第10話 エピローグ

 リルとアレクシードはあれから暫くして婚約者となった。

 ウェスタン公爵はリルを得て変わったアレクシードを見て彼を次期公爵とすることを正式に発表した。

 弟のライディンが未だにそれを覆そうと色々と画策しているらしいが全て失敗に終わっている。


 公爵家に挨拶に行ったリルを見たライディンがリルに惚れるハプリングもあったのだが、そこはアレクシードがしっかりと釘を刺したらしい。

 その後、すっかりと大人しくなったライディンは今や騎士としての道を歩み始めた。

 リルに惚れる事で自分を顧みた結果だとウェスタン公爵は気付いている。


 それに前向きに頑張る姿は親として誇らしい。

 側室が喚いて暫く荒れていたが今ではライディンの素直な姿に心を洗われたようですっかりと様子が変わっている。

 そしてアレクシード・ウェスタンとシェリル・セイルズの結婚式が教会で行われようとしていた。


「まぁ、すっかり綺麗になって。」


 リルの養母となったジュリアンナがシェリルを褒め讃える。

 18歳になったリルは夜のような青い髪を結わえて白いドレスに身を包んでいる。

 紫の瞳はアメジストのように美しい。


「綺麗だよ、シェリル。」


 差し出された手を迷わずにとる。

 白い礼服に身を包んだアレクシードはより美しく身を飾ったシェリルの手先にキスを落とした。

 赤い瞳がシェリルの瞳を捕らえて離さない。


 二人だけの空間に染まりかけたころ、結婚式の準備が整い二人は手を取り合って扉の先に歩き出した。

 赤いビロードの絨毯の上を歩いて神父の元へと進む。

 宣誓の言葉で夫婦の誓いを立てていよいよ、式のクライマックスというところで、今まで和やかな表情を浮かべていた神父が豹変する。


 子犬のような茶色のカールした髪を持つ神父は体をぐっと丸める。

 ざわりと空気が動く気配と共に両手を広げて仰け反った。


【ぐぉおおおお!】


「な、何だ!」


 低音の地響きのような雄叫びが上がり神父の姿が変化する。

 しかし、以前の村長とは違って黒い靄が出る訳ではなかった。

 神父の体が黒く変化して瞳の色が赤く染まる。


 教会のステンドグラスが砕け散り異常な事態に阿鼻叫喚の嵐となった。

 シェリルとアレクシードは突然の状況で動くことが出来なかった。


「きゃぁあああ!」


「リルっ!」


 シェリルが神父に捕らわれ叫びをあげる。

 そして次の瞬間アレクシードの体が吹き飛ばされた。

 神父の体はみしみしと音を上げて変化していく。


 爬虫類のような顔になり、尻尾と翼が生える。

 体も大きく変化して教会を破壊していく。

 巨大な竜の姿がそこに現れた。


【この娘は私が貰ってやろう。極上の贄を用意してくれたことに感謝しておくよ、かつての同胞よ。】


 アレクシードに話しかける竜はアレクシードの瞳の奥を見つめて告げる。


「かつての……同胞?」


【なんだ、忘れてしまったのか?封じられて悪魔であった記憶も失ったのか。まぁいい。受肉した悪魔はお前だけではない。肉を持つ悪魔である私は力を失ったお前に負けることは無い。】


「どういう、事だ。」


【これほどの魔力を持つ娘が現れるとは行幸だ。強い魔力を持つ人間が減ってきた。このままでは私の力も弱まってしまうだろう。故に巨大な魔力を持つこの娘を次の我が母体とするのだ。】


「な、に!」


 みしりとシェリルの体が軋む音がする。

 竜の爪がシェリルの体に食い込んでじわりと白いドレスに真っ赤な血が滲んでいる。


「う、あれ…く……。」


 顔を青ざめさせてリルはアレクの名を呼んだ。

 アレクシードはシェリルに向かって駆け出そうとするが強風が吹き荒れて目を開いた時には竜の姿はすでに天高く上がっている。


「くっ、シェリル……。」


 悔し気にアレクシードは拳を握り締めてすぐに竜の後を追った。

 竜はとある古い神殿に降り立った。

 シェリルはすでに意識を失っている。


 人の姿を取った竜は先ほどの神父の姿とは全く違う姿をしていた。

 長い黒髪に赤い瞳の青年の姿だ。

 まるでアレクシードを思わせるその姿だが、シェリルを見るその瞳はまるでありふれた物を見るかのように冷たい。


 神殿の中には生きている人の気配が無い。

 かつては人が住んでいただろうその場所には目を虚ろにしたまま息絶えている人々の姿があった。

 時が止まったかのようにそこは静寂を称え深く重い空気を宿している。


 シェリルを抱き上げたまま青年はその中をゆっくりと歩いていく。

 神殿の奥深くに入るとそこには隠された地下道があった。

 真っ暗な道をものともせずに青年は進んでいく。


 そして行き止まりにまるで牢獄のような柵が張り巡らされた場所があった。

 壊されている扉の奥へと進む。

 扉を開くとまるで先ほどの空間とは違う光景が広がっていた。


 豪華な部屋だ。

 置かれている調度品も明らかに年代物であるがそれでいて今も美しくその姿を維持している。

 その奥にある寝台に青年はシェリルをそっと横たえた。


 シェリルが意識を取り戻し、気が付くと長い黒髪の青年がワインを片手に寛いでいるのが見えた。

 赤い瞳はアレクシードを思わせる色。

 寝台の上でシェリルは周りの様子を見ながら上半身を起き上がらせた。


「起きたか。」


「ここは……。」


 シェリルの疑問に青年は笑った。

 そしてシェリルの傍へと歩みよりその顎を掴む。

 そして手元のワインを口に含んでシェリルの唇に舌を割り込ませて中身を流し込んだ。


「んぅ!」


 ごくりとワインの仄かな甘みと苦みが口の中に広がる。

 酒を飲みなれないシェリルはカッと体が熱くなり思わず咽た。

 そんなシェリルの様子にぞっとする笑みを浮かべて青年は答える。


「ここはお前が私の子を孕み生み出すまでの場所だ。」


「なっ、い……嫌よ!」


 何をされるのか理解したシェリルは青年の手を振りほどいて逃げようとするもベッドに押し倒されてしまう。


「私は悪魔だ。お前の意見など聞いてはいない。」


 まるで死刑宣告のように冷酷な笑みを浮かべて青年はシェリルのドレスを引き裂いた。


「い、いや……。」


 魔力を纏って攻撃を仕掛けようとしたが赤い瞳の瞳孔がまるで爬虫類のように縦長に変化する。

 それを目にした瞬間シェリルの体に衝撃が走る。びくりと体が痺れて動かない。


「あっ、な…に……?」


「魔力を使えばこうなる。何度でもだ。」


 冷たい手がシェリルの頬を撫で上げてぞわりと背筋から登る悪寒にシェリルは震えた。

 しかし、悪魔は気が付かなかった。

 シェリルの力を知らずにその唇に自らのそれを重ねる。


 気が付いた時にはすでに手遅れだった。


 シェリルの魔力には浄の力がある。

 悪魔の魂を正しく導くのだ。

 一度でシェリルの甘い魔力に捕らわれた悪魔は変わっていく心に戸惑いながらもその魔力に溺れた。


 アレクシードがその場所を見つけたのはシェリルを奪われて3月が経った頃だった。

 まるでその場所は墓標のように佇んでいる。

 古い神殿の中は時が止まったかのように静まり返っているがその場にいた死人の姿を見てアレクシードは眉を顰めた。


 かつて自らも体験したものが蘇る。

 魔力を奪われて死に至った何人かの使用人。

 その時の表情と同じものを浮かべたそれを見てあの神父が自分と同じなのだと思い至る。


 奥に進んで開かれたままの地下道を通る。

 冷たい地下に暗闇が広がっているが、愛する者を思い迷うことなく進んでいく。

 そして奥の牢に部屋を見つけた。


 そして部屋の中にはベッドに眠る愛しい人の姿。


 悪魔の姿はどこにもない。


「すまない。リル……。」


 アレクシードはシェリルの体を抱きしめた。

 体は不思議と暖かくきちんと呼吸もしている。

 そして眠ったままのシェリルを抱き上げてその場を離れた。


 シェリルが意識を取り戻したのはそれから半年経ち、幼い命を産み落とした後だった。

 生まれたのはアレクシードと同じ黒髪で赤い瞳の男の子だった。

 名前はユーリスと名付けた。


 目覚めたシェリルはユーリスの姿を見て悪魔が転生したのだと理解していた。

 だが、以前の悪魔ではすでにない。

 シェリルによって浄化され記憶は残っているが新しい生を生きる別人だとシェリルは言った。


 だからこそ、アレクシードは複雑であったが自らの息子として育てる事に同意したのだ。

 かつての自分と重ねたというのもあるだろう。

 その後、正式に夫婦となったアレクシードとシェリルは子育てしながらも新たな命を育んでいった。


 シェリルはそれから女の子3人と男の子2人を生んだ。


 大所帯になりながらも幸せな日々を過ごしたのだった。


 悪魔は浄化されて正しい道へと歩み始めた。


-END-

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魔力に目覚めた私は 叶 望 @kanae_nozomi

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