第4話 魔力の活用法

 あの日からリルは魔力について色々と使い道を考えた。

 治癒の魔法は教えてもらったがそれ以上を教えてもらうことはしていない。

 家族と離れ離れになるのは嫌だからだ。


 それでも魔力で遊ぶのを止めるには至らない。

 リルは魔力を自在に操ることが出来るようになっていた。

 魔力を使うと井戸の水を汲むのもかなり楽だった。


 自分の力にプラスされた魔力は大人でも大変な水汲みをしっかりと補助してくれる。

 運ぶときも魔力を使えば軽がると運べた。

 もちろん一目があるときには使わないが、見られていないのなら問題ない。


 リルはそれを畑でも活用した。

 魔力を使って土を耕す。

 桑を使うよりも遥かに早くそしてより土を柔らかくする事が出来た。


 そして魔力を含んだ土はリルの思うように動かすことも出来た。

 それは水も同じだ。

 魔力を浸透させた物はなんでも自在に動かせる。


 炎の火力でさえも変化させる事が出来た。

 これは家事には大助かりだ。何よりも助かるのは洗濯の時。

 手を使わなくても服を綺麗に洗うことが出来る。


 そして川であれば魚がどの位置に居るのかもなんとなく分かるようになった。

 魔力は万能だ。

 風に魔力を纏わせれば遠くに何が居るのかさえリルには手にとるように分かる。


 自然と身に付くようにリルは魔力と共にあった。

 そういった魔法の呪文も使わない魔力の扱いはすでに失われた技術だ。

 リルはそんな事など知りはしない。


 ただ魔力を使っていたら自然と思いついただけだ。

 そして魔力の粘度を高めれば実体を持たせることも出来る事に気が付いた。

 魔力が見えない家族にも見えるくらいの魔力を練ることが出来るようになったのだ。


 魔力は切り離すことも出来た。

 そしてそれを固めることも可能だった。

 それが魔石と呼ばれるものなどリルは知りもしない。


 ただ、それは口に含むと甘く柔らかくなってリルの中で溶ける。

 甘い甘味など村にはそうそう入ってくる事はない。

 リルにとって魔力はおやつの代わりでもあった。


 魔力は使えば使うほど鍛えられる。

 日々の生活にも活用するものなど居はしない。

 リルの魔力は知らない間に鍛えられ他の追随を許さないほどの膨大な力となっていた。


――――…


 とある屋敷の一室で男がある報告を受けていた。

 彼の名はライオス・セイルズ。セイルズ伯爵家の当主だ。

 報告ではあるゴブリンの集落にゴブリン王が誕生しいよいよ部隊を率いようとしていると言うものだ。


 こうした魔物の氾濫と呼ばれる現象は周期的に起こるというのが常識だ。

 以前からその前触れがないか調査を行っていた。

 大災害になりうる魔物の氾濫は大抵の場合ゴブリンと呼ばれる種族によって引き起こされる。


 緑の皮膚を持ち細長い手足。

 醜悪な顔をもつその魔物は多種族の女を孕ませ子を産ませる。

 時折その中でも力の強いものが生まれる。


 それが成長するとゴブリン王として多くのゴブリンを従えて人を襲うのだ。

 彼らは人のように集落を形成して武器を持って居る。

 武器と言っても木の棒だったり人から奪ったりしたものがほとんどだがそれらが徒党を組んで襲ってくるのはある意味盗賊よりも厄介だ。


 だが周期的に起こるのであれば対策を立てることも可能だ。

 その為の準備として今までも定期的に調査を行ってきていたのだから。

 そして、今回それが起こる事が予測された。


 本来であればその通り道に当たる村や町に避難命令を出すところだが、今回はある目的があってそれをしないで居た。

 男は貴族として民を守るよりも利益を優先したのだ。

 公爵家に貸しを作るという絶好の機会を逃す事はない。


 それが貴族と言うもの。

 何より上の爵位を持つ相手に逆らうことなどできはしないのだ。


――――…


 魔力を使って畑の仕事も楽になり、リルは時間が余るようになった父と共に山に入る事が出来るようになった。

 山にある山菜や木の実、食べる事が出来るものから薬草まで色々と教えて貰うことが出来た。

 弓を持って山に入る。


 リルに合わせて作った父お手製の弓矢だ。

 その弓で動物を狙う。

 獲物の狩り方とその捌き方を父から受け継いで行く。


 始めて獲物を捌いたときはびくびくだったリルだが、今では手際良く捌けるようになっている。

 血抜きをしっかり行うことで肉が美味しくなる事を知ったリルはここでも魔力を使うようになった。

 魔力を流して血を抜き出すのだ。


 血液を追い立てるように魔力を流せばそのように働く。

 ナイフに魔力を纏えば力のないリルにも簡単に肉を絶つことが出来る。

 皮を綺麗に剥げばそれなりの値で売れるのでリルは父に丁寧に教え込まれていた。


 この山には魔獣は居るが魔物は居ない。

 魔獣と魔物の違いは獣であるかそれ以外であるかの違いだ。

 主に魔獣は動物が魔力によって変質したものだと言われている。


 異常な凶暴性と体内に魔石を持つと言われているが、リルは見た事がなかった。

 大抵の魔獣は山の奥深くに住んでいるから麓に降りてくる事はないのだ。

 そして、魔物は突然地中から沸き出てくる謎の生き物のこと。


 一説では魔力が強い場所に魔力が凝って生まれるのだと言われている。

 魔物が居る場所は大抵魔力が濃い場所だ。

 そう言った場所を魔力スポットと呼ぶらしい。


 ただそういった魔物たちの中にも例外が居る。

 それはホーネットと呼ばれる蜂型の魔物だ。

 大抵の魔物は生まれた場所から動くことは少ないがホーネットは自在に移動する。


 それは花の蜜を集める習性から来て居るらしい。

 それはトーラの村の傍にある山にも言える事でリルの目の前には巨大なホーネットの巣があった。


――――…


 その日は村長一家が村を離れて旅行に出かけるとの事で、代役を引き受けた父の代わりに家の事といつも行っている畑や狩をリルが代わってこなしていた。

 後は狩をして家に帰るだけだったはずのリルはあまりにも大きな虫の羽音を聞いてここまで来た。

 始めて見る魔物は巨大な蜂の姿で巣の周りを旋回している。


 蜂の大きさだけでも12歳になったリルと変わらない大きさを持っている。

 巣はそんなリルの5倍もある位の巨大さだった。

 普通の蜂の巣とは違って丸くはない上に歪な形だ。


 まるで砂の城のようにとげとげとしており巨大な巣を構築している。

 元来ホーネットはランクDの魔物と言われているが、それは単体での相手をする場合の事。

 巣を相手取る場合のランクは危険度Bに指定されている。


 リルには当然そんな知識はない。

 村に必要なのは畑を耕し作物を育てる事と日々の生活に必要な事だけだ。

 魔物を退治する事なんてないので当然どう対処すればいいのかも知るものは少ない。


 普通であればここで冒険者に依頼を出すところ。

 ただリルは目の前の甘味に釘付けだった。

 巣の中から香る蜜がリルの食指を燻る。


 リルはホーネットが危険だと言うことも知らない。

 見た目から危なそうだとは分かるのだがそれ以上に蜜の香りがリルの心を動かした。


「虫退治にはやっぱりあれかな?」


 巣の周りを旋回するホーネットごと魔力を使って包み込む。

 リルの脳裏にあるのは家のベッドになっている藁の事。

 藁の中の虫を退治するのには煙で燻すのが一番だ。


 リルは魔力で巣と外に居るホーネットを包むと魔力に火を点すイメージで火を起こした。

 リルの考えたのは燻すこと。

 一瞬で燃やすことも出来たはずなのにとった手段はじわじわと火で炙る方法だった。


 魔力の中に囚われたホーネットが外に逃げ出そうとするが、魔力の包囲網は突破する事は叶わない。

 巣からどんどんとホーネットが飛び出していく。

 見るもおぞましい状況になっているのだが、リルの目には巣の中の蜜しか映っていない。


 目の前の状況は完全に思考の外になっていた。

 魔物はしぶといのが常設だ。

 だが魔物とはいっても生きている以上は空気を吸うことが必要でじわじわと火によって炙られた空間は酸素がどんどんと欠乏して行く。


 次第にバタバタとホーネットが落ちていく。

 そしてすべてのホーネットが死に絶えた。

 リルは静かになった巣を砕いて中の蜜を舐める。


「んー美味しい。」


 うっとりと甘い蜜を堪能してリルはどうやって巣を持ち帰るかを考えた。

 ホーネットの事はそっちのけで砕いた巣をいくつか包んで持って帰る事にした。

 そこに絶望が待って居るとも知らずに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る