第14話 外泊許可

 昼休み、俺は気乗りしなかったが、職員室に出向いていた。

 コンコンとノックをして、失礼しますと一言いいながら職員室へと入る。


「菅沢先生はいらっしゃいますか……?」


 俺が尋ねると、手前にいた女の先生が答えてくれる。


「あぁ、菅沢先生なら保健室にいると思うわよ」

「保健室?」

「多分、栄先生と一緒にお昼ご飯食べてるんじゃないかしら、菅沢先生、栄先生と仲いいから」

「わかりました、失礼します」


 職員室を後にして、俺は保健室へと向かった。

 にしても、穂波先生が保奈美先生と仲良しとは意外だ。


 今まで学校内で、穂波さんと極力かかわってこないようにしていたので、穂波さんが教員の誰と仲がいいとか全然知らなかった。改めてこうして穂波さんと関わることで、穂波先生としても新たな一面を垣間見ることになるとは……。


 保健室は一階昇降口の隣、校長室の向かい側にある。

 こちらは会議室や応接室など、普段生徒があまり足を踏み入れることのない教室ばかりのため、保健室前の廊下の人通りはほとんどない。万が一生徒を見かけたとしたら、保健室に用事がある生徒だろう。


 俺はコンコンと保健室のドアをノックしてガラガラと開く。


「失礼します」

「あらぁ~どうしたの?」


 保健室に入ると、白衣姿の女性が丸椅子をくるっと回転させて、ぽわぽわほわわ~んという雰囲気を醸し出しながら俺を見つめてくる。これこそ、もう一人の『ほなみ』先生である、保健の先生、栄保奈美さかえほなみ先生である。

 まあ、一般的にはよく養護教員とも呼ばれているが、下野谷高校では、保健の先生という認識の方が強いので、先生と呼ぶことが多い。


 保奈美先生の肩辺りまで伸ばしている茶髪の髪は、毛先がふわっと巻かれており、その母性溢れる穏やかさで、保健室内の雰囲気を朗らかにしてくれる、まさに保健室の女神である。


 だけど、こんなに純粋そうに見えて、10人もの生徒を退学処分にしてきてるんだよなぁ、この人。恐ろしや……

 認識が違うだけで、そのほんわかした微笑みが、悪魔の微笑みに思えてきてしまうから不思議なものだ。


「えっと、菅沢先生がここにいるって聞いてきたんですけど」

「あぁ~!」


 俺が用件を伝えると、保奈美先生は、ぱぁっと背景にお花畑が広がっているのではないかと思えるほどに朗らかな笑顔を振りまいてから、くるっと椅子を回転させて、カーテン越しに声を掛ける。


「波ちゃん、クラスの子がお呼びだよぉ~」


 すると、ガサゴゾ、ドッカーンという慌ただしい物音がカーテン越しから響いてくる。そして、しばらくしてカーテンがシャァっと開かれた。


 そこに現れたのは、慌てた様子でこちらを見つめる菅沢穂波先生だった。

 心なしかぜぇ……ぜぇ……っと荒い息を吐いている。

 だが、訪問者が俺だと分かると、脱力したように肩を落とす。


「なんだ、富士見か」


 も……もしかして穂波先生。さてはベッドの上でくつろいでたな?


 やっぱりな……家であんなに怠惰な生活を送ってるんだ。学校内でも、どこか安住の地を見つけているだろうとは思っていたが、まさか保健室だったとは。

 だが、穂波先生は、何事もなかったかのように、一つ咳ばらいをして、俺に声を掛ける。


「何か用か?」


 その口調が、いつものクールかつ冷酷モードに戻ると、自然に視線も鋭いものに変わり、俺を睨みつけるように見てきた。


「あっ、あのぉ……ここではちょっと話ずらいので、どこか別の場所で話したいんですが……」


 俺が困ったようにそう言うと、今度は保奈美先生が何かを察したのか、颯爽と椅子から立ち上がる。


「それじゃあ、私はお茶でも買ってきますかね! 波ちゃんはしっかりと生徒に向き合ってあげること! いいね?」


 そう言い残して、保奈美先生は保健室を後にしてしまう。


「アシストはしてあげたんだから、後は頑張りなさい」


 俺の横を通る際に、からかうようにそう耳元で保奈美先生に囁かれた。

 空気を読んでくれたのは嬉しいのだが、保奈美先生は完全に何か重大な勘違いをしているようだった。


「それじゃあ、ごゆっくり~」


 そう言いながら手を上げて保健室を去っていく保奈美先生。

 保健室に妙な沈黙が生まれる中、最初にその沈黙を破ったのは、穂波さんの方だった。


「よ、用事って何かしら?」

「あぁ……えっと……」


 俺は本題を思い出し、口を開いた。


「実は、前々からGW明けに泊まる予定だった家の人に断りをいれようとしたら、今日だけはどうしても泊っていってくれって逆に頼まれてしまいまして。だから、泊まりに行ってもいいでしょうか?」

「あら、そうなの。それは仕方ないわね。1泊ぐらいなら全然かまわないわ」

「本当ですか?! ありがとうございます!」


 意外にも先生はあっさりと外泊を了承してくれた。

 俺は深々と先生に向かって頭を下げる。


「ちなみに、だれの家に泊るのかな?」

「へ!? あっ、えぇっと、それはなんといいますかそのぉ……」


 俺が目を逸らし、歯切れの悪い感じで誤魔化していると、先生がギロリとした冷たい表情で睨みつけてくる。


「どうしたのかなぁ? あれぇ、もしかして、先生に言えないようなことなのかな?」

「いやっ、そう言うわけではないんですが、何と言いますかそのぉ……」

「女ね」

「はい?」

「女の家なんでしょ? はっきり言ってごらんなさいほら? 先生は怒ったりしないわよ?」

「いや、既にめちゃくちゃ怒ってるじゃないですか!」


 顔はニコっと笑顔だが、目が全然笑ってないよこの人!


「そのぉ、同じクラスの京町瑠香きょうまちるかの家なんですけど、アイツとは昔からの幼馴染で、ご両親とも仲がいいといいますかなんというか。いろいろとあって面倒見てくれてたんで、恩がありまして……」


 本当だよ? べ、別に瑠香の家に自分から積極的に泊まりに行くわけじゃないし?

 瑠香にどうしてもって頼まれたから仕方なく泊まりに行くんだからね!?


「理由はわかったけれど、幼馴染の美少女から、『お泊りしてって♪』って頼まれるとか、もう脈あり以外の何物でもないわね」

「いや、ホント瑠香とはそういう関係じゃないんで」

「本当に?」


 先生は念を押して問い詰めてくる。

 もちろん本当である。今まで生きてきた中で、そういう感じに瑠香となったことは一度もない。もうどちらかと言うと、男友達とか、戦友って言った方がいい『将来は多分気づいたらあんたと一緒に暮らしてるんだろうなぁ』とか言っちゃうレベル。ってあれ? それって、俺と瑠香が結婚してね?? というか、当たり前のように同居前提だし。ってか、改めてあんなに必死になって『泊ってって』って言われたのは初めてかもしれない。もしかして先生の言うように本当に瑠香は……

 気が付けば、自信が持てなくなってしまっていた。

 だから、俺は首を傾げながら答えた。


「……多分?」

「なんで疑問形になるのよ……」


 先生は呆れたように額を人差し指で押さえた。


「まあ、わかったわ。とにかく、そう言う理由なら外泊を許してあげるわ。た・だ・し、まだ高校生なんだから、いかがわしいこととかは絶対にしないこと! いい?」

「はい」


 こうして、同居人公認で、瑠香の家への外泊が無事許可された。

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