第5話 誰か、嘘だと言ってくれ!




   5




 月曜の夜から、恒の返信が途絶えた。アイツは遊びのつもりだったかもしれねぇが、おれは本気でアイツに惚れちまっていた。


 たった数度会っただけ。たった数回食事しただけ。たった数時間、一緒にいて会話しただけ――アイツにとってはただそんな知人の一人に過ぎないって事なんだろうか。


 悩めば悩むほど、自分の思いは募るばかりで。

アイツからの連絡は来なくても、何か反応があるんじゃねぇかと期待して、今日食った飯の話やニュースの話題、話の種になるなら、何でも送ってみた。相手は既読はするが返信は全く来ず、落胆は隠し切れなかった。

それでも忙しいのかもしれない。仕事に集中すると他に無頓着になると言っていたアイツの言葉を信じて、毎日、何かしらの内容を送り続けた。


『おはよ』

『忙しいのか? 身体だけは壊すなよ』

『ちゃんと飯食ってんだろうな?』

『睡眠はちゃんととれよ?』

『…好きだぜ、恒。おやすみ』


 おれの気遣いとか、アイツには迷惑なのかもしれない。それでもLINEを送ることを止める事は出来なかった。

 そうして送り続けてしばらくたったある日、恭平から旅行の案内、という連絡がやってきた。

 それはバンドが解散してから連絡が途絶えがちになる仲間を年に一度、同窓会のように集めるという恭平からのプランで、おれたちは都合のつく限り毎回その旅行に参加するようにしていた。

 夏の間に一度その計画が持ち上がったのだが、皆の都合が合わず、今回となったらしい。

 来週の水曜から三泊四日という急な日程だったが、今の時期は有給も使いやすい。おれには特に不都合もなく、恭平に即OKの返事を返す。その直後に明彦からも連絡が来て旅行に参加する旨を伝えられた。


 旅行か…この想いを吹っ切るにはいい機会かもしれねぇ。


 ここ最近、返信の来ない恒へ連絡を送り続けていることに、半ば諦めに近い思いも沸いてきている。

 何度『好きだ』と送っても何の反応も見せない。既読は付いているから読んでいない筈はないのに、こうも反応がないなんて、望みが薄いとしか思えない。

 やっぱ、男同士ってのも大きいのかもしれねぇ。おれが本気になっちまったのが間違いだったのか。

 そのまま何もせずに、ただ、友達という括りになれば、もっとお前は近くにいて、話してくれたのだろうか。


 ――考えても、答えなんて出てこない。


 今は棚上げにして、旅行を楽しんでしまったほうがいいだろう。

けれど、何故かぎりぎりまでアイツに旅行のことは言えず、日常の言葉をルーティンのように送り続けた。






 そうして迎えた旅行当日、朝早くから明彦と赤羽で待ち合わせし、東京駅へと向かった。その電車の中でアイツにようやく旅行の連絡を告げた。


『今日から元バンド仲間と、数日旅行に行ってくる』


 踏ん切りをつけるため、意を決して送った言葉だったが、これには久しぶりにアイツから返信が来た。


『急だな? お土産よろー』


 ……マジでなんで、そんな軽いんだよ、お前…。


 いや、土産は買ってくるけど。というか、土産を待ってるって事はまだ会ってくれる意思があるってことだよな?

 これは期待していいのか。いやでも、アイツの事だ、知人からの土産でもあれば受け取る、というスタンスなんじゃないだろうか。本当に考えてもわからない事ばかりだ。

 とにかく、この旅行中はアイツへの想いは封印して楽しむと決めたんだ。アイツの言葉を確認すると、おれは返事を返すことなくスマートフォンをポケットへ放り込むと、しばらく取り出すことはしなかった。


 旅は順調に進んだ。

 プランを決めた恭平のナビもあり、慣れない土地だというのに迷う事なく観光地を満喫していた。


「ガキの頃だとこーゆートコ来てもつまんなかったろうなぁ…」


 風光明媚な観光地の風景を眺めながら、おれは嘆息して呟いた。その様子に明彦たちが小さく頷く。


「…違いない」

「リューさんなら寺より女か食べ物っスよね~」

「やかましい!」


 仲間を一喝しておれはようやくスマートフォンを取り出した。


「ここで皆で写メ撮らねぇ?」

「イイっスね!」

「全員入ります?」

「入るって」


 五人固まって観光地を背景に自撮りする。なかなか上手く撮れなかったが、その後に恭平が自撮り棒を取り出して綺麗に五人が納まるように何枚か撮ってくれた。コイツ、旅行代理店に勤めてるだけあって、そういう道具もかかさねぇんだな。後で写メは送ってもらおう。


――夜。

おれらはホテルにチェックインしてから早速、繁華街に繰り出した。知らない土地でも、繁華街の空気はさほど変わりがない。当たり外れがないようによく知った居酒屋のチェーン店へ入ると、即座にビールを注文した。


「それではー、ようやくこうして旅行が出来た事を祝して――」

「乾杯!」


 薄い青の長髪を束ねた斎藤せいどうあつしが音頭をとって乾杯をすると、グラスの小気味良い音が鳴り、皆一斉に喉を潤していく。特に今日は観光の為、普段より良く歩いたから、冷たい飲み物が美味しく感じた。


「やっぱこういう場所も来てみるもんだなー。住んでる土地とは大違いだもんなぁ…」

「違いない。歴史が深い分、奥が深い」

「街の感じが違うよなぁ…」


感想を洩らしつつ、お互いの近況も交えて杯を重ねていく。

 メンバー全員が揃う事は稀なので、この旅行では仕事の事からプライベートまで、いろんな話が飛び交う羽目になる。

 元ギターの敦はファッション系から美容師を目指し、今は店で見習いをやっているそうだ。


「カット、安くしますんで店来てくださいよ、リューさぁん!」

「…お前ンとこだけはぜってー行かねぇ」


 芳賀はが庄司しょうじは元キーボードだけに今では色んなミュージシャンにも楽曲を手がけている作曲家で、最近では流行のアニメ曲も手がけたらしく、オススメだから聞けと詰め寄られた。毎回、アイツの作る曲は覚えさせられて、カラオケで歌わされるんだよな…。

 旅行代理店で働く恭平は今回のプランも実はこれから提出する計画書の予行だという。そして明彦は大学は経済学部出だというのに服飾デザインに興味を持ち、今ではアパレル店員をする傍らで服飾デザインもこなし、ゆくゆくは自分のブランド商品を出すのが夢なのだとか。


「そういや、リューはまだ小説書いてんのか?」

「シナリオ単発やりながら、大賞狙いで今は書いてるかな。まぁ、派遣で仕事やりながらだけどよ」

「狙えるといいですね、大賞」

「ああ、頑張るつもりだ」


 仲間との会話ってのは気楽でいいもんだよな。そういや、今日はまだ一度もアイツにLINE送ってなかった。

 ふとスマートフォンを開き、アイツからは何も来ていないことに少し落胆しつつ、いつもの事か、と諦め混じりで今朝の返事をOKのスタンプ一つで返し、ついでに今日の昼に撮った写メを送る。

 こっちの様子をおすそ分け、ていうのは言い訳で、ちょっとぐれぇ嫉妬してくれたりしないかな、っていうのが本音。そんな事するわけねぇよな、期待してるのはいつもおれだけだ。

 そうして会話が流れるにつれて酒のペースも上がり、話の内容もエスカレートしてくる。


「リューさん、そういやこないだ譲からLINE来たんですけど、前に合コンしたって話じゃないですか。いい女いました?」


 庄司がいきなり話し出した内容に、おれは思わずビールを噴き出しかけた。


「オレも聞きました! どうだったんです~?」


敦も興味津々でおれに畳み掛けていく。仲間たちの様子に軽く溜息をついて、おれは明彦に目を向けた。

 明彦はそんなおれの様子が面白くて仕方ないのか、黙ったまま、軽く口元を歪めている。


「おい明彦! テメェも一緒だったろーが!」

「そうだったか?」


 惚けてみせる明彦に睨みをきかせて反論しようとした矢先、おれのスマートフォンにポップアップを知らせる音が鳴った。

 すぐに表示を確認してつい、おれの顔に笑みが浮かんだ。

 まさか、アイツから返事がくるなんて。


「あ、彼女ッスか?」

「……違ェよ」


 そう言いながらもおれは満更ではない様子でLINEを開いた。その途端、思わず表情が固まる。


「隆?」

「どうしたんだ?」


 明彦と恭平が同時に問い掛けるも、おれは画面から視線を外せずにいた。


『明日、元カレの所に泊まりに行ってくるわ』


 え、どういうことなんだ、コレ。

 元カレって…アイツ、昔、野郎と付き合ったことがあるって事なのか?

 それとも、これはおれをからかう冗談だったり?


 頭が混乱して身動きが出来ないでいるおれに明彦が肩を揺さぶってきた。


「隆、大丈夫か? どうしたんだ、いきなり呆然として」


 皆心配してるぞと言われたが、おれの心境はそれどころじゃない。


「…ちょっと、出てくる」


 携帯だけを握り締め、店の外へと向かうおれの顔は強張ったまま、解かれる事はなかった。


 夜の川沿いはそこはかとなく冷たい風が吹き荒んでいる。

 その風の中、おれは苦い顔のままLINE通話を何度も鳴らす。しかし、相手が呼応することはなく、応答なし、と表示が続くだけだ。仕方なく文字で相手に詰め寄りかける。


『どういうことだ?』

『男と付き合ってたのかよ?』

『今は付き合ってねぇんだよな?』

『恒…黙ってねぇで答えろよ』


 しかし何度送っても既読が付くだけで返事は来ない。

 男同士だから、それで避けてたんじゃねぇのかよ。


 もし過去に付き合ってた奴がいて、おれが元でヨリを戻したり――なんてことがあるかもしれねぇのか?


『…恒、頼むから返事くらいしてくれ』

『前のオトコなんかに会うなよ…』


 泣き言に近い内容を送ってるってわかってる。でも、今は送らずにいられなかった。それでも相手は既読するだけで一向に返事が返ってくる様子が見られない。

 仕方なく、おれは不安な心境のまま、仲間の下へ戻ることになった。






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