第12話 黒狼盗賊団結成
夜の闇が深くなり月が真上に迫った頃、シュラは黒い狼の姿を持った魔獣に体を預けて寛いでいた。
恐る恐るシュラと獣の様子を見ながらルイたちは遠巻きにして見守っている。
シュランガルムと呼ばれた伝説の魔獣が自分達の目の前にいるのも驚きだが、シュラがその魔獣と心を通わせているとしか思えない程の密着感と恐れもせずに触れ合う様子に度肝を抜かれていた。
見守りと言うと言葉は良いが、それしか出来ないと言うのが彼らの現状だ。
シュラはそんな彼らに気が付かないまま黒い巨大な狼と戯れていた。
首の付け根を擦ってやれば気持ち良さそうに目を細める魔獣。
その様子はハウンド種やガルム種を子供の頃から飼っている者が見れば同じ様な顔をしていると答えただろう。
大きさを考えなければ大差は無いと。
だが、そんな事を知る者などこの場には誰もおらず、ましてや伝説とまで言われたシュランガルムと戯れるような子供を見た事があるものも当然居ない。
「そうだ、名前が無いと呼ぶのに困りますね。」
ふと立ち上がったシュラが呟いて黒い狼の目を見つめた。
じっと瞳の奥を覗き込むように見ていたシュラはあっと声を上げると、名前を告げる。
「うん。カゲロウ!黒っぽいけど炎の属性を持っているよね。だから陽炎。立ち上る炎のような揺らめき。それが君の名前だよ。」
まるでその獣の本質を覗いたかのような名を付けた途端、黒い獣は遠吠えをあげた。
そして、シュラの前に伏せをした。
まるでそれは王に仕える臣下のように見える。
カゲロウと名づけた獣の頭をシュラは優しく撫でた。
「これからよろしくね、カゲロウ。今日から君も僕の家族だ。だから皆を紹介するね。」
楽しそうにシュラは一人ひとりカゲロウに紹介する。
恐る恐る全員がカゲロウと触れ合い紹介を終えるとシュラは疲れたのか、カゲロウの腹を枕にしてスヤスヤと寝息を立てて眠ってしまった。
この日からカゲロウが一団に加わり新たなスタートを切る。
共に過ごす時間が増えてカゲロウはいつしか一団に受け入れられていった。
――――…
山の中を黒い獣と一人の少年が駆ける。
木々の合間を縫うように走る姿はまるで風と一体になっているかのように素早い。
走り抜けた先は崖があった。
当然、ノンストップで走り続けていた少年はすぐに止まる事が出来ずにそのまま崖に落ちると思われた瞬間黒い獣が少年を引き上げた。
「あはは、うっかりやっちゃった。ありがとうカゲロウ。助かったよ。」
頬をかいて服を首の辺りで巨大な狼の口に咥えられ、宙吊りになった少年はトンと宙を蹴るようにして狼の背に跨る。
まるでタイミングを計ったように狼は少年を口から放していた。
「ガルゥ…。」
「うん、ごめん。心配かけました。」
まるで会話でも交わしているかのように話す少年。
長い黒髪はするりと後ろに括られてすっきりと纏められている。
金の瞳が特徴的な少年。
この地に来てはや4年の歳月が経っていた。
シュラは12歳となり、背もすらりと伸びて鍛えられた筋肉がしなやかに付いている。
すっかり野生児と化したシュラは今ではこの山を誰よりも知り尽くしていた。
カゲロウと共に探検したり、皆と鍛練したり、シュラはのびのびと育っていた。
時に街に降りて買い物をすることもあるが、今では一日中全員に魔法による変化をかけていられるくらいは特に意識しなくても出来るようになっており、呼吸するのと同じ様に自然と身に付いていた。
当然訓練の結果なのだが、今では普通に魔法も併用出来るようになっている。
「じゃ、行くか。」
シュラは風を圧縮した足場を作るとカゲロウに乗ったまま崖を降りていく。
傍から見れば空中を歩いているようにも見えるだろう。
カゲロウは魔力を見る事が出来る。
だからこそシュラの作った足場をしっかりと踏み歩く事が出来るのだ。
それもかなりのスピードで跳ぶように走るカゲロウは近くを飛んでいたホウホウ鳥を炎のブレスで焼いて落とすとしっかりと咥えたまま降りていった。
大地に降りるとカゲロウはしゅるしゅると小さくその姿を変化させる。
あの巨大な体が嘘のように小さく子犬の大きさに変化したカゲロウをシュラが片手で抱えて、もう片方の手でカゲロウが仕留めたホウホウ鳥を持って歩いていく。
ホウホウ鳥と言うのはホーウ、ホーウという泣き声を出す白い鳥だ。
ガーガの半分位の大きさだがその肉はかなり旨い。
白い羽は装飾にも使われるので重宝されるが、カゲロウの仕留めたホウホウ鳥は真っ黒に焼け焦げて使える所が無さそうだ。
「お、お帰りなさいシュラ様。」
出迎えてくれたのはフリットだ。
ホウホウ鳥の丸焼きを見てちょっと残念そうな目をしている。
だが、カゲロウが獲った得物だ。
文句は言えない。
「ただいま、フリット。皆は?」
魔力で位置は把握で来ても何をしているかまでは分からない。
「イワンとオルグ、それにジャズは例の件で潜入していますね。ゲン爺は調合した薬を売りに行きましたし、ルイさんは情報収集ですかね。」
「ふーん、何か新しい事でも分かったの?」
「いえ、ただ今回はかなり簡単そうですよ。」
「簡単?」
フリットの言葉に首を傾げるシュラ。
その横で退屈らしいカゲロウが大きく欠伸をしていた。
「えぇ。今回狙う予定の例の呉服店ですが、金銭の管理が杜撰らしくって。」
「それで?」
「領主に支払うはずの税を誤魔化している証拠の帳簿もかなり簡単な場所に置いてあったとジャズが。」
「それって随分間抜けな店だな。」
「えぇ。逆に罠かと疑いたくなるような感じなのですが、ルイさんの調べでもそういうのは無さそうだと。」
「つまり、あれかな?かなり強引な手で服を高値で売りつけて帳簿を誤魔化して税を軽くしているけど、悪いことだと思ってもいないから堂々とやっているとか。」
「えぇ。恐らくですが。警備もかなり適当らしくって、イワンも潜入しておきながらも呆れ返っていましたよ。」
「んーと。それならそろそろ撤収しても良いかもね。潜入して大体は掴んでいるんでしょ?」
「えぇ。では伝えておきましょうか。」
「いや、風で伝えるから俺がやる。」
「あ、はい。風?」
「ま、見てなって。」
にやりと笑ってシュラは魔力を集中させる。
風の属性を持った細い道を全員に繋ぐ。
『そろそろ仕事だ。全員撤収しろ。』
『了解しましたシュラ様。すぐに引き上げます。』
「な、い、今のは?」
「風を使った伝達。面白いでしょ?」
楽しげに笑うシュラは突然頭に声が響いて驚いてきょろきょろしているカゲロウを撫でて落ち着かせる。
「これの問題は全員に繋げるから細かい指示を出すのには向かない所だね。一人一人の名前を言って伝えないと混乱しそうだ。」
「でも遠くにいても伝達が出来るのは凄いですよ。」
驚いて感激しているフリット。
だがシュラはこの後イワンとオルグ、それにジャズに怒られる事になる。
なぜなら事前に言っていたのならまだしも、唐突に頭に声が響いて明らかに挙動不審な態度を取らせてしまったからだ。
唯一対処できたのはルイくらいだ。
風の魔力を感知したルイは落ち着いてそれに応える事が出来た。
だが魔力をほとんど持たないイワンとオルグ、ジャズは突然頭に響いた声に思わず声をあげてしまったらしい。
だが新しい魔法としてシュラが編み出した伝達魔法はかなり有用だ。
これならすぐに指示を出せるし遠くにいても連絡が付く。
ただ、一方的にしか出来ないのが難点だ。
返事を返せるのはルイぐらいなのだから。
「さて、黒狼盗賊団の活動開始と行こうか。」
シュラの言葉で全員が行動を開始する。
夜の闇にまぎれて暗躍する盗賊団。
シュラはこれの名を自分とカゲロウから取って黒狼盗賊団と名付けた。
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