第13話 義賊の誕生

 失った体の一部を取り戻した一団は体を鍛え直し今では違和感無く体を使う事が出来るようになっていた。

 魔法で変化して自分達の姿を偽る事で街に溶け込むことが出来るようになった今、盗賊の真似事など本来する必要の無いものだった。

 山で狩った獲物の素材を売るだけでもそれなりに生活が可能になるくらいの貯えも出来ていた。

 なぜそんな彼らが黒狼盗賊団を名乗り盗みを働く事になったのか。

 それはたまたま偶然シュラが見てしまったからに他ならない。

 虐げられる者。権力を使って奪う者。

 それを見たシュラはやり切れない思いに駆られた。

 自分自身がそのように虐げられてきたからと言うのもある。

 それを街で見かけたシュラが選んだのは盗賊として奪われたものを奪い返す方法だった。

 それが出来るだけの力を持ちえていたからもある。

 魔法の使えるシュラは光属性の魔力で己の姿を消すことも出来た。

 それ故に屋敷に潜り込んだりするのは普通の盗人と比べれば格段に楽なことだった。

 こっそりと人助けをしていたシュラに気が付いたルイが一人でやるのではなく自分たちも使ってやるように進言した。

 堕ちるならシュラ様と共に。

 そう言った彼らの気持ちも汲んで盗賊団を結成する事にしたのだ。

 それからの行動は以前までの行き当たりばったりではなく、計画的に行うようになった。

 奪われたものを奪い返すという物から始まったそれは、いつしか不当に搾取された金にも及ぶようになった。

 だが、シュラたちは別に金が欲しくて盗んでいたわけではない。

 使い道の無い汚れた金を見てシュラは虐げられている者や貧しい者たちにそれを配る事にしたのだ。

 食べるためなら狩をすればいい。

 シュラにとって奪った金は特に使い道が無かった。

 なら役に立てる者に与えればいい。

 必要とするものに渡せばそれは汚い金であったとしても金は金だ。

 それに足の付きやすい装飾品などとは違って金は見分けが付かないものだった。

 盗まれた金であっても誰も気付かない。

 シュラ達の黒狼盗賊団はいつしか義賊と呼ばれるようになっていった。


――――…


 夜の帳が降りて闇が静かに広がっていく。

 月の明かりは柔らかくうっすらと辺りを照らしている。

 その日、呉服屋では金をケチったが為に穴の開きがちな警備の中、一人の警備兵が交代の時間となった事で面倒そうにその場に向かう。

 だが、交代する為に向かったはずなのに交代するべき相手はその場に居なかった。


「まったく、またサボリかよ。」


 呆れるように独り言を呟く男はやれやれと言いながらも誰も居ないその場所に警備として最低限の仕事をしようと歩き出した。

 しかし、その男がその場所に立つことは無かった。

 突然頭に衝撃が走り、意識を失ってしまったからだ。


「悪いな。しばらくお寝んねしてな。」


 トンと音を経てて男を気絶させたオルグはそのままずるずると男を引きずっていく。

 適当な所に放置してからすぐさまその場を立ち去った。


「やっぱ簡単だったな。」


「…駄目ですよオルグ。最後まで気を抜かないでやらないと。」


「シュラ様。この屋敷の有様じゃ言いたくもなりますよ。ケチるところを間違ってやがる。」


「そのおかげで簡単に忍び込めるんですから文句はありませんよ。ただ、このまま盗んで帰るだけだと確かに詰まらないですね。」


「遊びじゃないんです。シュラ様、余計な事などしないで帰りますよ。」


「だってルイ。詰まらないよ。」


「追われるよりも良いと思いますが…。」


 心底詰まらなそうにしているシュラを用は済んだとルイが手を引いていく。


「あ、そうだ。この屋敷の主に挨拶しに行くってのはどうだろ?悪い事しないように言うの。」


「…聞かないと思いますし危険です。却下。」


「えぇ…だって良い考えだと思うんだけど。ほら、俺なら姿も消せるしさ。」


「危険ですから駄目です。」


 一向に頷かないルイに膨れるシュラ。

 ここまでアッサリと終わってしまうと詰まらなさ過ぎて単純作業みたいだ。


「あ、じゃあさ、こういうのはどうかな。」


 シュラの提案に呆れながらも、仕方なしに頷いたルイ。

 このままにして置くといつかシュラが暴走しかねないのである程度の事は飲まなければと考えてのことだ。

 放っておくと以前のように勝手に行動してしまいそうな勢いが今のシュラにはあった。


――――…


 次の日の朝、交代の警護の男が屋敷で倒れている2人の男を見つけた。

 慌てて屋敷内を確認すると屋敷の主が隠し持っていた不正な財産がごっそりと盗まれていることが発覚する。

 そして、金が入っていたはずの壷には一枚の木の板がおいてあった。

 まるで焼き鏝で文字を焼き付けたような綺麗な文字にはこう書かれていた。


「屋敷の中の不正な財産はすべて黒狼盗賊団が頂戴しました。」


 その木の板を見た屋敷の主は怒りのあまり倒れてしまった。

 どうやら頭に血が上りすぎたようだ。

 だが、盗まれたという事を申告する事はなかった。

 不正がばれる事を恐れたからだ。

 報復したくてもできず、金も奪われたまま何も出来る事が無く呉服屋の店主はわなわなと震えて怒りを現すしか出来なかった。


――――…


 屋敷から金が盗まれて数日後、街ではある噂が出回っていた。

 なんでも黒髪金目の少年が貧しい者たちにお金をばら撒いているという話しだ。

 その日を生きるのもやっとだった貧しい者たちが金を持って食べ物を買いに行く。

 その姿がその噂を真実だと告げている。

 だが、その金が本当に盗まれた金なのか、彼らが自分で稼いだものなのか。

 誰もそれを明かすことは出来ない。

 そういった事が何度も起こるようになるとその金の出所が不思議になる。

 だが、盗まれたと言う報告も上がってこない為、街を警備する騎士たちは真相を調べることが出来ないままだった。

 そんな奇妙な状況が数月の間に頻繁に起こる。

 だが、暫くするとその奇怪な現象も消えて無くなった。

 それは黒狼盗賊団がその街から消えた事を意味していたのだが、その事に気が付くものは居なかった。

 そして、その奇妙な現象は別の街で同様に起こるようになる。

 数月単位で移動するそれは人々に奇妙な興味を抱かせる。

 黒い髪と金の瞳を持つ少年。

 それは探し人の特徴と一致しておりその少年を追うべく騎士が動く頃には別の街に移動している。

 そんな追いかけっこがシュラ達の知らない間に繰り広げられていた。

 だが、見つかるわけが無い。

 盗賊として活動する以外の時、彼らはその姿を変えているのだから。


 街を転々とするシュラ達黒狼盗賊団一行はぐるりと国を一周してかつて彼らが住んでいた街にやってきていた。

 シュラが街を離れて5年近く経っている。

 かつての街並みはそのままに以前と違うのは街の雰囲気だろうか。

 全体的にくたびれたような街の様子に一同首を傾げる。

 たかが7年、されど7年。

 居ない間に何があったのだろう。

 ここの場所では全員が顔を覚えられている可能性が高い。

 だが、唯一シュラは当時小さかった分、黒髪金目で無ければ気付かれる可能性は少ない。この街での調査はシュラが行う事になった。

 懐かしい街をゆっくりと歩く。


「号外、号外だよ!」


 ひらりと舞う紙を拾うと様々な国の情勢が書いてある。

 どうやら隣国のフレイン王国との国境でまた小競り合いがあったようだ。

 しかも、その前線でライアック王国の第四王子が命を落としたらしい。

 武功を焦って隣国の第二王女に殺されたと書いてある。

 隣国のフレイン王国も王族は短命らしく今生き残っているのは第二王女と冷遇されている第七王女だけらしい。

 他にもある貴族が摘発された話や謎の金バラ撒き事件の事が書かれていた。


「ふーん、謎の金ねぇ。」


 その金の出所は奪われた者たちが知って居るはずだ。

 だが、シュラ達が手を付けたのは不正に搾取された金や奪われた物だけだったので声をあげることが出来ないままになっている。

 今やあらゆる街や村で活躍しているはずなのに無名なままの黒狼盗賊団だった。

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