第8話 不思議な力
カッとのどが焼けるように熱くなり苦味が口の中に充満する。
2度目も顔を顰めたシュラは酒なんかに負けてたまるかともう一度口にする。
ぐびっと中の酒を飲み込む。
熱くなった体にぽわんと意識が溶ける。
頬はほんのりと赤く染まり陶酔してとろんとした瞳になったシュラはルイによたれかかった。
「おっと、一気に酒を飲むから。」
左手でシュラを支えるルイを見て、シュラはルイの右腕が動いていないことに気がついた。
「あぁ、これですか?昔へまをやって動かなくなっちまったんですよ。」
遠くを見つめるように言うルイはなんだか寂しそうで、シュラは右腕をぎゅっと抱きしめる。
冷たく動かない右腕は母様の最期の冷たさにも似ていて切ない。
ルイは懐かしむように昔話を始めた。
「俺はね、今のようになる前は国の上級騎士だったんだ。」
「上級騎士…貴族だったの?」
「そう。憧れていた騎士になって民を助けるのが役目だって俺はそう信じていたんだ。」
「うん。それで?」
「だけどある時、俺達の第三師団がある貴族の不正に関わっていたのを知ってしまった。正義感で暴こうとしたら逆に嵌められて…。」
目を細めてかつての自分を思い出す。
ルイは信じていた仲間に裏切られた時の悲しみと悔しさは今も忘れてなどいない。
「最悪だったよ。右腕に傷を付けられて返り討ちにはしたものの、その剣に毒が塗られていたなんて。お陰で命は助かったが腕は動かなくなっていた。おまけに俺はそいつらの不正を被らされて、家からも追放されてしまった。」
そっと左の手で動かない右腕を摩る。
シュラはルイを見上げて続きを促した。
「どうしようもなく街で自棄になって酒を飲む日々を過ごしていた。そして腐っていた俺を助けてくれたのはドンガさん…お頭だった。あの時は本当にいい人だったんだけどな。いつからか助長して性格も変わっちまった。あの人はきっと大切な人を亡くしたあの時に心が死んでしまったんだろう。」
語られる話に耳を傾けていたシュラはとうとう眠気に抗えずにうとうとと眠りこける。
ぎゅっと抱きしめた右腕はしっかりと握られていてルイは動けないままだ。
「こうして眠っていると普通の子供なんだな。」
ルイはシュラの頭をそっと優しく撫でた。撫でていると嗚咽が聞こえてくる。
「…っう…か…さま。」
ぽろりぽろりとシュラの頬を涙が濡らす。
それはルイの腕にも伝って染み渡る。
じんわりと暖かな涙がルイの腕に変化をもたらす。
ぴくりとルイは自分の右腕が反応したのに気がついた。
「え?」
驚いたルイはゆっくりと右腕に意識を向ける。
指先まで動かなくなっていたはずの腕はルイの意思に従ってピクリと動く。
じんわりと腕が熱を持って温かい。
「一体何が…。」
ルイは右腕を枕にして眠るシュラを見つめる。
涙の伝った右腕とシュラを交互に見るとまさかと頭を振った。
だが原因はそれしか考え付かない。
そっとシュラを腕から外して具合を確かめる。
「…嘘だろう?」
動かなくなったはずの右腕はルイの思い通りに動くようになっていた。
指をぐーぱーしながら指先の感覚を確かめる。
そこにイワンやオルグ達が帰ってきた。
右腕と指を動かしているルイに驚く一同。
「ルイさん、腕…動くようになったんですかい?」
「あぁ、そうみたいだ…。」
「そうみたいって、ちゃんと動いていますぜ?」
「何が何だか…いや、やはり確かめて見よう。」
ルイはシュラから涙を掬い上げるとゲンと呼んでいる一番年配の男を呼び寄せた。
「ゲン爺、腰が痺れるって言っていたよな?」
「あぁ、それがどうしたんじゃ?」
「舐めてみてくれ。」
「は?それをか?」
怪訝そうに尋ねるゲン爺。
当然だ。涙を舐めろと言われてすぐに応じる事が出来る者などそうは居ない。
「いいから、確かめたいんだ。」
「むぅ。」
半信半疑のままルイの指に付いたシュラの涙を舐め取るゲン爺。
少しすると驚いたように跳ねた。
それから奇妙な踊りを踊るゲン爺に周囲は唖然とする。
「ゲン爺、いきなり変な踊りを踊って何してるんだ?」
思わず問いかけたオルグにゲン爺は掴みかかる。
うぉっとよろめいたオルグに構わずはしゃいだようにゲン爺がくるりと回る。
俊敏な動きに一同驚きを隠せない。
「見てくれ、腰も痺れがなくなって体が軽くなった!すごいぞこれは。」
若者のようにはしゃぎまわるゲン爺をなんとか落ち着かせると、皆の視線がルイに集中する。
「ルイさん、一体どういう事ですかい?」
問われたルイは分からないと前置きして全員を見渡す。
目の前に居る彼らは全員がどこかしら傷を負っている。
「だが、こればかりはシュラ様にお願いするしかあるまい。それから、この事は誰にも言うな。漏らせば命はないと思え。」
そういって、すやすやと眠る黒髪の少年を見つめた。
全員の視線がシュラに集まる。
「奇跡が起きるかも知れないな。」
ルイはそっとシュラを優しく抱えこんだ。
――――…
「えっと、これってどういう状況です?」
目の前には膝まずいた男が6名。
シュラが目を覚ました途端にこの状況。
「シュラ様、お願いです。涙を下さい!」
口を揃えて涙を欲しがる男達。
さっぱり意味不明な状態のシュラは二日酔いによる鈍い頭痛に顔をしかめつつもルイに説明を求める。
「実は…。」
ルイによると、どうやら僕の涙に治癒の効果があるらしくその恩恵に肖りたいのだという。
回復魔法は古傷を治すことは出来ない。
それを治せるかも知れないと期待しているのだ。
「泣けと言われても…そう涙なんて出ませんよ。」
その言葉にがっくりと肩を落としつつも、そうだろうなと納得顔の男達。
「とりあえず、ルイさんお酒持って来てください。」
「………朝から酒ですか?」
シュラの意図が分からず問い返すルイ。
「涙でなくても良いかも知れないでしょう?」
酒の瓶を開けるとふわりと安酒の匂いが辺りに漂う。
そして腰に差していた解体用のナイフを抜いて腕に傷を付ける。
その行為に全員が呆気に取られるが、ポタリポタリと垂れる赤い血が酒と混じり合う。適当な所で傷をペロリと舐めた。
「な、何をするんだ!いくら治して欲しくてもシュラ様を傷つけてまでは誰も望まない。」
固まっていたルイがシュラの傷ついた腕を手当ての為に引き寄せる。
「平気です。…治癒。」
ふわりと柔らかな光が傷を覆う。
光が消えると傷はどこにも見当たらなかった。
「治癒…回復魔法だと?まさか。」
ルイの脳裏に一瞬白銀のイメージが沸く。
だが黒い髪を持つシュラを見て、そのイメージは心の奥底に閉じ込めた。
もしそうだとしても、将来仕えるに相応しく成長するであろうシュラを手放す気持ちなど無かったからだ。
酒を全員に配ると乾杯の音頭と共に一気に飲み干す。
効果はすぐに現れた。
思いもよらない激痛も共に。
神経を修復する事や簡単な病に痛みはない。
だが、欠損を修復するとなると話が別だ。
治そうとする痛みに騒然となる男達。
その痛みはシュラの光が消し去った。
ふわりと暖かな光が全員に降り注ぐ。
幻想的な光景に誰もが息を飲んだ。
その光が消える頃には失ったものがまるで生まれたての状態で治っていた。
取り戻したそれをゆっくりと確認する。
「見える。左目が見えるぞ!」
眼帯をゆっくり外して片方の目を隠して確認するイワン。
「足が、足がちゃんとある!」
かくんと足を生まれたての小鹿のようにして踏みしめるオルグ。
筋肉があまり付いていないため以前と同じにはいかないが、自分の足で立つことに感激している。
「ふぉおお!今のわしは若者に負ける気がせんわい。」
奇妙な動きをして体の動きを確かめているゲン爺は心なしか若返って見える。
「なんだか体の奥底から力が溢れる感じっす。指の感覚も戻って来てるし…。すごいっすね。」
ジャズは罠の解除でへまをして毒針を受け、指の感覚を失い罠師としての生命を絶たれた男だ。手の調子を確認しながら呟く。
「味覚が戻っています!これでちゃんと料理ができます!」
以前は料理人として店を構えていたフリットは、同業者の男にその腕を恨まれ毒を盛られた。
命の変わりに味覚を失ってしまった男だ。
久し振りの酒の味に感激している。
「これは…封じが解けた?」
ルイの中に閉じられていた魔力が吹き出す。
上級騎士で嘗ては貴族であったルイは罪人として魔力を封じられていたのだ。
それが今、解かれた。
「シュラ様ありがとうございます!このご恩は忘れません。」
ルイを先頭に全員が一斉にシュラの目の前に跪いて頭をたれる。
「あの、礼なんて要りません。母様の遺品整理を手伝ってくれたお礼って事で…。」
「いいえ、礼を言わせてください。返しきれない恩が出来ました。この命はシュラ様に捧げます。」
我先にと各々から声が上がる。
この日全員がシュラに忠誠を誓った。
ゴロツキとはいえ元はそれぞれの分野で活躍してきた者たちだ。
その彼らの想いはこの日一つになる。
シュラ様に仕える。
それが彼らの恩返しの形なのだ。
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