第6話 幼馴染みの憂鬱
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居酒屋に戻ってきた隆の機嫌はそれはもう最悪で、残りのメンツの酔いが逆に醒める程の荒れ具合だった。
「何があったんだ、隆?」
心配して声をかけるが、隆は碌に口を開かない。酒を煽り、黙々としている。
傍から見て、出て行く直前に来たLINEが原因だと一目瞭然ではあるが、そこに誰も触れる事が出来ず、その日の飲み会は早々にお開きになってしまった。
翌日からの旅行も、隆はずっと不機嫌なままだった。時折スマートフォンを開いては連絡を送り、また気もそぞろで観光地をぼんやりと巡る。一緒に回っている仲間たちも初めて回る観光地を楽しんではいるが、時折隆の方を振り返って、気が散じている隆の様子に――特にこのプランを考えた恭平が――しょんぼりした顔を見せていた。
はっきり言って、こんな状況じゃとてもじゃないが、皆、気が気じゃない。
こんな状況に痺れを切らしたオレは他のメンツを先に行かせ、隆だけを手近なカフェへと引きずり込む。
そこそこ雰囲気の良い古めかしい店内を見渡し、窓側の席へ座らせると、珈琲を二つ頼む。それが届くのを待って、オレは静かに口を開いた。
「なぁ、隆…昨夜、何があったんだ? 悩みがあるなら話はきくから、旅行中は旅行に目を向けろ。メンバーが全員集まれた数少ない機会なんだぞ」
オレの説教を聞きながら、隆は頷いて小さく謝る。旅行中なのにこんな状況を作ってしまって本当にすまないと、隆自身もわかっているのだろう。俯く隆の姿がとても侘しく見えた。
目の前に置かれた珈琲に一口、口をつけてから隆は小さな声で呟いた。
「…こないだの合コンで、最後に来たヤツがいるだろ?」
「ああ、確か八嶋とか言ったか…」
「おれ、今アイツに惚れてて、猛アタックかけてるんだけどさ…」
しんみりと話し出す隆に、オレの表情が固まる。
「それでアイツと少しいい関係になったと思ったら、遊び扱いされるわ、連絡は来ねぇわでこの旅行で吹っ切ろうとしてたんだ…」
「へ、へぇ……」
「まぁ、おれのほうが未練タラタラで、嫉妬させようと仲間と撮った写メ送ったんだけど、そんな作戦もアイツには通用しないどころか、元カレん家に泊まりに行くとか言い出して…おれも頭に血が上っちまって、昨日の有様、って訳だ」
この世の終わりのような表情を浮かべながら、はぁ、と深い溜息を零す隆に対し、オレは内心でそれこそ盛大な溜息をついていた。
親友の為ならどんな相談にでも乗ってやろう、そう考えてここに連れて来た。そこまではいい。しかし、その親友が語りだしたその『元カレ騒動』の相手も、自分らと同じ『男』なのだ。最近親しくしているとは聞いていたが、まさかこういう『親しく』だとは思いも寄らなかったため、旅行先で聞くには些かハードな内容だ。
それが傍目からは親友に『彼女』の事を相談しているようにしか見えないからまたそら恐ろしい。
「……こんな話、聞かせて悪い。キモチワルイだろ」
「いや…ちょっとビックリはしたが…」
オレも何とか平常心を保とうとして珈琲に口をつける。一口飲んだ事によって、浮かんだ動揺は少し落ち着いた気がした。
「…お前が今まで付き合ってたのは女ばっかりだから、意外に思っているだけだ…」
「まぁな。おれもどうしてここまで惚れちまったのか、わかんねぇんだ。顔は確かに好みのタイプではあるんだが、野郎なんて端から除外しそうなのにな…」
好みのタイプだったのか、と向かいから呟くと、意外そうな声が聞こえた。
「いや、だって整った綺麗な顔してるじゃん、アイツ。まぁ、顔も好みだけど、何より話してて好きだなって思うんだ。声とか容姿も好きだけど、やっぱり話が面白いから」
隆の言葉に、本当に惚れている事が嫌でもわかり、苦笑してしまう。
吹っ切るも何も、お前自身が全然諦めてないじゃないか。
「その調子だと、この旅行で吹っ切るのは難しいんじゃないか?」
苦笑混じりのオレの言葉に、隆も納得して笑っていた。
「…だよなァ…アイツの事、こんなに好きで、吹っ切れるはずねぇよな。元カレの話が出てきただけでこんなにも動揺して旅行どころじゃなくなっちまってるんだから」
「…とはいえ、恭平が折角プラン立てたってのに、お前一人の我儘で台無しにするのは良くないぞ」
「そりゃ、そうだな…あいつらに余計な心配、かけちまったし、後で謝っておくよ」
すまなそうに頷く隆。全く、いつものお前ならあいつらにこんな迷惑かけたりしないってのに、そこまで大きくなってしまった八嶋の存在ってのは本当に厄介な代物だな。
「…だいたい、八嶋の本心は聞かなきゃわからない事だろう? それなら旅行に集中しろ」
「だな。何もわからないなら、今ある方向に視線を向けるしかねぇか。落ち込んでたって仕方ねぇ」
珈琲を飲み干して笑みを浮かべる隆に、いつもの強さが戻ってきた気がした。
「…明彦にも、迷惑かけたな」
「親友の為ならどんな相談にでも乗ってやるさ」
ちょっと意外な内容だったけどな、と笑ってみせると、隆は嬉しそうに笑って小さな声で呟いた。
「ホントの事言っても、対応が変わらないお前が本当に嬉しいよ」
その言葉を聞いて、本当は隆もオレに告げることを随分躊躇っていたのだとようやく気付いた。
「何を今更」
田舎からずっと一緒で、上京してからもこうしてずっとつるんできた幼馴染だろう。たかが男に惚れたからって、急に態度を変われるか。隆は隆だ。暑がりで寒がりの、祭り好きで盛り上がる事や楽しませる事が大好きな、一番の親友じゃないか。
今までの波乱万丈さを
その日の夕方から仲間と合流し、旅行を再開させた。
隆が時折携帯から連絡を送るのは相変わらずだが、返ってこない返事に対して迷う事は止めたみたいだった。きちんと仲間の言葉にも対応するし、酒の席での会話にも乗ってくる。
ただ、時折眉をひそめて携帯を眺める事が増えた。迷うのをやめたとはいえ、あんまり旅行に集中できてはいない様子の隆に、内容を聞いてしまった今は強く言えないまま、最終日を迎えてしまった。
旅行という身体的疲労もさることながら、隆にはそれ以上の精神的疲労が上乗せされているように見えた。旅行先の駅でお土産を購入すると、隆は帰りの新幹線内では仲間と騒ぐ事も忘れて爆睡してしまっていた。
いつもなら最終日は東京駅に着くと締め括りの飲みに繰り出して解散となる。だが今回は、旅行中の隆の有様を皆、なまじ見ているだけに「早く休んでくださいね」と慰めの言葉をかけると、隆を早々に帰宅させる事になった。
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