第9話 掃除

 翌日、世間は晴れてGWに突入した。そんな最中俺、富士見恭太ふじみきょうたは、ぼおっとした頭のまま、昨日からひょんなことで同棲生活を始めることになったポンコツ担任教師の菅沢穂波すがさわほなみ先生の部屋を大掃除していた。


 昨日起こった、生おっぱいダイブイベントのせいで、夜もほとんど寝れなかった。


 あんな柔らかくてスベスベして・・・・・・いや、あんな凶暴なまでの胸を直に味わってしまったら、そりゃ健全な男子高校生たるもの眠れるわけがないだろ。

 しかも、穂波さんの寝相が悪くて、ベッドから落っこちて、俺の上に乗っかってくる始末。


 何とかタンクトップ一枚は羽織ってくれたのだが、ノーブラだったので、その凶暴なまでの胸の柔らかさが生々しく俺の身体に伝わってきて、そりゃ絶景・・・・・・じゃなくて。まあ、色々と思い出して寝れなかった。

 今日からは、テーブルを挟んで反対越しに寝ることにしよう。


 そう誓って、二人でこれから同棲生活をするため、まずはこのゴミ屋敷と化している部屋の片づけをしていたのだが……


「これここにあったんだ! あっ、これもこんなところに!」


 穂波さんは、大量の部屋の床から出てきた雑誌などを懐かしむように開いては作業を止めてサボり、開いては寝っ転がってと、相変わらずのポンコツっぷりを発揮していたので、掃除が中々進まない。ってか、床に寝っ転がってて非常に邪魔!


「あの穂波さん、せめてベッドの上で見てくれませんかね? 掃除の邪魔なんで」

「ぶぅー。恭太に邪魔者扱いされたー」


 ぷんすかいいつつも、穂波さんはその場から立ち上がり、ベッドの上に移動してくれる。


 まあ元から掃除の戦力とは考えていない。そりゃ、一人で住んでいて、あれだけ片付け能力が無いのだから、掃除を手伝ってくれたとしてもさらに散らかす可能性がある。

 それなら、俺が掃除をして捨てるか捨てないか分からないものは穂波さんに聞いていくスタイルの方が、効率よく手早くきれいに掃除できる。


 ちなみにベッドの上はなにも手を付けていない。穂波さんが最も生活してるプライベートスペースだし、何が発掘されるか分からないからね。まあ、俺が乗ることもないだろうし、そこは穂波さんに任せよう。


 穂波さんを無事に掃除フィールドから追い出すことに成功し、再びてきぱき掃除を行っていく。


 しばらくして、メインのリビングの部屋はようやく片付いてきた。

 後はキッチン周りと風呂場だが……キッチンは何が出てくるか分からないという恐怖心からか、自然と足は風呂場の方へと先に伸びた。


 風呂場の前の洗面所兼脱衣所には、見事なまでに洗濯物の山が洗濯かごからあふれ出し、さらに床にもう一山たっぷりと積み上げられ、床にまで散乱している。


 俺はその洗濯物の山を見て、自分の顔が引きつっているのがわかる。

 一度その場を離れ、その元凶を作り上げた穂波さんの元へと向かった。


「穂波さん、洗濯は今までどうしてたんですか??」


 俺が尋ねると、穂波さんは身体をこちらに向けてんんーっと指を顎に置いて考える。


「えっと、下着は週末実家に帰った時に一緒に洗ってもらって、後の上着類は何とか消臭剤とかで誤魔化して・・・・・・」

「よくそれで1カ月生活できましたね」

「別に1カ月同じ服着たって平気よ!」


 軽いノリでそう言ってしまう穂波さん。

 まあ、まだそんなに汗をべっとり掻く季節ではないので、ブラウスに羽織りものを何着か持っていれば、何とかやりくりは出来るであろう。

 だが、教師として……というか女性としてそれはいかがなものかと思ってしまう。


「流石に同じ服を連続で学校に来ていくのはどうかと・・・・・・」

「不潔なんてことはないわ、むしろ学生の方が不潔でしょ? 恭太くんだって、制服のズボンなんてそんなに頻繁に洗濯しないでしょ?」

「た、確かに・・・・・・」


 言われてみれば制服のシャツは毎日洗濯に出すが、ズボンやセーターやブレザーなどは季節の変わり目などにしか洗いやクリーニングには出さない。

 そう思うと、先生の言ってることにも一理ある気がしてくるので不思議だ・・・・・・


「で、でも俺たちも私服は何日も着ないですし」

「あぁ!? そうやって学生贔屓する! 差別だ!」

「横暴な・・・・・・」


 話がそれてしまったが、洗濯をしようと思ったんだ。

 俺はもう一度脱衣所兼洗面所へと向かい、棚などを見渡す。


 洗濯機は備え付けであり、洗剤も一通り揃っているので、洗濯自体は出来そうだ。問題は・・・・・・


 俺は脱衣所の入り口から身体を出して、リビングの方へ声を掛ける。


「穂波さん、乾燥はどうします?」

「ん? 多分その洗濯機、乾燥機能ついてないわよ」

「部屋干し出来るようなところは・・・・・・?」

「そうねぇ……うち、物干し用のハンガー自体が無いから」

「本当に今までよく生活できましたね」


 この人の将来が本当に心配になってきた。


 これは、一度生活必需用品を調達しに行く必要がありそうだ。

 ひとまず、洗濯は後回しにするとして、今度は一番俺が恐れていたキッチンへと向かう。


 シンクは比較的モノがなく綺麗だ。キッチン回りにも物は特に置かれていない。

 もちろんキッチン用品など皆無。コンロは立派なIH型の3つ口の素晴らしいものがあるのに……


 食器棚も必要最低限のコップやお皿などしかなく、ほぼ空っぽに近い状態だ。

 というか、料理しないくせにキッチンすげぇいい設備だなおい。一軒家並みだよ?


 地面には、一応無造作に分別されたゴミ袋が、いくつも括ってまとめられている。

 おそらく、ゴミ出しの曜日が分かってないのだろう。あとでゴミ出し曜日表みたいなのがどこにあるか聞いてみよう。


 ゴミ袋を一つ一つ慎重に動かすが、幸いにもヤツはいなかったので一安心だ。

 ヤツが何かは察しがついていると思うので、ここで名乗るのは控えさせてもらう。そう、例のあの人のようにその名を言ってはいけないのだ。ほんと名前呼ぶとすぐハリー毎年のように襲いに来るからな、例のあの人。


 そんなことはどうでもよくて……

 ついに、空けてはいけないパンドラの箱の前に立つ。そう、冷蔵庫である。


 昨日は恐れ多くて開けるのを拒んだが、今日から調理担当は俺になるわけだから、意を決して中身を確認する必要がある。


 一度大きく深呼吸をしてから、覚悟を決めて俺は冷蔵庫を開け放つ。

 だが、意外にも冷蔵庫の中は殺風景で、あまりものが入っておらず、ウコンや牛乳、ビールなどの飲み物系がほとんどだ。


 一応冷凍庫の中身も確認すると、そこに入っているのはアイスクリームとお店などでもらってきた保冷剤が大量に入っていた。野菜室はもちろん空っぽ。


 ひとまずダークマターみたいなのが出てこなくて良かった。

 まあ、まだここに住み始めて日が浅いようだし、幸運にもそれが功を奏したみたいだ。

 ほんと、料理しない人の家と、おばあちゃんの家の冷蔵庫は、賞味期限数年切れのヤツとかざらに出てくるからな、ソースは俺。


 リビングに戻り、壁に掛けられている時計を見ると、時刻は11時30分を回ったところだ。


 俺は、ベッドでごろごろと寝っ転がって、ゴミの山から発掘された雑誌を読んでいるなまけもののポンコツ穂波さんに向かって声を掛ける。


「色々と日用品を調達するがてらお昼ご飯食べに行きましょう」

「はーい」


 駄々をこねるかと思ったが、意外にも先生は素直にすっと起き上がって、支度を始める。


 俺も埃をかぶった服のまま外には出たくなかったので、外用の私服に着替えるため脱衣所へと向かう。もちろん穂波さんは俺がいるのも気にせず、リビングで堂々とお着換え中。


「どこへ行くつもりなの?」


 リビングの方から穂波さんが尋ねてくる。


「家具とかキッチン用品とか買いたいので、ホームセンターとかがある場所に行きたいんですけど、どこにあるかわからない!?」


 そうだ、ここは穂波さんの家。昨日車で連れられてきてから外に一度も出ていない。つまりこの家がどの場所にあるのかもわかっていない。


「それなら、幹線道路沿いにあるユーナンがいいわね。車出すわよ」


 そう言って、穂波さんはどこからとなくバッと車の鍵を取り出してきて脱衣所までやって来て得意そうにぐるぐると回している。


 不覚にも初めて穂波さんが頼もしく見えてしまった。


「何よ……?」


 俺が余程驚いたような顔をしていたのか、じとっとした視線を向けてくる穂波さん。


「いや、穂波さんもやるときはやるんだなぁと思いまして……というか、堂々と俺の着替えてるところ見ないでください」


 俺の姿はモロにパンイチ状態だ。


「別に高校生のパンツ姿なんて気にしないわ。しょっちゅう学校で見かけるし」

「いや、そんなに見かけないと思いますけど?」

「見るわよ。体育の後教室で着替えてるじゃない」

「……もしかして穂波さんって覗き魔?」

「なっ、そんなわけないでしょ! 授業が終わって職員室に戻る時にチラっと見えるだけよ!」


 そこで顔を赤らめて必死に否定されると、余計に怪しいのでやめて?

 これ以上追及すると、さらに学校での氷の穂波のイメージが崩れてしまいそうなので(というか、既に崩れているけど)、話を戻すことにした。


「それじゃあ道案内は頼みました」

「おっけい!」


 という訳で、無事に着替えを終えて、穂波さんの愛車リーフに乗っていざ買い物へ出発! 

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