第4話 初めての町歩きのすすめ

 無事に身分証代わりの銀のタグを受け取った私は、両親とともに町へ出かけることになった。


「わぁ、馬車で通った道だ。」


「あまりはしゃいでいると躓いてしまうよ。」


 はしゃぐなんてはしたないとここで口にしない母は貴族にしては意外と寛容だ。普通なら淑女としてなどと粛々とお説教を食らいそうなものなのに。

 初めて町を見る私に対する配慮だろう。お小遣いも貰った。なんと銀貨3枚。

ついでに貨幣価値について触れておこうと思う。

 小さな単位からいくと、鉄貨が1枚で1円と同じくらいの価値。大鉄貨が10円、銅貨が100円、大銅貨が1,000円、銀貨が10,000円、大銀貨が100,000円、金貨1,000,000円(100万)、大金貨が10,000,000円(1千万)、白金貨100,000,000円(1億)となる。

 金貨や白金貨なんて町ではめったに見ることはない。大抵が鉄貨や銅貨で足りる。

 高級なものや家を買うなどなら別だが、あまり見る機会がない代物だ。なので、手のひらの銀貨3枚を見て私は小さくため息をついた。やっぱり貴族だと。

 5歳の子供に3万円ってどんなお小遣いだよ。賑やかな町を両親と手をつないで歩く。あれ、こういうのって初めてではなかろうか。

 やはり魔力が少ないという結果が出たことで落ち込んでいるであろうという配慮だろうか。

 町にはいろんな店がある。果物店、雑貨屋、洋服店、装飾品店、家具屋、そして武器屋、防具屋。冒険者ギルドもあった。入りたかったけど外聞が悪いからなのか父に止められた。やっぱりファンタジーなら冒険者ギルドだ。

 せっかく町に来たのだし、見てみたかったのだが。まぁ、何れ機会があれば行ってみようと思う。あと、いろんな店を見て回って分かったことは、物価的なものは基本的にそこまで変わらないということ。

 例えばパンや果物は大体が銅貨1枚くらいだし、装飾品はピンからキリまであるので一概には言えないけれど。ただ、機械化がそこまで進んでいないので量産品があまりない。洋服だって基本は手縫い。

 機織機はあるけどミシンはないみたいな感じ。という事なので時間と労力が半端ない分価格も当然釣り上がる。大抵が手作りということを考えれば妥当な値段だよなと思う。

 後、本を取り扱っている店もあったが、写本ばかりで値段もぺらぺら数十ページくらいの厚みしかない本でさえ大銀貨からと前世の世界からするとかなりの高額だ。

 それなりの本であれば金貨は当たり前の世界だった。通りで屋敷とは言っても別荘だったけど書庫や書斎にも大して本がないわけだ。

 それでもかなりの冊数があったので、やはり貴族ってすごいな。ふらふらといろんな店を巡って今日は思いっきり楽しもう。なんたって初めてのお出かけだからね。


――――…


 ジェイクは頭を抱えていた。


 実際にはそ知らぬ顔をして入るが、引きつった口元が表情を隠すことを常とする貴族としてめずらしく微妙に隠し通せていなかった。

 娘を町に連れ出したものの、貴族の子女であれば興味を持っているはずであろう洋服、装飾品、お菓子に目もくれないで明らかに男の子が興味を示すだろう物ばかりを見たがったのだ。

 一応贔屓にしている店は見て回っていたが、一通り見て回ると気に入ったものもなかったのか次に行きたがる。

 そして剣や防具、ポーションなどの薬品に興味を持ち、じっくりと見学していた。洋服や装飾品とは回る時間がまったく違う。

 どちらに興味があるのかすぐに分かってしまう。

 冒険者ギルドへ入りかけた時は流石に止めたが、娘の興味はどこへ向かっているのだろう。明らかに女の子が嗜むものではない方向へ進んでいる気がする。

 頼むから気のせいであってくれ。そう考えて目頭を押さえた。

 すると娘がとある出店で足を止めた。魔道具か。

 しかも店じまいをしている途中らしい。しきりに話を聞いているので見守ることとする。


――――…


 きょろきょろと町を歩いてふとある店の前で足を止める。店といっても出店。露天商だ。すでに片付けに入っているお婆さんがいた。

 その前に置かれていたのは周囲とはまったく雰囲気の違うもの。


「ずいぶんと変わった形が多いのね。」


「お譲ちゃんにはそう見えるのかい?こうした形になっているのはね、使うときに便利なようにって昔の人たちが考えて今の形になったんだよ。でも、初めてみたのなら不思議に思うのも当然さねぇ。」


 無骨なデザインで長い筒のようなものや水筒らしき物体。細長い棒画ついたとても短い棒など何なのかさっぱり分からない。

 まじまじと観察する私に気がついたお婆さんが一つ一つ丁寧に教えてくれた。


「これは魔道具と呼ばれている道具さね。」


「まどうぐ?」


「魔道具ってのは魔石で動くからくりさ。魔法を簡単に使えるように助けてくれる道具だよ。」


「じゃあ、みんな持っているの?」


「いんや、魔道具は高いからなかなか広まってないさね。」


 魔道具はまだ一般には普及していないらしく、値段も高価で貴族や裕福な商人が持っているくらいらしい。

 なぜそんな事になるのかというと、魔道具は一部の希少な品を除けば大抵は生活魔法や代用が利くものだからだ。

 例えば水筒の魔道具は魔石に魔力を通すと飲むことが出来る水が水筒いっぱいに溜まるというもの。これは水筒を普通に運べば問題ないことであるし、生活魔法もある。

 また、魔石も魔力がなくなれば粉状になって砕けたり、欠けたりするので交換しなければならない。平民でそんなものを持てるのはごく一部だけだろうし、わざわざ代用が利くものを買おうとは思わないだろう。

 当然、平民には魔道具を買う道理がない。必要もない。


「それでもいつかこういった魔道具が一般的になって広まって、生活が豊かになればと思って婆は魔道具職人を目指したんだよ。」


「それは、すごい考えね。」


「お譲ちゃん分かるかい。今では作ったものを店で卸すんじゃなくて、自分で売るようにしていたんだがね。」


 かなりの高齢になったため今日で引退だと笑っていた。真剣に聞き入っていた私にこっそりと魔道具の作り方を教えてくれた。

 弟子を取らなかったお婆さんの最後の気まぐれだろうか。


「沢山婆の話を聞いてくれたお礼に、お譲ちゃんだけ特別だよ。」


 教えて貰った魔道具の作り方は、魔石の粉を使って魔法陣を描き、それをスライムの粘液で固めて作るらしい。

 中央に置かれた魔石から魔力供給されるため、起動時の僅かな魔力だけで利用できるところが利点だ。

 少ない魔力しか持たない平民にとってはかなり魔力の節約になる。本来、魔道具は平民にこそ役立つものだとお婆さんは言う。

 どうやらお婆さんは時代の先駆けらしい。魔道具の効果が高く希少なものは大抵、妖精族か作った品だそうだ。

 そういった魔道具は魔方陣が複雑で細かく真似できない仕様らしい。妖精族というのは前世の世界でよくあるゲームに出てくるようなエルフやドワーフといった種族のこと。

 器用さが違うのか、そういったものを作る長年の知恵の固まりか。人族にはそういった技術が残ってこなかったらしい。

 話をしながらも店じまいを続けていたおばあさんが、ふと気がついたように一冊の本を私に差し出した。


「これは?」


「魔道具に興味があるなら作ってみるといいさね」


 そう言って本を受け取らせようとしてくるが、本は高価だ。


「婆はすでに覚えてしまったからもう必要がないさね。お譲ちゃんが使ってくれると嬉しいよ。」


「そんな高価なもの受け取れないわ。」


「なら婆の最後に弟子として受け取ってくれないかい。」


 そんな風にいわれたので流石にこれ以上断るのも気が引けて受け取った。


「ありがたく受け取るわ。お婆さん。いいえ、師匠。」


 すかさず父が数枚の金貨をお婆さんの手に握らせる。お婆さんは手の中の金貨を見て驚いて腰を抜かしていた。

 うん。金貨とかいきなりビックリするよね。でもこの世界の本で魔道具を作るための書物なんてむしろもっと高くてもおかしくない。

 もともとお婆さんの師匠から譲ってもらったものらしい。こうして初めての町で、これから長い付き合いとなる魔道具との出会いを果たすこととなった。

 ちなみに、屋敷に戻ると父が贈り物と称して魔道具製作に必要な材料を買い与えてくれたのは言うまでもない。

 魔力が少ないのなら少しでも出来る事をという事だろう。


 本を手に入れた後、ぺらぺらと中身を確認した私はひとつ思いついたことがあった。

 スライムの粘液の可能性についてだ。スライムの粘液は魔方陣を固めるために使われている。放っておくとカチカチに固まりガラスのような硬度になる。

 熱に弱く暖めれば溶け出してしまうが、一度固まったものを溶かすとなるとかなりの温度が必要だ。

 前世の世界で言うプラスチックや樹脂、シリコン製品などが近い表現となるかもしれない。スライムの粘液は基本的に樽で密閉されて販売されている。

 スライム自体も町から少し離れればいくらでもいる。子供でも倒せるくらいに弱い魔物だ。簡単に増える上に何でも溶かして食べるためスライムは掃除屋としても有名だ。

 スライムのぷよぷよした触感が気に入って集めているコレクターもいると聞く。

 スライムの粘液に小麦粉を混ぜれば粘土のようなものになるかもしれないし、色粉を混ぜれば創作の幅が広がり、楽しめそうだ。

 そう考えたらすぐに粉屋に行き小麦粉を一袋手に入れ、画材屋で色粉を手に入れた。

 そして、せっかく魔道具の本を手に入れたので忘れずにスライムの粘液と魔石、魔石の粉を少しだけ購入した。

 せっかくお小遣いを初めて貰ったのでなにか家族に贈り物をしようかな。

 家族といっても両親と兄だけだけど。魔道具でお手軽そうなものといえばランプだろうか。木材で囲いを作って板を彫って格子代わりに模様を付ければそれなりに見栄え良く出来そうだ。

 それに必要な材料も購入していく。木材を必要なサイズに切り分けてもらい、小型のナイフやヤスリ、釘や金槌、金属の小さな器や研磨剤や接着剤など。

 手に入れるのに時間がかかるものもあるのですぐにとはいかないが、色々と揃えていたら銀貨3枚はあっという間に消えていった。

 ついでと称して種がありそうな果物やポーション作りに使う簡単な機材まで揃えたのがダメだったのだ。

 お金は大事に使わないといけないと反省しつつ、これらで出来るものを考えると口元がにやけた。

 屋敷に戻ったときに父からの贈り物を見て、色々と買って少ししか魔道具につかう材料が買えなかったことを見抜かれたのだと、その心遣いに流石だと思いつつ感謝したのは言うまでもない。

 早速練習がてら鉄の小さな正方形の板に魔石の粉で本に書かれている魔方陣を見ながら作っていく。丸い円も記号らしきものもどれも難しく簡単に描けそうにない。

 ぐにゃぐにゃになって何度もやり直し、やっとまともな魔方陣を描けるようになったのは作り始めてから3ヶ月経ってのこと。

 教会への奉仕活動と称したお勉強のほうがとっとと終わったくらいだ。きちんと発動する魔道具を作るのがどれだけ大変かが分かるだろう。

 だが、通常魔道具をまともに発動する魔道具が作れるようになるには最低でも3年はかかると言われており、異例の速さではある。

 だが、これにはちょっとした裏技があったのだ。作れるようになったのは裏技を見つけたためであって、きちんと描けるかと言われれば、なんとか形には出来るようになったと答えられる程度だ。

 一応発動はするが魔方陣がまだまだ未熟なのは見れば分かる。職人って大変だ。

 本職の人には申し訳ないが、私は裏技を使う。早く色々と作りたいからだ。


 魔道具を作る練習をしながらいろんな魔方陣を見ていた。大体同じような形で描かれているのだが、そもそも魔法陣が出来たのが先か魔法が先に出来たのかという漠然とした疑問を持った。

 卵が先か鶏が先かという疑問と同じようなものだが、きっと魔法が先に違いない。

 そう考えるとこういった魔方陣をどうやって見つけたのかと考えた。妖精族であるエルフやドワーフはどうやって魔方陣を発見したのか。

 魔方陣は魔法を使う際に実は発現しているのではないだろうか。魔法ってそういうイメージがある。

 魔法を使うときに出る魔法陣を道具に刻んだと考えると、魔法陣は見ることが出来ると考えることが出来る。では、どうやって見るのか。

 昔はその秘密を探るため妖精の瞳を狙った愚か者がいたという話があるが、結局分からずじまいだ。

 当然そういったことを行った人族と妖精族の間に確執を作ってしまったのは愚かな過ちのひとつだ。どうやって見れば良いのだろう。

 魔力は感じることが出来る。感じることが出来るのは肌で魔力を感知しているからだ。では見るためには、目に魔力を集中してみれば良いのではないだろうか。

 そう考えて魔力を目に集めていく。ぼんやりとした魔力が目に映る。手に纏わりつくように白い靄が掛かっている。

 そういえば、魔力操作の練習で形を作ったりしていたときは、自然と目で集中して見ていた。では魔法を使うときはどうなっているのだろう。

 生活魔法の『ライト』を発動する瞬間、魔方陣が一瞬形成されたのが見えた。無詠唱での発動だったので、早すぎて魔方陣を落ち着いて見ることができない。

 では、呪文を唱えて発動させてみるとどうなるのか。文言を唱えると魔方陣がじわじわと出来始め、魔法の名前を告げた瞬間に魔方陣が完成するのが見えた。

 もう一度無詠唱でゆっくり発動させて見る。すると無詠唱の場合は最初から完成した魔方陣が出来ている。

 その魔方陣の内容は魔法のイメージによって変化する事が分かった。では、その魔方陣を魔法でさらに鉄の小さな板に焼き付けるイメージを行う。

 するとイメージ通りに鉄に焼付けることが出来た。後は出来た溝に魔石の粉とスライムの粘液を流し込む。

 簡単に魔方陣が完成し、発動も問題なく行うことが出来ることに成功した。それが分かると金属の板ではなくても魔方陣を刻めるのではと思いつき、木の板に刻んで見る。

 同じように発動することを確認して、使い捨ての魔道具も作れると喜んだ。ちなみに家族用に作ったランプは裏技ではなく、きちんとした手順で作成している。

 やはり正しい手順でも作れることは大事だからね。魔方陣は何度も練習して作った。木の板を使って箱を作り、横板を取り外せるようにして模様を刻んだ。

 中には金属のお皿をはめ込んで、上になる部分には魔石をはめ込めるようにしている。この部分は当然金属にしてある。

 中においた金属のお皿はぴかぴかに磨いて、『ライト』の光が反射するように作っている。普通に見るとまぶしいのだが、木の横板に刻んだ模様が光を分散してくれるのでそこまで言うほど眩しくない。

 初めての作品にしては中々の出来栄えだと自負している。両親も兄も喜んでくれたようだ。

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