第9話 旅に出る

 シュラに誓いを立てた彼らだが治った体が馴染むまで鍛錬が必要になった。

 そこで、ルイの提案を受け西へ移動することになったのだ。

 かつて黒き狼であるシュランガルムが住んでいたとされる山。

 メイルーン山そこは伝説となっており今も魔獣が住んでいる可能性があると誰も近づかない。

 だからこそ隠れて鍛錬するにはもってこいの場所なのだ。

 なんせ全員が脛に傷のある者ばかり。

 もはや普通の仕事になど就けるはずがない。


「旅支度を整えたら早速向かいましょう。」


 ルイは時折シュラに対して敬語を使う。

 使い分けているのには理由がある。

 今は幼いシュラだが何れ頭として立つ時に手下たちに舐められないようにする為だ。

 その為シュラにも言葉などで時折注意が飛ぶ。

 僕から俺へ敬語も大事だが、部下への命令にまで敬語では示しが付かない。

 使い時を覚えさせる目的で色々と注文を付けているのだ。


「旅か。僕、こうして歩いて行くのは初めてです。」


 そういったシュラにルイの拳骨が飛ぶ。


「いった、何するんですルイ。」


 頭を手で押さえ、涙目で見上げるシュラ。


「僕って言ったら拳骨だと言っておいたでしょう。」


「むぅ、すぐに変えるなんて無理ですよ。えっと、俺だっけ?何だか偉そうで嫌だなぁ。」


「慣れてください。貴方は俺たちの頭なんですから。」


「わ、分かったよ。はぁ、なんでこうなったんだろう。」


「ま、気長に行けばいい。旅は長いからな。」


 旅に慣れていないシュラだが、体力は幼い年齢にしてはかなり多く順応力もあった。

 旅の間はオルグが野営の仕方や森の歩き方、山の歩き方を教え、剣や護身術をイワンから学ぶ。

 取れた獲物の解体や料理の仕方はフリットが、獲物の探し方や罠の仕掛け方はジャズが教える。

 薬草についてはゲン爺が詳しく、調合なども学んでいく。

 そしてルイは常識や魔法について一般的な知識をシュラに与えていく。

 無詠唱の魔法を使うなど規格外なシュラに標準的な方法を教え、魔法に頼らない生き方を学ばせるようにした。

 イザという時に何も出来ないのでは危険だからだ。


――――…


 ナイルズは8年前王子を見失った事を悔いていた。

 男爵の手紙で城から王子が男爵の屋敷にいると聞いて向かったのだが、そこに王子は居なかった。

 何者かに連れ去られ再び行方が分からなくなってしまったリュシュラン王子。


「リュシュラン殿下、一体どこにいらっしゃるのですか。」


 これだけ探しても見つからない。

 ナイルズは目撃証言も得られずに空振りばかりしていた。

 だがある日、酒場で食事をしている時にふと奇妙な噂を聞いた。

 幽鬼が出たと言うのだ。

 それも黒髪で金の瞳を持った子供の幽鬼。

 青白い光を纏った子供…。

 今までと違って有力な噂。

 ナイルズはその街へすぐに向かった。

 信憑性のない噂ではないとナイルズは確信していた。

 なぜなら男爵の屋敷から一番近い街でナイルズも初めに来たときに立ち寄っている。

 だが、その時は有力な情報は得られなかった。

 急いで噂の街へと入るとすぐに聞き込みを開始した。

 すると意外なことに黒髪の男の子の話はすぐに聞くことが出来た。

 頻繁に顔を出していたらしい冒険者ギルドの買い取りカウンターへとナイルズは向かった。


「すまない。聞きたい事があるんだが。」


「あぁ、旦那一体何が聞きたいんですか?」


 男が作業の手を止めてカウンター越しにナイルズと向き合った。


「黒髪で金の瞳を持った子供を探している。知っていることがあれば教えて欲しい。」


「黒髪?あぁ、あのガキがなにかしたんですかい?」


「いや、さる高貴な方のご子息で行方不明になっている子供を探しているのだ。この街で見かけたという情報があったので立ち寄らせてもらった。」


「へぇ、あの子ならここ2週間ほど見ていませんね。以前は毎日のように薬草やら毛皮を売りに来ていたんですが。」


「どこに住んでいるか知っているか?」


「確かここらじゃ見ない程に綺麗な女と一緒に住んでいましたね。下町の奥のほうに住んでいるらしいとしか知りませんが。」


「そうか、ありがとう礼を言う。」


 そう言ってナイルズは情報量を幾ばくか渡すとギルドを後にした。

 下町の方へ歩いていく。

 衛生環境の悪そうな路地を歩いていると外はまだ明るいのになんだかこの場所は暗く見える。

 男の子が住んでいたらしい場所はすぐに見つかった。

 思いもよらない人物も一緒に。


「これはナイルズ殿ではありませんか。」


「メルディー公爵閣下…なぜこのような場所に。」


 薄い紫の髪を後ろに撫で上げて声をかけてきた男はメルディー公爵家の当主であるレイオス・メルディー。

 薬草学に長け国の医療分野において一番の実力を持つ男だ。


「行方不明になっている娘の品がこの街で売られたと聞いてね。そこから辿ったらここに着いた。」


 すでに空になっている部屋を見て悲しげに目を伏せる。

 だがその部屋はナイルズが探していた場所でもある。

 奇妙な偶然にナイルズは首を傾げる。


「ここ…ですか?」


「そうだ。ところでナイルズ殿はなぜここに?いや、そう聞くのは野暮と言うものか。」


「私もリュシュラン王子らしき人物の目撃証言を辿ってここに。この家に住んでいたと聞いています。」


「なんと。では娘が王子を育てていたと?」


「どういった経緯かは分かりません。まずは話を聞いて見なければ何ともいえませんが恐らくそうなのでしょうね。」


 家主を探して話を聞きにいくというナイルズ。

 当然公爵も付いていく。

 娘がどうなったのか知りたいようで知りたくないような気持ちを抱えたままだが、そういった素振りは全く見せることはない。


「あぁ、黒髪の子供ね。居たよ?つい2週間ほど前に柄の悪い男達と一緒に部屋の物を全部売り払って出て行ったけどね。全くお母さんもどうしたんだろうね。あの日を境にぱったりと見なくなってしまって。あの子も良い所のお嬢さんだったんだろう?」


「その娘はここでずっと暮らしていたのかね?」


「そうさ。ここに来たときは本当に何にも出来ないお嬢さんだったんだよ。絞めた鳥をおすそ分けに持っていったら解体の仕方が分からなくてね。しばらく一緒に教えたもんさ。」


 家主のおばさんは懐かしむように笑った。


「半年くらいで子供を産んだんだけどね。生まれて暫くして病気で死んじゃったもんだから本当に塞ぎこんでしまって大変だったよ。そういう意味では救われたのかも知れないね。黒髪であっても自分の子供と重ねて大切に育てていたようだから。」


「な!子供を産んだだと?」


「そうさ、なんか訳有りだったんだろう。父親のことは頑なに喋らなかったからね。」


「そうか。」


 公爵はそれを聞いて心当たりがあったようで、複雑な表情を浮かべている。


「その、子供と一緒に居た柄の悪い男達というのは?」


「あぁ、この辺りで悪さをしているゴロツキ共さ。親分がドンガって男でね。昔はそんな悪い事をする奴じゃなかったんだけど。その周りにいた男達と一緒だったから悪い事にならないと良いけど…黒髪は唯でさえ生き辛いんだから。でも、帰るときはあの子、寝てしまっていてね。ルイって呼ばれている男が大切そうに抱えていたから大丈夫だとは思うんだけどさ。」


「あなたは、黒髪に偏見がないんですね。」


「いや、そんな事はないよ。でも8年もずっと見てきたからね。悪い子じゃないのは知っているし、躾もしっかりしていたからね。」


「そうですか。ドンガという男がどこに住んでいたかは?」


「知らないよ。でも酒場の連中なら知っているんじゃないかい?溜り場だったからね。」


「教えてくれてありがとう。」


 礼をしてから公爵と共に酒場へと向かう。

 ゴロツキに連れて行かれたリュシュラン王子。

 ナイルズは一体どんな事になっているのか心配で堪らない。

 奴隷として売られたりするかもしれない。

 子供だからこそ無理やり連れて行かれた可能性もある。

 そして消えた娘のことを思う公爵は最悪の想定をしながら酒場へと歩いた。

 最悪の想定とは娘がすでにこの世に居ない可能性だ。

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