第11話 黒き狼との邂逅

 街で山籠りの準備を終えた一行は伝説と言われるメイルーン山に入った。

 恐れられて誰も寄り付かない山は手入れがされていない為に人の通る道はない。

 鬱蒼と繁る木々の合間を縫うように進み、拠点となる場所を探す。

 出入りに近すぎても遠すぎてもいけない。

 水の確保も必要だ。

 それに加え暫く滞在する事を考えれば、雨風が凌げる場所が良い。

 シュラ達は数日の間山を歩き回って、やっと拠点になりそうな洞窟を見つけた。

 そこを基点にそれぞれ鍛練を開始する事にした。

 シュラはオルグと共に狩に出ていた。

 山の中を歩き獲物を探す。

 随分と歩き回って立ち止まるとふと視界に獲物の姿が映った。

 クリスタルディアーと呼ばれる水晶の角を持つ鹿のような魔物だ。

 透明の角が太陽の光に反射して虹色に輝いて見える。

 水晶の角は見栄えがよく装飾に使われる。

 その為貴族によく好まれ、高値で取引されている。

 かなり乱獲されているらしく、数が激減したことがあり希少価値が上がっている。

 シュラは小型のナイフを構えるとそっと狙いやすい位置に移動する。

 そしてクリスタルディアーを狙ってナイフを投げる。

 一投目は見事に避けられて次のナイフを更に投げつける。

 こちらに気付いたクリスタルディアーが角でナイフを跳ね返した。

 その瞬間、上から投げ網がかかる。

 ジャズだ。どうやら木上から狩を見ていたらしい。

 見事に網にかかったクリスタルディアーは暴れ回っているが、網で身動きが取れない為簡単に捕獲されてしまった。


「ジャズ、獲物を横取りするなんてズルイです。」


「でもシュラ様あのままだと逃げられましたよ。」


「うぐ。」


 図星を指されてシュラは思わず呻いた。

 そんなシュラをオルグが宥める。


「ま、惜しかったけどな。あと少し追撃を早く出来るようになればちゃんと当たるようになるさ。」


「うん。次こそ頑張ります。」


 クリスタルディアーの血抜きをしながら更に獲物を探す。

 魔法を使えば簡単に見つけることが出来るのだが今はそれをするよりも、全員に魔力で髪色と瞳の色を変化させて維持する訓練を優先しているため複雑な魔法を使うのが難しい。

 身体強化程度なら問題ないのだが少しでも気を抜けば変化が解けてしまう。

 それをしながらのナイフ投げなのでかなり高度な技術を取得しようとしているのだがシュラがそんな事を知るはずがない。

 魔法の応用技術ならずば抜けているシュラだが、それ以外の知識はかなり疎らで抜けている。

 血抜きが出来たら解体していくのだが、これは水場が近い方が良いだろう。

 血と油でナイフが切れにくくなるのは分かりきっている。

 だがシュラはそれを魔力で解決してしまった。

 ナイフを魔力で纏って切ると簡単に肉を絶ち切る事が出来ると気がついたからだ。

 身体強化の応用なので変化の魔法を掛けつつも併用が可能だ。

 さくさくとバターを切るように解体していくシュラを見てオルグはかなり羨ましそうだ。切った肉を大きな葉で包んで分けて持ち歩く。

 帰りがけに本日2匹目の獲物を見つけたシュラは今度こそはと張り切る。

 見つけたのはダチョウのような大きな鳥。

 足が速く飛ぶことは出来ないが鋭い嘴を持っている。

 ガーガと呼ばれる魔物でその卵はかなりおいしい。

 大きな卵を産むため逃げ出したりしないように囲いを作って育てたりもするらしい。


「よし、ガーガを捕まえて飼いましょう。」


 そう宣言したシュラはガーガがいる近くの木に登り始めた。

 ガーガはかなりおっとりしている魔物なので近づいても気付かれないことが多い。

 ただし、ビックリさせたり怒らせたりするとかなり強暴だ。

 シュラは木からガーガの上に飛び乗った。

 驚いたガーガが飛び上がって勢い良く走り出す。

 ガーガに跨って足でガーガの横腹を押さえてバランスを取る。

 そして木の弦を輪のようにしてガーガの嘴に引っ掛けると勢い良く弦を引いてガーガの進行を制御する。

 まるで暴れ馬を止めるようにガーガを大人しくさせたシュラは騎乗したままオルグとジャズの元に戻ってきた。


「はは、大したもんだシュラ様。」


「お見事でしたっすシュラ様。」


 二人の賞賛を受けて照れるシュラは先ほど解体した獲物をガーガに括り付けて拠点へと戻った。

 帰るなり洞窟の傍の木にガーガを括っておいた。

 ガーガは果物や魚などを食べるので帰り道に採取も忘れずに行っている。

 餌と水を与えてから自分たちの食事の準備に取りかかる。

 拠点を守っていたルイやイワン、ゲン爺が火を起こしたり、寝床を作ったりして待っていた。


「お帰りなさいシュラ様、オルガ、ジャズ。」


「ただいま帰りました。ルイ、ガーガ捕まえたんだ。」


「へぇ、凄いじゃないかシュラ様。狩の腕、上達しましたね。」


「うん。これでガーガがメスなら卵が毎日食べられるよ。」


 うれしそうに今日の戦果について語るシュラを微笑ましげに見つめる。

 シュラと生活を共にするようになって3月。

 少しずつ成長しているシュラはすでに一団に溶け込んでいた。


 辺りはすでに薄暗くなり夜が近づいている。

 クリスタルディアーの肉を下ごしらえして…といっても調味料は塩ぐらいしかないが味をつけて火で炙っていく。

 胡椒や砂糖と言った調味料はかなり高価でそうそう手に入れることは出来ない。

 採ってきた山菜や薬草などを鍋で肉と一緒に煮込めば簡単薬草鍋の出来上がりだ。

 野菜の切り方が疎らなのはフリットを手伝ったシュラの切った分が混じっているからだ。

 素朴な塩味の効いたスープと脂の滴り落ちる肉が今日のご飯だ。

 全員の皿に盛り付けて食べ始める。

 夕餉の準備が整ったのは月が空に浮かんで夜の風が吹き始めた頃だった。

 炙ったクリスタルディアーの肉は淡白な味わいでさっぱりと食べられる。

 血抜きが上手くいったのか肉の臭みも少ない。

 炙って焦げた所がカリッとして食べると中の肉汁と交わってなんとも言えない旨みが口の中に溢れ出す。

 食事を堪能していたシュラ達だが、ふと気配を感じて臨戦態勢を取る。

 それぞれの得物に手を掛けていつでも動けるようにと身構えた。

 ざわりと風が吹いて妙な緊張感が走る。

 姿を現したのは両の手足を大地に付けた状態でも山々に生える木々と同等の高さを持った獣。

 黒い毛並みを持ち、瞳は金色に光っている。

 赤い口がてらてらと光って見えて夜空の月の光がそれを更に強調する。

 伝説の魔獣、黒き獣シュランガルムがシュラの目の前に立っていた。

 唸り声が静かな夜に響き渡る。


「黒い獣…まさか伝説のシュランガルム!」


「やべぇ、ルイさん。シュラ様を連れて逃げろ。」


 イワンとオルグが目の前の獣から目を離さずに叫ぶ。

 ジャズやフリットは腰を抜かしている。

 ゲン爺はというと泡を吹いて倒れていた。


「シュラ様、このまま下がりますよ。」


 そう告げるルイをシュラは横に押し退けた。


「シュラ様?」


 シュラと黒い獣の目が合う。

 空気がしんと静まり返り冷たい夜風が通り抜けた。


「……あ、もしかしてここは君のお家だったの?」


 シュラは言葉が通じているのか分からないが、ふと思った事を素直に口に出す。

 当然獣が言葉を話すはずもなく返事はない。

 それに構わずシュラは目の前の巨大な狼の姿を持つ獣に話しかけた。


「うーん、俺たち暫く体を鍛えるのにここに住むつもりなんだ。良ければ洞窟の片隅でもいいからさ、一緒に住んでもいいかな?あ、一緒に住むなら家族みたいなものだね。」


 にっこりと笑いかけて首を傾げて住んでもいいかと獣に打診するシュラに一同呆気に取られる。

 人族の言葉で話しかけた所で獣に話が通じるわけがない。


「今さ、家族みんなでご飯食べている所なんだ。今日のご飯は皆で協力して作ったんだ。君も家族になるなら一緒に食べようよ。」


「シュラ様!!」


 慌てるルイを気にもかけずにシュラは堂々と黒い獣に歩み寄った。

 その足取りは軽く自然な形で獣の懐に入る。

 制止する間もなくシュラは巨大な獣の前に立った。

 そして切り分けた肉を獣の口元に持っていく。

 黒い獣は一瞬躊躇った後、シュラの手元の肉の匂いを嗅いだ。

 そして少し間を置いた後、ぱくりと肉を口にする。

 黒き獣はあっという間に肉を飲み込んだ。


「ありゃ、ぜんぜん足りないね。ちょっと待っていて?持ってくるから。」


 そう言うと、シュラはくるりと獣に背を向けた。

 普通に考えて獣相手に背を向けるのは危険だ。

 だが、シュラは恐れもせずに自然な動作で肉を取り、再び獣に与える。

 黒き獣はシュラに言われるまま動かなかった。

 その事にも驚きだが、シュラの突拍子も無い行動に目を奪われていた一同は獣がシュラの言葉に素直に従っていることに気付けないままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る