第4話 付き合いって何?




   4




 朝のアラームが俺の睡眠を邪魔した。何時だよ、とスマートフォンを眺めれば時間は八時を回ったところだ。

 アラームは俺の携帯ではなく、隣に置かれた赤いスマートフォンから鳴り響いており、うるさい、と勝手に止めてからここが自分の家ではない事に改めて気付いた。


 そういや、昨日も泊り込んで、しかも男とオナニーの延長線上のような事までしちまったんだった。

 その場のノリと好奇心もあったけど、酒の勢いって怖ェわ。まあ、案外悪くはなかったしいいか。

 ちゃんとイけたしな、と思って寝返りを打つと隆が身じろぎして目を開いた。


「…はよ」


 コイツは嬉しそうに俺の頭を撫でて来る。なんだ、この甘い空気。どういうことだ?


「……言う順序逆になっちまったけど、改めて言うわ。恒、好きだ。おれと付き合ってくれ」


 はぁ? 意味わかんねぇ。まだ酔ってんのかこいつ。素面だとしたら、まだ目が覚めきってねぇとか? あ、それありうるわ。


「いや、何言ってんのお前。というか、お前今日仕事だろ。時間、大丈夫なのか?」


 もう八時回ってんぞ、と言うと慌てて飛び起きる隆。


 ――いやもう、本当に大丈夫か、お前。


 相手が身支度を整えている隙に、俺も自分の身支度と荷物をまとめる。


「じゃあ俺は帰るけど、お前は早く仕事行けよ?」

「送ってく」


 送ってくって、すぐそこだろが。何気遣ってんだ?


「いいから仕事行け」


 言い捨てて、俺は家へ向かって歩き出した。遅れて自転車であいつが追いかけてきたが、さっさと仕事に向かうよう追い払うと、アイツは後ろ髪ひかれた様子のまま自転車で走り去っていった。


 …アイツ、昨日悪いモンでも食ったのかな。何を拾い食いしたらああなるんだ? 付き合いたいとか、寝言言いやがるし。


 隆が言っていた『付き合う』という言葉を反芻してみる。そもそも『好き』とか『付き合いたい』っていう感情を強く感じた事がないかもしれない。


だから、アイツが言う言葉がよくわからない。付き合うって何なんだ?


飯食いに行ったり、カラオケ行ったり、合コン行ったり…それも付き合いだろ。俺に何を求めてんのかよくわからねぇ。

 思わず首を傾げながら歩いていると、自宅に着き、俺は考える事をやめた。


 昼を回ったところで休憩をとろうとした俺に、一通のLINEの連絡が届いた。


『今朝はろくに話も出来なかったけど、身体とか痛いところはねぇか?』


 大丈夫か、だなんて殊勝な言葉が届いて思わず笑ってしまった。


 俺、なんかすげー気遣いされてるし。


『別に痛いところはねぇし、ありがとな(笑)』


 マジで一晩で人が変わったような態度だな、おい。


『夜にでも時間が取れたらちょっと話してぇんだけど』


 相手は何やら奥歯に物の挟まったような言い方で言葉を濁して送ってきたが、何のことはない。今朝の続きをやりてぇわけだ。

 面倒くさくて考えを放棄していた『付き合うとは何か』をもう一度考えなきゃいけねぇのか、これ。

 いっその事、すっぱりとセフレみたいなくくりで考えた方が良い気がしてきた。


『今朝の話の事か?』

『そうだ』

『好き云々は置いといて、昨日みてぇのだけなら結構気持ち良かったし、また付き合ってもいいぞ』


 そう送ってやると少し時間を置いてから返事が返って来た。


『…お前がそうしてぇなら、最初はそれでもいい。でも、おれは本気でお前を好きになったから、ちゃんとした付き合いが出来ればいいと思ってる』


 本気の好き、って何だよ…知り合ってまだそんなに経ってねぇんだぞ。それで本気とか、よくわかんねぇ。顔や職業なんかで評価してくる女たちと何が違うんだ、それ。

 よくわからない課題を出されたような気持ちで一杯になり、俺はアイツに返事を返すことはしなかった。




 そこからは俺も仕事が忙しくなり、余計な事を考えている暇がなくなった。細かいリテイク――シンプルなのがいいって言ったり、少し凝った作りがいいって言ったりどっちなんだよ?――が続いて睡眠時間も削られるし、休みの日といえば仕事関連の最低限の返事をするので精一杯だ。

 相変わらず隆からの連絡は毎日途絶えることなく来ていた。内容に関しては『おはよ』とか『おやすみ』という挨拶から『飯食ったか?』とか『身体壊してねぇか?』なんてちょっとした気遣いまで…俺にしてみればなんて事のない事ばかり。それでも、返信出来ない俺に対してアイツは日常的な内容を一言でも毎日、送り続けてきていた。


 そんな毎日が続いて、こっちの仕事がようやく一息ついた頃、アイツからいつもとは違う連絡が来た。


『今日から元バンド仲間と、数日旅行に行ってくる』


 たまたま自分の時間が空いた時間にその内容を見たから、俺は軽い口調で返信をしていた。


『急だな? お土産よろー』


 それに対して既読がつくだけで、反応それだけかよと思いながら俺は携帯を閉じる。いつもなら一言でも文章で送って来るんだし、いくら旅行中だからってあいた時間でスタンプぐらい返せるんじゃねぇのかよ。

 思わず文句が頭の中を巡ったが、まあ、そのうち来るだろ、と考え直した。


 しかしそうかー、アイツ旅行行くのか。

 いいなァ、旅行。最近そういう時間がないよなー、と自身の仕事っぷりを見返して思う。行くなら温泉とかいいかもしれない。今度家族に提案してみようか。兄貴たちも疲れているみたいだし、凄く喜ばれるだろう。

 その日程でも考えようとした矢先に、高校時代の同級生である渡邉わたなべかおるから電話がかかってきた。譲と薫と俺の三人で高校時代はよくつるんでおり、その付き合いは今でも変わることはない。


「今期のアニメプレゼンテーションがしたいから泊まりに来い。駄目なら泊まりに行ってもいいが」


 丁度仕事が一段楽したところだし、時間は充分にある。


「暇だし泊まりに行くよ」


そう返事をすると、薫が心配そうに問い掛けてきた。


「仕事が暇とか、大丈夫か?」


 ちょ、心配された! お前だって何時仕事してるのかわからないぐらいアニメにのめりこんでるくせに!


「この前まで繁忙期だったわ、ばーか」

「繁盛でなによりだな」


 こーゆー軽いやりとりが出来るのが昔なじみのいい所だよな。

 明日にでも泊まりに行くと約束し、電話を切った。携帯を机に置こうとして少し考えた後に携帯のマナーモードを解除しておいた。連絡が来るなら、音が鳴った方がわかりやすいよな。

 そうして音を解除したっていうのに、数時間経っても俺のスマートフォンのポップアップが知らせてくるのはニュースや情報系のものばかりだった。


 …なんだよ、アイツ。既読ついてんのに連絡寄越さないとか。 あんだけ毎日、どうでもいいことばっか送ってきてたのに、今は何にも送ってこないなんて。まぁ、旅行中だから仕方ねぇのかもしれねぇけど。

 内心で文句を呟きながら携帯を放置する。そして隆からの連絡が入ったのは夜になってからだった。


 ようやくかよ、遅ェぞ。そう思いながらLINEを開くと、中身はOKのスタンプと観光地で楽しそうに仲間と自撮りした写真一通っきりで、それがまた俺を何かとイラつかせた。

 ふぅん、楽しそうじゃん。そんなんだったら…明日、男のトコに泊まりに行く事を教えてやろう。薫の事を元カレって言ったら慌てるかなコイツ。

 どんな反応が来るかを探るように、文章を起こしてアイツに送りつけてやった。


『明日、元カレの所に泊まりに行ってくるわ』


 送った途端にアイツからLINE通話が入ってきたが、勿論無視。


『どういうことだ?』

『男と付き合ってたのかよ?』

『今は付き合ってねぇんだよな?』

『恒…黙ってねぇで答えろよ』


 ポップアップも今度はニュースよりも隆からの連絡をペコン、と知らせてくる。それがあんまりうるさかったので、元のマナーモードに戻して内容については既読スルーするだけに留めておいた。


 次の日、薫のところに泊まりに行くと、すぐさまアニメ鑑賞会が開かれた。その間も隆からの連絡は続いており、ポップアップがいくつも上がっているが、勿論スルーで返事は返していない。


「この二期アニメが結構面白くてだな、今度幕張で行われる大型イベントでも新作フィギュアが出るらしい。それが評判良くて、今度行こうかと思ってるんだが、お前も一緒に行くか?」


「…へぇ、デザイン関係も入ったイベントだよな? 俺もちょっと見たかったやつだし、行ってみてぇかも」

「じゃあ再来週の日曜、空けといてくれ。オレは土日両方行くんで、時間はまた近くなってから相談するか」

「わかった」


 薫の言葉に受け答えしながらも、ポップアップが大量に上がるのを横目で確認する。


 ――お前、旅行中だよな?


 アイツは携帯をずっと見ながら旅行をするタイプなんだろうか。いや、それにしては一日目には全然返事がなかったから、普段は放置してるんだろうな。

 そう思いつつも、悩みながら送ってきてるであろう内容を流し見して、内心でほくそ笑む。

 いつもは人前でそう携帯をいじる事のない俺に薫も気付いて、事情があるのか問い掛けてきた。


「…今日はよくスマホを見てるが、何かあるのか?」

「悪い、知り合いから連絡がめっちゃ入ってきて」

「今期のアニメは良作揃いだぞ、もう少し真剣に聞いてくれ」

「了解」


隆には、後でなの一言だけを返しておいたが、通知がずっと止まることはなかった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る