第10話 出回った手配書

 ゴロツキ達の根城はすぐに分かった。

 だがそれ以上にその日のことを知っている男が酒場に居た。


「お、俺は見たんだ。幽霊みたいなガキだった。血のついた服を着て歩いてきたんだが、青白く光って見えて、おまけに金の目が蛇みたいでよ。あいつ、ドンガの家の扉を踏みつけるみたいに蹴破ったんだ。小さな子供が出来ることじゃねぇ。しかも腕を振っただけでドンガの腕が飛んだんだよ。血を噴出しながら座り込んだドンガに近づいて話をしたかと思ったら次の瞬間にはドンガが肩からばっさりと別れたんだ。ありゃ、人の仕業じゃねぇ。化け物だ。一度外に出たと思ったら忘れ物したみたいに戻って手を掲げただけでドンガが跡形もなく燃えて消えたんだ。俺は恐ろしくて角のところで震えるしかなかった。しかもドンガの手下達はそのガキに付いて行ったんだよ。ありゃ、正気の沙汰じゃねぇよ。」


 震える男はかなり怯えている。

 一体何がそこまで恐れを抱かせるのか。


「だけど、恐ろしいのはそれだけじゃねぇ。付いていった手下達。あいつらどこかしらからだの一部を失った奴らだった。ルイって騎士崩れの男は右腕がむかし毒で動かなくなったはずなのに、次の日には普通に動くようになっていたし、イワンは見えなくなったはずの目に付けていた眼帯が外れていた。ジャズやフリットの野郎も浮き足立った感じで治ったと喜んでいやがった。一番恐ろしかったのは魔物に食われたはずのオルグの足が生えていた事だ。あいつら、悪魔か何かと契約でもしたに違いない。あのガキはきっと悪魔の使いだったんだ。」


 その話を聞いた公爵とナイルズは考え込んでしまった。

 魔法を使える二人はまず詠唱なしで魔法を使ったと言うこと、複数の属性を扱っていることに気がついた。

 なにより大きいのは回復魔法を使ったであろう王子の力だ。

 普通欠損して時間が経ったものなどいくら回復魔法をかけても戻る事はない。

 それが戻ったと言うのは信じ難い事だ。

 だが、目の前の男が嘘を言っているようには見えなかった。


「それで、その子供はなぜドンガを殺したのだ?」


 そもそもなぜリュシュラン王子がドンガを殺さねばならなかったのか。

 公爵は嫌な予感が脳裏を過ぎったが、それでも聞かずには居られなかった。


「それは知らないが、ドンガが昼間にかなり上物の娼婦を殺したと言いふらしていたって聞いている。事の後に金を払わずに殺してやったと笑っていた…もしかしたらあの子供はその女の家族だったのかもしれない。」


 それを聞いた公爵は手が白くなるほど拳を握り締めた。

 最悪の想定は当たってしまった。

 だが、失ったものはもう戻らない。

 ナイルズも声をどうかけたらいいのか分からず沈黙の時が過ぎる。


「ナイルズ殿、殿下の捜索だが急いだ方が良いだろう。」


「ええ。そのようです。」


「この件は私から陛下へ報告する。それから探し人として殿下を手配しよう。生きているのが分かったのだ。それにルイという男は騎士であったなら調べれば誰か分かるかもしれない。殿下と一緒に居るのなら共に手配しておこう。賞金をつければ見つかるのも早いかもしれないね。」


「閣下、それは。」


「娘が息子同然に大切に育てた子だ。息子ということは私の孫も同然だ。彼に私も会って話がしてみたくなったのだよ。手配に関しては私の方からやっておくから、ナイルズ殿は今までどおり殿下を探してくれればそれでいい。見つかったら私にも教えてくれ。」


 そう告げた公爵は娘を失った悲しみもあるが、娘が育てた子供に興味を持ったようだ。

 それも孫として扱うという。

 複雑な思いのままナイルズは静かに頷いた。


――――…


 程なくして手配書があちらこちらの街や村に配られることになる。

 そんな事は露知らず旅を続けていたシュラ達は先行して街に入ったジャズの知らせを受けて愕然となる。


「えっと、俺とルイが…手配?」


「そうらしいっす。酒場やギルドに姿絵が貼られていますね。あ、シュラ様は特徴が書かれていただけなんすけど、ルイさんは姿絵がありましたね。」


「…そうか、では街に入るのは難しいかもしれないな。」


「そうじゃの、変装でもしない限りは入れんじゃろうて。」


 ルイがポツリと呟く。

 シュラは不安げにルイを見上げるがゲン爺の言葉で閃いたことがあり、徐にカバンの中を漁りだした。

 その中から手鏡を取り出すと光属性の魔法を使って色を変えてみる。

 黒い髪は黄金色の髪へと変わり、金の瞳は青い瞳へと変わる。

 それをルイにも同じようにかけた。


「これは、すごいな。というかシュラ様、これ前からやってれば嫌な視線を受けることは無かったんじゃ。」


 唖然としたルイはシュラを見つめる。

 その側で見ていたオルグが二人の周りをぐるりと回って確認した。


「問題なさそうだ。だが、シュラ様これって維持は大丈夫ですかい?」


「うーん…あんまり長い時間は無理かも。訓練しないと駄目ですね。それに色を変えるって考え今まで無かったですし。」


「街に入るまでの辛抱です。変装用の鬘でも被ってしまえば後は大丈夫でしょう。」


 シュラの頭をぽんぽんと撫でてルイが歩き出した。

 それに慌ててシュラが付いていく。


「俺達も変装道具を揃えておくか。」


 二人の後姿を見てイワンがこの先の事を思って口にする。

 自分達も手配されないとは限らない。

 むしろ色々とやってきた以前のことを思えばもっと早くに準備するべきだったと後悔した。


「ま、そうじゃな。今のうちから準備しておいた方がよいじゃろうて。」


 ゲン爺がそんなイワンの肩を叩いて笑う。


「なんせ将来大きな男になりそうな子をこれからワシらが育てるんじゃ。将来の備えとして準備はするに越した事はないわい。」


 街へと入りすぐに必要なものを揃える。

 道中で狩った獲物の素材を売って金を作り、その金で宿を確保した。

 変装用に準備した鬘や深めのフードなどだけではなく、山に篭った際の保存食なども大量買いしておく。

 今回のような事態を考えると今までの風貌で居るのも危険だとイワンとオルグは考えた。

 ルイやシュラを見習って身奇麗にする。

 髭を剃ったり、髪を整えたりすると驚くほどの変貌を遂げた。


「わぁ、イワンもオルグも見違えましたね。」


 つるりと綺麗に髭を剃って髪を整えた二人は別人のようだった。

 ジャズやフリットは比較的身奇麗にしていた為そう変わらなかったが、劇的に変わった二人は以前と違ってかなりの男前だ。

 全員鬘で変装してみたがやはり違和感が出てしまう。

 付けている感が拭えないので不自然さが際立ってしまうのだ。

 シュラはそれの上に自分の魔法で全員をカバーしてみる。

 自然な風合いに見えるのだが、かなり練習しないと維持するのが難しそうだ。


「なんだか、あちらこちらに移動する魔力を頭で追いかけている状態といえば分かりやすいでしょうか。」


「確かにそう聞くと難しそうに聞こえますね。」


「あ、でもこれなら全員の場所を把握するのに良いかもしれない。迷子にならないように。」


「迷子になりそうなのはシュラ様ぐらいですけどね。」


 ルイの言葉に思わず全員から笑いが噴出す。

 笑われた当人は膨れっ面になっているが。


「むぅ、迷子になんてならないもん。」


「そうしてくれ。探すのは大変だからな。」


 和やかな一時が流れる。

 これから暫くは山篭りだ。

 こうしてゆっくりと休めるのはいつになるのか分からない。

 山にはベッドもなければ安全な場所もそうあるわけではないからだ。

 常に魔物や動物に意識を向けて警戒し、如何なるときも対処できるように訓練しなければならない。

 シュラはまだ幼いながらにかなり厳しい環境で育てられることになる。

 それはシュラの今後の為でもあり、生きる為の力を身に付けさせる為でもあるのだ。

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