魔力に目覚めた私は
叶 望
第1話 プロローグ
かつて魔術という魔法よりも応用力があり、思いのままに具現化させる技術があった。
魔法は詠唱を必要とするが、魔術には必要がない。
魔術は魔力を自在に操り、それを意のままに操る術のこと。
それを扱える者達のことを総称して魔術師と呼んだ。
戦乱の時代があった。魔術師たちは戦争に借り出され、その力を発揮した。
死力を尽くして戦った彼らに待っていたのは褒章ではなかった。
戦乱を収めた王は力を持つ者たちを恐れたのだ。
自在に魔力を操る彼らを国は危険視していた。
少しずつ縛りを強化して気付かれないように国は彼らを囲っていった。
彼らが気付いた時にはもはや逃れる術はない。
国に従順に従わない者たちは秘密裏に処理された。
かの大戦で英雄とまで歌われた彼らの最後は凄惨なものだった。
ある者は大切な者たちをひとり、またひとりと奪われ、ある者は友であったはずの者に裏切られた。
彼らは絶望し、国を呪った。
魔術とは想いを具現化する術である。
壮絶な最期を遂げた彼らは死してなお、その想いが消える事はなくより強力な存在として蘇った。
執念ともいえるその念は魂を変容させて別のものに生まれ変わらせる。
それと同時期に大戦によって命を失った多くの魔術師たちの悲しみの篭った魔力は世界にとある変化を与えていた。
命が散り膨大な魔力が拡散されていく。
その魔力には多くの負の感情が篭っている。
それ故に世界中に散らばったその魔力は大地に染み込みあるものを生み出した。
後に魔物と呼ばれるそれは命を失い負の感情が凝った魔力の変質した姿。
その魔物は本能に従って人を襲い出した。
それは自らを殺した者に対する復讐の心が刻まれていたからかもしれない。
そしてその魔物によって命を奪われたものはまたその負の連鎖に巻き込まれていく。
こうして魔物は世界に根付いた。
生きるものがいる限りこの連鎖は止まらない。
そんな事が起こり始めているとは知らないで時間をかけて国は魔術を世界から消し去った。
変わりに魔法と呼ばれる術が主流となって行く。
国は力を恐れる。そしてそれは民にも波及した。
かつては自由だった魔法はいつしか国に仕える貴族の特権となった。
民から魔法を奪っていったのだ。
長い年月が流れ、それを確固たるものに変えていく。
次第に魔法は王族や貴族にしか使えないという事が当たり前となって行った。
民から魔法が消えて変わりに技術が発展して行く。
民は魔法に頼らずに生きる術を見出したのだ。
こうして国は王権を守りそして民を管理するようになった。
そんな時代になってしばらくの事、忘れ去られた頃にそれは起こった。
――――…
悪魔、それはかつて絶望して命を失った魂の成れの果て。
精神を侵食して肉体を奪う悪魔は教会によって討伐の対象となって居た。
だが、時として悪魔は人の及びの付かないことをする。
一人の女を孕ませた一匹の悪魔は自らを女の腹へと潜りこませた。
それは世界が恐怖に陥れられる前の事。
生まれ出たそれは女の腹を突き破ってこの世に顕現した。
それは魔物を操り、厄災を起こした。
悪魔はそれだけでは飽き足らず人々を操り混乱させた。
この悪魔は自身が宿る肉を得て世界に顕現していた。
受肉した悪魔の力は強大だ。
これを封じたのは当時バライア王国の教会に属する集団だった。
聖なる力を持つ巫女の力で弱らせた悪魔は力を封じられて眠りに付いた。
その悪魔が再び目覚めることがないように作られたのがバライア帝国だ。
悪魔の被害によってボロボロになっていた国々を纏め上げて作られたかの帝国は悪魔を封じるという大役を果たして栄華を極めた。
バライア帝国と呼ばれる国の中央に栄える町には在る仕掛けがあった。
悪魔封じと呼ばれる陣は建物の配置によって守られていた。
その町の中央に聳え立つ城の奥深くに悪魔を封じる祭壇があった。
だが長い時を経てその存在は歴史の中に埋もれて行った。
町は発展してかつての役割も忘れた頃、戦争が始まった。
隣国のハーディ王国に攻め入ったバライア帝国は手痛い反撃を受けて追い返された。
しかし戦争となると追い返すだけで終結するわけではない。
当然、侵略を受けたままで良しとするハーディ王国ではなかった。
バライア帝国はハーディ王国に追撃を受けた。
バライア帝国の王都は戦争の傷跡を大きく残して辛うじて王都の形を保っていたのだが、もはやかつての栄華など見る影もなくボロボロに傷ついて建物は破壊された。
それがとんでもない物を呼び起こす切欠となる事など知る由もない。
何とか停戦協定を結ぶという所まで行きついて両国は互いの傷跡を修復する事に努めた。
戦争によって封印に皹が入った事も知らないままに。
ビシリ……
何かに皹が入る音がした。
闇に光る亀裂は少しずつ外の外気を空間に吹き込んだ。
その風は中で眠るモノに目覚めを促す。
ゆっくりと目を開いたそれは闇の中に現れた小さな亀裂を見つけて喜んだ。
そして僅かに空いた隙間から己の身を捩じ込んでいく。
外の外気が入った事で今まで止まっていた空間の時が動き出す。
ゆっくりと小さな亀裂を広げながらそれは外に出ようとしていた。
だが、すぐに出る事は叶わない。
何重にもかけられた封印は力が弱まったとは言ってもそれなりに効果を発揮していたからだ。
そして同時に外からの魔力を自身に取り込んで行く。
僅かな隙間で得られる魔力は微々たるものだ。
だが、それにとっては時間などさして意味があるものではなかった。
長い間封じられ、永遠とも思える苦しみの中で生まれた悪魔にとってはもはや10年も100年も変わらないものだからだ。
時間をかけて蓄えた力を使って外へ出た悪魔には1つの誤算があった。
封じられたあまりに長い年月はかつての体を崩壊させるには十分だったのだ。
かくして器を失った悪魔はせっかく本体を外に出すことに成功するも消滅の危機に瀕していた。
長い間肉体に依存していた悪魔は魔力がなければ生きられない存在になって居た。
大気中の魔力などを吸収しても消費の方が早い。
すぐにでも器を得なければ消えてしまう状態だ。
悪魔は器を探して外へ飛び出した。
器といっても波長が合わなければ手に入れる事は難しい。
消える前に見つけなければせっかく封印から逃れたのに消滅してしまう。
そんな悪魔が見つけたのは一人の女性。
豪華な馬車が横転しており周りには死体が散乱している。
おそらく賊に襲われたのだろう。
女性は辛うじて息はあるもののすでに死が間近に迫っていた。
悪魔が目を付けたのは女性のお腹に宿る命。
今にも消えそうなこの親子を悪魔は選んだ。
女性の胎内に宿る子供の中に入り込む悪魔は自分を生み育てる予定の女性の体を治療した。
だが悪魔は自分がどれだけ弱っていたのか分かっていなかった。
治療という膨大な力を必要とする魔力を生まれる前の赤子が持っているわけもない。
悪魔は自らを削る事で女性を治療する事になった。
その為悪魔の力は弱まって赤子の魂と交じり合った。
弱った悪魔は赤子の魂に呑み込まれ一つになった。
それは悪魔も予想していない出来事。
かつて世界を恐怖に陥れた悪魔はたった一人の赤子によって呑み込まれてしまった。
しかし悪魔としての力を失ったわけではない。
赤子の中に息づくそれは弱々しいが着実に赤子と共に育っていった。
微かに残っていた悪魔の自我は時と共に赤子と交じり合っていつしか悪魔であった事を忘れ去ってしまった。
赤子の中に混じった悪魔の魂は魔力を大量に必要とした。
それは悪魔というもう一つの魂を支える為なのかは分かって居ないが赤子の魔力だけでは到底賄える量ではなかった。
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