第7話 呼び方

 先生と一緒に暮らすことが決まり、俺はひとまず、無理やりスペースを作りだして荷物を置いた。


「さてと」


 何とか自分が持ってきた荷物を置くスペースを確保したのはいいが、ここからどうするか……

 

 俺は腰に手を置いて部屋を見渡した。まずは、寝る場所の確保だな。


「先生、ひとまず寝る場所の確保を……」

「ふぅー」

「っておい!」


 俺が思わずノリツッコミを入れてしまうほどに、この部屋の主であるポンコツ先生は、俺の言うことなど聞く耳を持たず、ベッドにバタンと倒れ込んだ。

 その反動で、ベッドの上に散乱していた雑誌などが地面に落っこちる。


 そのクソ教師、どうやら相当なポンコツらしい。


「先生!」

「なぁにー」

「とりあえず、俺の寝る場所を確保したいので手伝ってもらえますか?」

「え? このベッドで寝ればいいじゃん?」


 何言ってんだこの女? 家事だけじゃなくて、貞操概念までもポンコツか?


「いや、普通に考えてダメでしょ」

「どうして?」


 起き上がって、ベッドにあぐらをかいて座りながら、なんの疑問もなくキョトンと首を傾げている人に指摘するのは負けたような気がするが仕方ない、一般論なので教えてやろう。そうだ、一般論だからだ、先生が寝てるベッドとかちょっといい匂いがしそうだなぁっとか、色んな意味でふかふかで気持ちいんだろうなぁ……とか、頭によぎったとかそんなことないんだからね?


「一応、俺は先生の教え子ですし……それに、若い男女が一緒のベッドで寝るのはさすがにどうかと思いますよ」

「あっ……」


 ようやく気付いたのか、ポっと顔を赤らめる穂波先生。


「その、一応私の事女として見てくれてるんだ……」


 上目づかいで言ってくる穂波先生。


 いや、そこ!? っと思わず突っ込みたくなったが、俺は呆れたように答える。


「当たり前でしょそりゃ」

「そっか……」


 先生は両頬を手で押さえながら、視線を泳がせていた。俺、何か変なこと言ったか?


「わかったわ。ひとまずはこのベッドの下あたりの場所を富士見くんの寝床として確保しましょう」


 ようやく穂波先生は、重い腰を上げて、俺の寝床の確保に取り掛かり始める。


「先生はとりあえずそっちを……」

「ねぇ、家に帰って来ても先生呼ばわりされると、居心地が悪いんだけど」


 突如としてポンコツ様の生意気なご要望が始まった。



「……じゃあ、なんて呼べばいいですか?」

「そうねぇー」


 顎に手を当てて、考える仕草をした後。

 名案を思い付いたかのような顔で、俺を指さしながら答えた。


「お姉ちゃんで!」

「却下します」

「なんでぇぇぇ!?」


 当たり前だ、なんで家族でもない赤の他人を、お姉ちゃん呼ばわりしなきゃいないんだ。


「それじゃあ、お姉さん」

「だから、なんで姉設定なんですか?」

「えぇ!! こういうのは義弟設定が主流でしょ」

「どこの世界設定ですかそれは!?」


 そんな基本ベース設定の世界聞いたこともないわ!


「じゃあ、富士見くんはなんて呼びたいの?」

「菅沢さんで」


 何事もなく即答。


「なんで他人行儀!? 一緒に暮らすんだからもっとフランクに読んでよ!!」

「それじゃあ、菅沢?」

「それは舐められてる気がするからやめて」


 今度はガチトーンで怒られた。

 もう既に舐めきってますけどね……とは死んでも言えなかった。


 俺はしばし考えてから、穂波さんのご要望を考慮しつつ口を開いた。


「なら、穂波さんで」

「う~ん……仕方ない。それなら許してあげよう」


 なんでここにきて上から目線なんだよ。好きに呼ばせてくれよ。

 何やら納得したように穂波さんが頷いてから、俺の方を見て微笑んだ。


「それじゃあ、今日から穂波さんで! 私も、家では恭太って呼ぶわね!」


 無邪気にそう呼んできたのに対して、俺は一瞬固まってしまう。


「ん、どした?」

「あっ、いやっ、なんでもないです。とりあえず呼び方はそれでいいとして、さっさと寝床のスペースを作りましょう!」


 俺は誤魔化すようにして作業を再開した。

 可愛らしく呼び捨てで気軽に呼んできた穂波さんに対して、一瞬ドキッとしてしまったのは、心の内だけに秘めておこう。

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