第2話 悪魔と呼ばれた子
ウェスタン公爵家それはバライア帝国に仕える貴族家の一つ。
かの公爵家では一つの問題が起こっていた。
生まれたばかりの子供の周囲で奇妙な現象が起こり始めたのだ。
最初は乳母、次に使用人。
魔力を吸われて倒れているところを別の使用人に発見された。
始めは疲れからくるものだと思われていたのだがそれが頻繁に続けば誰しもが不気味に思う。
それは常に赤子の傍で起きた。
赤子の傍で何人もの使用人がその犠牲になって次第に屋敷から姿を消して行く。
その屋敷では人が頻繁に入れ替わるようになっていった。
赤子の世話をするものは常に人が変わり、両親でさえも傍に寄り付かなくなった。
そして、赤子の母親は新しい子を産む事はなく宿った命はすべて流れてしまう。
その赤子と1年違いで側室の子が生まれたのも問題だったかもしれない。
いつしか赤子の周りは義務的なやり取りしか行われなくなった。
それが、子供の環境に良くない事など分かりきっているのにそれができなかったのだ。
――――…
赤子が幼児となり、少年となる。少しずつ大きくなっていくにつれて倒れる使用人は少しずつ減って行った。
それでも不気味な事は変わらない。
魔力を必要とした子供は誰からも見向きをされなくて、子供らしさを持たない子となっていく。
冷たい目で人を見る。
それが余計に周りを怖がらせた。
愛を知らないまま育った子は成長するにつれて自身の魔力も大きくなった。
魔力不足であったため、体が弱かったがそれも成長と共に改善されていく。
だが、時折突発的な魔力を欲するときがある。
いつしか、子供は自らの手で魔力を奪うようになっていった。
「お、お願いでございます坊ちゃま…。」
悠然と歩み寄る屋敷の主人の子供に使用人が怯えてじわじわと追い詰められている。
その子の口元には冷笑が浮かびそれが余計に使用人を恐れさせていた。
「お、お許しください…ヒィ!」
使用人は腕を掴まれた瞬間に体から命の源と言われる魔力が奪われるのを感じて叫んだ。
魔力はどんどん吸われて使用人の体から抜けていく。
「あぁあああひぃ…ぁ。」
意味の分からない言葉を発しながら使用人は意識を失った。
その手をそっと離して少年は苦々しい表情を浮かべた。
「……不味い。」
吸い取った魔力の不味さに顔をしかめている。
だがそれも僅かな事。
少年はその場をすぐに後にした。
後には使用人が残される。
そしてその者もすぐに屋敷から姿を消すことになる。
少年はよく恐ろしい夢を見た。
それは残酷でとても普通の子供が受け入れられるようなものではない夢を。
だが、温かい愛情を与えられなかった少年にはそれが分からない。
血が飛び交い多くの命が失われていく。
犯し殺されるものたちや醜悪な願いを持った愚かな人間の夢。
それを冷酷な笑みで愉しむ。
快楽と愉悦にまみれ力を持つ者のその果ては……。
そして毎回のごとく痛みと共に封じられた無気力な時の苦しみを味わう。
繰り返される夢は子供を冷酷で残酷に育てるには十分すぎることだった。
屋敷ではよく人が入れ替わる。
それは悪魔の子が居るからだと囁かれるようになっていった。
愛情を与えられず、真剣に子供に向き合うものが居ない中育った子供はまさに悪魔と呼ばれてもおかしくないような心ない子供に育った。
それは本来子供の所為などではない。
周囲の環境がそうさせたのだ。
そんな事も分からずに周囲は囃し立てる。
悪魔の子と。
そして愛を知らない子供はそのまま成長していく。
自身も気づかない想いを抱えたまま。
――――…
「どうしたらいいのだ。」
公爵家の当主であるヴァスティン・ウェスタンは金の髪を振り乱して頭を抱えた。
彼は己が子供のことで悩んでいた。
あまりに異常な事が起こる息子にどう接したら良いのか分からず、傍に行くことさえしていなかった。
魔力を奪われるという前代未聞の事態に何をどうすればいいのか分からない。
魔力は命そのものだと言われている。
それが何かしら息子の傍に居るときに限って奪われるのだ。
命を奪われると恐れて逃げるように去って行った者はすでに何人も出ている。
公爵家としては使用人を黙らせる以外に方法はない。
それでも噂は広がってしまう。
原因が分からないのが一番の問題だ。
医者も息子は特に問題ないと言っている。
何が起こっているのか分からない事で余計に不安が屋敷に蔓延しているのだ。
「しかし、それでも決めなければなるまい。」
彼の息子であるアレクシード・ウェスタンとその弟ライディン・ウェスタン。
その二人の内どちらかを当主として決めねばならない。
通常であればアレクシードを問題なく選ぶところだが、アレクシードには一つの問題があった。
最近では減ってきてはいるが命の源である魔力を奪うのだ。
悪魔の子と揶揄される彼は黒髪に赤い瞳で物語に出てくる悪魔の姿とも似ている。
その上、愛情をあまり受けることなく育った彼は人柄としても問題がある。
他者を慮る事はなく、傷つけるのも平気で行う。
愛を知らない子。
そして逆にライディンは側室の子ではあるが、愛に恵まれて育てられた。
だが、アレクシードを悪魔だと信じている側室は息子であるライディンにそういった意識を刷り込んだ。
そして次期当主は自分だと信じて疑わないライディンは非常に傲慢に育ってしまっていた。
貴族として他人を使う術は重要だ。
だが、次期当主となるのを疑わず努力を怠ってきたライディンは公爵家を継ぐのに相応しいかというととてもそうは思えない。
ヴァスティンは彼らのどちらを次期公爵に据えるのか決めるために友人を頼る事にした。
「それで、私にお願いですか。」
ライオス・セイルズは小さくため息を付いた。
公爵の願いとあれば引き受けないわけには行かない。
それに貸しを作るには絶好の機会だ。
だが、それを決めるのにこの条件は如何なものかとライオスは思う。
自分の領民の命を捨てゴマにしろと命じられたようなものだ。
ライオスは潔癖ではない。
それに必要とあれば民を切り捨てることも当たり前のように行う。
だが、下手をすれば大災厄となりかねないものを付き付けられて、はいそうですかと安易に受ける事はできなかった。
ヴァスティンはセイルズの治める領地に魔物の氾濫が起こる兆しが見えているのを知っていた。
それを使って息子たちを判断したいと考えたのだ。
魔物の氾濫。それは多くの命が失われる可能性があることを示唆している。
現時点で確認している氾濫の兆候は二つあった。
それ故にライオスはそれが同時期に起こるであろう事も考えている。
その場合、自領の騎士だけでは対応が間に合わないだろう事も分かっている。
ある意味ヴァスティンの提案を呑めば騎士も多く借り出す事が出来る上に公爵家に貸しを作れる。
だが、それを率いるのが成人したばかりの息子達とあっては不安しか浮かばない。
アレクシードは16歳、ライディンは15歳だ。どちらも黒い噂が絶えない人物となっていた。
悩むライオスがそれを決めたのはアレクシードの目を見たからかもしれない。
何者も信じていない彼の瞳の奥に寂しいという感情を読み取ったのだ。
ライオスはアレクシードを見張るという名目で同行するのを条件にヴァスティンの願いを聞き入れた。
ライディンの事は部下に任せたのは彼がどう行動するのか読みやすかったからかもしれない。
ライオスはアレクシードを傍で観察しながら今回の氾濫に備えていった。
それは悪魔と呼ばれた子が一人の少女と出会う事によって人としてのあるべき姿を取り戻す切欠となるなど思いもしないまま。
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