分俺と瑠香の関係性が特殊なだけだ。瑠香は男友達というか、仲の良い悪友というか、そんな感覚なのだ。


 俺が制服を脱いで、Tシャツを着終えた時だ。

 ふと瑠香の下着が目に入り、思わず顔が引きつって、呆れかえる。


 瑠香は制服をパサァっと脱いで、下着姿になったのはいいのだが。パンツは先ほどのピンクの水玉のパンツ。そして、上のブラは黒のレースのブラだった。


「お前、下着の色くらい揃えろよ……」

「一番手前にある者から取ったらこうなった。別に上と下が同じかどうかなんて見られるわけじゃないんだからよくない?」

「いや、そういう問題じゃなくて……」


 俺の前ではいいけど、もっと公共の場的に考えてですね?

 いつ見られてるのかわからないんですから……

 だが、臆することなく瑠香は当たり前のように首を傾げて言ってくる。


「それに、黒いブラの方が男の子的には興奮するでしょ?」

「まあ、それはそうだな」


 そこに関しては否定できない。制服のブラウス越しに透けて見えるブラ、通称透けブラは、断然ピンクよりも黒の方が、『おおぅ……』となるのは、男子高校生の性というものだ。


「なら、問題ないっしょ!」


 謎理論で、証明しきったと言わんばかりに胸を張る瑠香。そのふくよかな胸がさらに強調される。


 何か言ってやろうかと思ったが、瑠香のお母さんが再び声を掛けてきたので、それを合図にしてお互い急いで着替えを済ませ、何事もなかったかのように、部屋のドアを開けたすぐ左にある階段を下りて、リビングへと向かった。

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