第3話 魔力に目覚めました

 はじめてそれを目にしたのは5歳の時のこと。

 私の住む村にとある冒険者の一行が訪れ、その案内役に父が抜擢されたのが始まりだ。

 青き稲妻という名を掲げた冒険者一向。


 彼らの来訪は娯楽の少ない小さな村にとってお祭りのようなものだ。

 外から来た人間の話しは村では貴重で行商とはまた違った視点での話しは大いに村を楽しませた。

 彼らはCランクの冒険者で、セイルズ伯爵領にある小さなトーラ村の付近を調査に来ていたのだ。


 調査と言うのは森や山に囲まれているこの地に住む魔獣や獣たちに異常がないか調べる事。

 ついでに危険な魔獣を狩って減らすのも兼任している。

 小さな村では魔獣への対抗手段は少ない。

 戦えるものなど僅かでほとんどが農民だ。


 トーラ村では小麦や根菜を栽培している。

 山が近く獣もよく村に迷い込む。

 そんな時に借り出されるのが私の父だ。


 昔は狩人をしていたらしく、山歩きに長けている父はよくそういった場に連れ出された。

 普段は畑で土まみれな父だが、青き稲妻の案内役として選ばれたのはごく自然な流れだった。


「そういう訳で明日は頼んだぞアラン。」


「あぁ、分かった。」


 村長のお願いに了承した父は冒険者たちとの顔合わせの為に村長と一緒に家から出ていった。


「母さん、冒険者って何する人?」


「冒険者っていうのは、魔物や魔獣をやっつけたり、貴重な薬草を採取したりして依頼の品を届けたりする人たちの事よ。」


 私の問いに母のマイアが答えた。

 少しだけ仕立ての良い服を身に包んで淡い緑の瞳は好奇心旺盛な娘を少し心配しているようだ。


「じゃあ、すごい人たちなんだね。」


「そうよ、でもとっても危険な仕事で命がけだから冒険者になるのは大変なのよ。」


 そういって母は私の頭を撫でた。

 柔らかな手が温かい。

 母親譲りの青い髪がさらりと揺れた。


 母は元商家の娘で読み書き計算は出来るものの家事などはめっぽう駄目な人だった。

 その全てを父がカバーしているのだ。

 父は自分のために家を捨てて付いてきてくれただけで十分だと言って母には苦労をさせたくないらしい。


 父を見て育った私はそれなりに家事も身に付いているのだが母の手前あまり大っぴらに手伝うことは出来ない。

 代わりに母は私に読み書き計算を教え込んだ。

 お陰で村ではちょっと目立つ娘に成長していた。


 次の日の朝早くに父が出かけるのを見て私は後をこっそりと付ける事にした。

 母に聞いた冒険者と言うものを目の当たりにして興味を抑え切れなくなったからだ。

 父の茶色の髪を追いかけるようにそっと家を出る。


 木の陰から冒険者たちの姿をそっと覗き込んだ。

 鍛え上げられた体を持つ大柄の男は鎧に身を包んでいる。

 腰には長剣を差してある。


 彼の名はジェイク。

 青き稲妻のリーダーだ。

 その横に立つのはひょろりとした体躯の男。


 武器のナイフは複数所持している斥候役だ。

 名はミック。

 きりっとした女性の剣士はレイナだ。


 その冒険者たちの中には一人だけ特異な人物が居た。

 周りのものとはどこか違うように感じる高貴な気配を持つ女性。

 彼女は没落した貴族の娘だった。


 彼女の名はアリシア・レームスという。

 当時バライア帝国にあるグラシス学院に通う学院生だった彼女は、実家の没落と共に学院を後にした

 その後、今のパーティと出会い冒険者として身を立てている。


 魔法を使える彼女はこのパーティでは重要な役割を担っている。

 父の案内で山の周辺まで来た時にふと人数が一人足りなくなった事に気が付いてきょろきょろと周りを見渡す。

 すると視線が急に変化して私は自分が持ち上げられたことに気が付いた。


 わたわたと暴れる私に気が付いた父が慌てて駆け寄ってくる。


「リル!なんで着いて来た。」


 父は斥候役のミックから娘を受け取ると目線を合わせて私をしっかりと見つめる。

 その目に怒りを感じて私は父譲りの紫の瞳に涙を溜めた。


「だって、見てみたかったんだもん。」


「見たかったからって山は危険だといつも言っているだろう?」


 いつも以上に厳しい父の剣幕に押されて溜めていた涙がとうとう決壊した。


「ごめんなさい。」


 しゅんとうな垂れて私は泣きながら元来た道を戻ろうとして盛大にこけた。

 足をすりむいて血が流れる。

 泣きじゃくる私に一人の女性が近づいてきた。

 アリシアはそっと私の足の怪我を確認して水で土を洗い流す。

 そして怪我をした場所に手をかざして呪文を唱えた。


「この者に癒しを与えたまえ」


 ふわりと温かな何かが私の中に入ってきた。

 柔らかな光が私の怪我を包み込んだ。

 そしてその何かは私の怪我を治してしまった。


 ぽかんと呆気にとられて涙が引っ込む。


「今のは?」


「魔法よ。でも怪我を治したのは秘密にしてね?」


「どうして?」


「無償で治療する事は許されていないから。」


 首を傾げる私にアリシアは微笑む。

 金の髪と青い瞳はまるで天使のようだった。


「ありがとうお姉さん。」


「気を付けて帰るのよ?」


「はい!」


 怪我を治してくれたアリシアにお礼を言うとまっすぐに家に向かう。

 その日の調査を終えて帰って来た父にこっぴどく叱られたがそれよりも魔法を見ることができたのがうれしくて私ははしゃいでいた。


――――…


 夜、興奮して中々寝付けなかった私はあの時の感覚を思い出して目を瞑る。

 すると自分の中にも同じようなモノがある事に気が付いた。

 それは体の奥底に閉じこもっているようでそれを何とか引っ張り出そうと意識を向けた。


 ゆっくりと体を巡りだすそれはあの時の感覚と同じもので体にそれが満ちる感じがとても心地よい。

 ふと目を開くと自分の体に纏わり付いている何かに気が付いた。

 それはまるで湯気のように全身を包んでいる。


 私はその何かが自分の意思で動くことに気が付くとそれを使って泥でも捏ねるように遊びだした。

 子供の自由な発想は何を起こすか分からない。

 リルはその遊びに夢中になる事で知らない間に魔力の操作を身に付けていた。


 次の日の朝、再び調査で父が出かける。

 だが今日はいつもとはちょっと違っていた。

 青き稲妻の面々がわざわざ父を迎えに来てくれたのだ。


 どうやら私がまた同じ事を繰り返さないようにという配慮だろう。

 うっかり山に付いてきて危険な目に合わせないように。

 しかし、リルを見たアリシアは思わず息を呑んだ。


 昨日は感じなかった魔力をリルから感じたからだ。


「リルちゃんは昨日の呪文覚えているかしら?」


 きょとんと首を傾げたリルにアリシアは手の甲をナイフで切ってリルに向ける。

 血が流れ出る傷を見てリルは慌てて昨日の呪文を口にする。


「えっと、この者に癒しを与えたまえ?」


 思い出しながら紡いだ呪文はアリシアの傷にしっかりと効果をもたらす。

 ふわりと何かが抜け出ていく感じがしてリルは驚いた。

 アリシアの怪我は綺麗に消えている。


「わ、治った。」


「アリシアどういうことだ?」


 ジェイクがアリシアに詰め寄る。

 魔法は貴族にしか使えない。

 平民であるはずのリルがなぜ魔法を行使出来るのか。


「分からない。でもリルちゃんから昨日は感じなかった魔力を感じて念の為に試したのよ。まさか本当に使えるようになっているなんて。」


 青き稲妻の面々はリルをどうしたら良いのかと悩む事になった。

 魔法が使えると知れれば最悪命を落とす事になり兼ねない。

 魔法は貴族の特権だからだ。


 殺されなくとも貴族に連れて行かれる可能性が高い。


「リルちゃん、お願いがあるの。決して魔法が使える事は誰にも知られてはいけないわ。それを知られたら家族と離れ離れになってしまうかも知れない。」


「え?」


「そんなの嫌でしょう?」


「うん。」


「だから約束してくれる?人に知られないようにすると。」


「分かった。」


 理由が分からないまま頷いたリルは家族と離れ離れになるのは嫌なので人に知られないようにすることをアリシアと約束した。

 調査を終えて青き稲妻が去った後もその約束は守られた。

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