第9話 悪魔
「リル!」
巨大な狼はゆっくりと2つの足で体を支えて立ち上がる。
リルは霞む視界の先でアレクシードが自分の名を呼ぶのを見た。
「あれ…く……。」
【くかか、只の人間に悪魔の一柱であるこのワシが敗れるものか。】
「悪魔だと!馬鹿な、あれは伝説であって実在しないのでは……。」
ライオスが驚くように叫ぶ。
年月が経ち今や悪魔は存在しないものとして扱われている。
空想上の生き物であって実在はしないと考えられていた。
それは、教会が権力を失ってそれを危惧する者はもはや皆無だ。
実際にはそこには何者かの手が加わっているのだがそれを知る者は居ない。
【悪魔は実在する。現にワシが居るように、人の心が生み出す闇がワシ等を呼ぶのじゃ。】
そう言って悪魔は手に持っている極上の餌をざらりとした舌でリルの顔を舐め上げた。
腐臭とどろどろとした唾液でリルの顔がべとべとになる。
ぞわりと黒いものが這い上がってくる感覚にリルは体を震わせて急速に失われる魔力に意識が闇へと沈んだ。
【おぉおおおお何という味だ!濃厚な蜜のように甘く、力強い魔力よ。これまでにない極上の味、力が溢れるようじゃ、滾る、滾るぞぉ!】
巨大な黒き狼は雄叫びを上げる。
その声は地面から響くように轟く。
ぐったりと意識を失ったリルを高く掲げ悪魔の体からは濃密な瘴気が溢れだした。
闇に沈んだ意識に光が灯る。
リルは暗い世界の中に居た。
ゆっくりと光の方へと歩みを向ける。
そこには憔悴した様子の村長の姿。
呟いているのは懺悔の言葉。
彼とは違ってそこに壁はない。
リルは村長の傍へと歩いて行った。
「すまない、許してくれ。怖くなって気が付いたらすべてが終わっていたのじゃ。すまなかった。わしが皆に知らせておればあんな事には…。」
リルに気が付いていないかのように村長はぶつぶつとうわ言のように呟き続けている。
焦点が明らかにあっておらず、虚空を見つめているかのようだ。
「後悔を、しているのですか?」
リルの言葉に村長はぴくりと反応する。
だが、それは一瞬の事ですぐに元の状態に戻る。
まるで壊れたレコーダーのように同じ言葉を繰り返している。
「私はみんなが死んで悲しかった。どうしてって叫ぶしかなかった。」
リルはあの時の光景を思い出して目を伏せる。
おぞましい地獄絵図のような情景に未だ吐き気がする。
「大切な人達が失われて、私は世界から置いて行かれたような感じがした。」
リルの独白に村長は虚ろな瞳をこちらに向ける。
「みんなを奪った魔物が憎かった。村長が逃げて見捨てられたんだって知って悲しかったよ。」
「あぁあああああ!」
村長はその言葉に堰を切ったように叫びをあげた。
それは苦しみと後悔と入り混じった声。
「……でもね、私は村長や村長の家族を見たときホッとしたの。なんでだろうね?少しだけ世界が戻って来たような、そんな気がしたのかもしれない。だから私は村長を恨んだりはしていないの。領主様のこともそう。悲しいけど恨みはないわ。攻めて来た魔物を討って仇もとったのだから。」
村長の叫び声がぴたりと止まる。
そして虚ろな瞳に僅かな光が灯る。
「村長がもし、後悔しているというのなら……村を再興して貰えませんか?私たちが失った場所をもう一度作り直して欲しいの。だって、ここは私たちの故郷でしょう?」
「リル……。」
「元に戻してなんて言わないわ。失ったものは戻らないのだから。でも、新たに作ることは出来るでしょう?」
「……できるじゃろうか?」
「村を再興する。それこそが皆に対する贖罪になると私は思うの。」
「リル、わしは……。」
村長の瞳に確固とした光が宿る。
その瞬間に闇の世界は真っ白に染まる。
光が眩しくてリルは目を閉じた。
黒い巨体から光が漏れ出る。
悪魔の力が拡散して弱まっていく。
漏れ出していた瘴気は消え去って本来の大地を取り戻していく。
【ぐぉおおおお!な、何が……力が、力が抜けていく。何だこの力は!】
悪魔の手が緩んでリルは宙へ投げ出され、アレクシードがリルをしっかりと抱き止めた。
うっすらと意識が戻りリルはのろのろと顔を上げる。
心配そうな表情を浮かべるアレクシードの頬を手で撫でた。
「リル、無事で良かった。」
「アレクシード……様。」
唾液に塗れたリルの顔をごしごしと袖で拭う。
少し乱暴な手つきにリルは身じろぎした。
「リル、じっとしてろ。ちゃんと拭いてやれないだろ?」
べたつきを取り払ってからアレクシードはリルのそのまま抱きしめた。
冷たく冷えていた体が少しだけ暖かくなる。
【おのれ……一体何が起こったのだ!】
狼の体が霧散して村長が倒れる。
黒い煙のようなそれは忌々し気に叫んだ。
だが煙となっても光は内側から溢れ出している。
じわじわと煙は小さくなっていく。
【馬鹿な!わしが、わしが消えるだと?まさ……か、なぜ……?】
黒い煙はふわりと消えていく。
後に残されたのは戦いの余韻だけだった。
訳が分からないまま全員がただ過ぎ去った脅威にほっと息をついた。
リルは村長の処遇をライオスに告げた。
緩すぎる処遇にライオスは暫く考えてそれを許可した。
リルの故郷を復興したいと言う思いを組んでの裁量だ。
リルは中断してしまった墓参りと村の状況を見て回った。
そして川に向かい体を清める。
アレクシードが拭き取ってはくれたが、やはり気持ちが悪かったのだ。
気持ちの良い水の冷たさを少し楽しんでリルは川から上がる。
少しだけ回復した魔力で体から水気を飛ばして服を着替えた。
流石貴族だ。
着替えの用意もあるなんてと思いながら馬車へと戻った。
どうしても汚れを落としたいリルが帰りを少しだけ待って貰ったからだ。
馬車にはすでに全員が乗り込んでおり、遅れたことを詫びた。
そして、ゆっくりと馬車が動き出した。
屋敷へと戻ると再び風呂で身を清められる。
今日は特に念入りに洗われた。
綺麗に磨かれて部屋へと戻るとリルの部屋にはすでに先客が居た。
「アレクシード様?」
「あぁ、リルか。」
やっと来たと言わんばかりの表情でアレクシードはリルの手を取った。
そして軽く引き寄せられてふわりと抱きあげられる。
「ふぇ?」
疑問を口にしようとした時にはベッドの上に乗せられていた。
ぎしりとベッドがきしむ音がしてアレクシードがリルの上に圧し掛かった。
「あ、あの……。」
何が起こっているのか分からずにリルはアレクシードを見上げる。
アレクシードはそっとリルの頬を撫で上げる。
ぴくりとリルの瞼が震えた。
「あれに舐められていた。」
ぽつりと呟いたアレクシードの言葉にリルは先ほどの事を思い出して不快な表情を浮かべる。
そのリルを見て、アレクシードはゆっくりとリルに顔を近づけた。
ぺろりとリルの頬を舐める。
「ひゃ?」
驚いたリルが声を上げるがアレクシードはそれに構わずにリルの顔を丁寧に舐め始めた。
「あ、や、ちょ…ひゃん!」
リルがくすぐったがって体を捩る。
アレクシードを離そうとした手はすでに掴まれて固定されている。
リルは訳が分からず困惑した表情を浮かべた。
「消毒だ。我慢しろ。」
消毒と聞かされたら黙って従うしかない。
こういった知識がまるでないリルはアレクシードの言葉をそのまま受け止めた。
舐められる度に可愛らしい声が上がる。
そしてアレクシードが耳や首元も綺麗に舐め上げるとリルはすでにぐったりと脱力していた。
「んぅ、あれく……様?」
リルが終わったのとでも言いたげな声を上げたがアレクシードはそれよりもリルの潤んだ瞳と上気した頬にうっすらと汗ばんだ体を見て息を飲んだ。
逸る気持ちを抑えきれずにアレクシードはリルの唇に貪りついた。
「ん…やぁ……。」
甘い声と魔力が唾液と混じり合ってアレクシードの理性を溶かしていく。
くちゅりと唾液を吸い上げてからさらに深く舌を絡めた。
手がリルの柔らかな膨らみに到達しゆっくりと揉みしだく。
「ひゃぁん……。」
リルが感じたことのない疼きに身を捩る。
リルはよく分からない感覚に身を震わせて涙目になるがアレクシードはそのまま手を下に伸ばしリルの体に溺れていった。
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