第3-1話 せめて、責めて、攻めあぐね?




   3




 あの飲み会以降、最寄り駅が一緒だということが判明した為、おれはアイツへ頻繁に連絡を送るようになった。


『今日、仕事早く上がれそうなんだけど、赤羽で旨いピザの店があるんだけどどうだ?』

『ラクレットの美味しい店があるんだけど、一緒に行かないか?』


 等々…食事の誘いが頻繁になってしまったが、食事でなくても良かった。ただ、二回目もたった二時間程度しか話せていなかった。アイツともっと話したい。もっと距離を縮めたい。その思いが日増しに強くなっていくのを感じていた。

 美味しい店を引き合いに出して誘いをかけると、近いのもあってか何回かに一回――仕事が落ち着いた週中とか、アイツの時間に都合のつく時――にはおれの誘いに乗って一緒に飯を食いに行くようになった。

 会うようになると今度はアイツの色んな事を聞きたくて、さまざまな話題を切り出した。ある時は今日のニュースの話だったり、最近読んだ本の話だったり、仕事関連の話だったり。話題には事かかさなく、アイツへの関心は募るばかりだ。これじゃ合コンの時の女たちを笑えねぇ。根掘り葉掘り聞いてねぇつもりだが、自分に自信が持てない。

 当然の事だが、仕事が忙しいとおれの誘いに断ることも多かった。そういう時はわりと気落ちして一人で飯を食っていたんだが、そんな誘いに一度は断られたある日のことだ。

 おれとしては断られたから寂しく一人で飯でも買って帰るか、と思っていた矢先にアイツから連絡が来た。


『さっき一回断ってなんだが、今仕事上がれたし、まだ予定あいてるなら行けるけど』


 その連絡に小躍りしたのは言うまでもない。すぐにLINEで連絡して時間と場所を指定し、会う事に決めた。

 店は最寄り駅東口から歩いて十分ほどのところにある燻製バーだ。一人で入ることもあるが、此処の雰囲気が良かったのと飯が旨かったので一度アイツをつれて来たいと思っていたのだ。道の奥にある店なのでわかりづらいかと思ったが、おれが時間丁度に来ると、アイツは既に店へと続く階段の前で待っていた。


「遅れちまったか?」

「いや、迷わねぇように、早めに出ただけだから気にすんな。それにここ、実は来てみてぇと思ってた店だったんだ」


 そういって恒は嬉しそうな表情を浮かべた。


「店自体は知ってたのかよ?」

「本に載ってて気になってた」

「へぇ、そうなのか」


 話しながら階段を上り、店の扉を開く。扉の前にはカウンターが広がり、右奥にはテーブル席が四席ほどあるが、今日はテーブル席が埋まっているようだった。


「二名なんですが」

「カウンターでしたら空いてますが」


 一応隣にいた恒に顔を向け、問い掛ける。


「テーブルじゃなくてもいいよな?」

「まぁ、俺は構わないぜ」

「じゃあ、カウンターでお願いします」


 カウンターに二人並んで座り、ドリンクを頼む。燻製もある店なので今日選んだのは日本酒メインだ。


「ここの日本酒、結構うまいの揃えてるんだぜ」

「へぇ。俺、洋酒メインなんであんまり日本酒って飲んだ事ねぇかも」


 コイツは興味津々で店の中を見渡す。燻製自体にも好奇心いっぱいで、カウンター越しに店長が作っている料理の手順を面白そうに眺めていた。

 酒は飲み比べ三種セットをそれぞれ頼み、つまみに串ものをいくつかと先ほどから見入っている燻製詰め合わせを頼んだ。

 注文すると店員が酒瓶を持ってきて内容を説明し、それぞれ三つのグラスに入れていく。注ぎ終わったのを見計らい、小さく乾杯して酒に口をつけた。


「こっちのは辛口でもあっさりしてるな、飲みやすい。それに真ん中のは割りと甘い気がする」


 おれが一つの杯をゆっくり飲んでいるのに対して、コイツは日本酒をあまり飲んだ事がないと言っていた割に、飲み比べつつも早いペースで杯を空けていく。


「飲むの早ェよ、お前」


 苦笑を浮かべると、相手は少し困ったように眉を下げ、口を開いた。


「それ、譲とかにも言われンだよなァ…俺自身はそんな気はしてねぇんだけど」

「もう少しゆっくり飲めよ。つまみもまだ来てねぇぞ?」

「つまみと合わせて飲むのは大事だよな。つー訳で、今度はこっちの酒頼むわ」

「ちょ、ザルかよ」


 からかうようにおれが笑うと、そんなつもりはねぇと、眉根を下げていた恒もつられて笑ってきた。

 おれは表面では笑っていたものの、内心では眉根を下げて困った顔を見せたり、つられて笑ったりする恒の表情がころころ変わるのが可愛いとか思ってしまい、結構動揺していた。おれも相当酔ってるな。まだ酒一杯も空けてねぇってのに。


 そうして日本酒とカクテルを少し飲んで、今日も一、二時間くらいで締めとなった。

 コイツといると時間を忘れる。何時までも話していたし、近くにいたい。誰よりも側にいてその肌に触れたいと思って――そこで、触れたいって何だ、と内心で頭を抱えた。


相手は男だぞ。どうしてそんな感想が出てくるんだよ。 


「…おい、どうかしたのか? 飲みすぎたか?」


 心配そうに顔を覗き込んでくる恒に心拍数が上がる。


「や…大丈夫。明日の仕事の事考えてただけだ」

「そのナリで事務員ってのも笑えるけど、派遣社員も大変だよなー」


 そういって笑いながら恒は俺の髪をくしゃりとかき回した。セットした髪が乱れるのも今は気にならず、それ以上に恒が触れてったことに動悸が上がった。


 ヤバイ。おれ、マジでコイツをそういう目で見てるって事なのか……?


「まぁ…お前ほど大変じゃねぇよ。フリーで仕事してるってのは何かと大変だろ」


 さりげなく吐息をついて言葉を繋げる。おれの内心の動揺を他所に恒はまぁなー、と軽い口調で帰り支度を済ませていた。

 会計を済ませ店を出ると、今日も最寄り駅でお互い別れた。アイツはコンビニに寄ってから帰るらしく、既におれの前から姿を消している。本当に時間を無駄にしない奴だ。

 おれはというと、まだ家へとは帰らずに今日のアイツを思い出して、駅の改札口で立ち尽くしながら考え込んでいた。


 最初は不機嫌そうな面ばっかりだったアイツ。それが会話をするにつれて色んな表情を見せるようになっていった。動物が好きで、飼い猫を自慢していた顔。酒の飲みすぎを指摘されて困っていた顔。皮肉に笑った顔や苦笑を浮かべた顔。まだ知り合って間もないってのに、こんなに惹かれてやまないとか、こっちが困る。

 一度、頭を冷やそう。こんな感情は久しぶりすぎる。しかも相手は男だ。自分が気に入った相手にどう接していたかを考え込んでいたら、いつの間にか一時間も経ってしまっていた。






 葛藤とか、何でとか、色々自分の中で言葉は出てきたけれど、認めてしまえば後は早かった。あれこれ理由つけて誘っていたのも、感情に気が付けばわかりやすすぎる程だ。


 とにかく、仲良くなるのが先決だろう。何しろ今はまだ二時間の制限時間をオーバーしたためしがない。それを覆すために何とか理由をつけて家へと誘い込めないだろうか。


 思案していた矢先に元バンド仲間の望月もちづき恭平きょうへい――ちなみにコイツは元ドラムをやっていた――からLINEが来た。

 旅行代理店に勤める恭平は国内外へ旅する事が多く、よく旅先で手に入れた品をお土産にくれる。今回も面白いものを持って帰ってきたようで、連絡して来たのだった。


『リュー、久しぶり。スペイン旅行の土産買ってきたけど、何時会える?』


 土産って何だ、と思って問い返すと、なんと珍しいスペイン人の作った日本酒だという。

 これはアイツを誘ういい手立てになりそうだと踏んで、おれは早速恭平と会う約束を取り付けた。

 そして土産を受け取った数日後、おれは意気揚々と恒に連絡を入れた。


『よお。元気か? 次にゆっくり時間の取れそうな日っていつになるかわからないか?』


 仕事の可能性も考えて、相手の都合を聞き出す。するとアイツからは次の土曜なら空いてるけどどうした、と返事がきた。

 次の土曜となると三日後か。こちらとしてもなるべく早めに会いたかったところで都合がいい。


『希少な日本酒を手に入れたんで、一緒に飲まないかと思ってさ。ウチに来ないか?』

『マジか。どんな日本酒だ?』

『スペイン人が作ったっていう日本酒で辛口の大吟醸だぜ』

『へぇ、そんな日本酒もあるのか面白ぇな』


 案の定、興味津々で酒に食いついている。


『おれも飲んでねぇから味はわかんねぇ。まぁ、保険で会津の酒も用意してっから、飲み比べもいいんじゃねぇか?』

『会津の酒も旨そうだな。ツマミとかどうする?』 

『それもこっちで用意しておくから、土曜十九時に駅で待ち合わせな』


そう送ると相手からは了解のスタンプが返って来た。最初の頃から比べるとアイツからスタンプで返って来る事も多くなってきていて、慣れてきたかのかとちょっといい気分になった。






 待ち合わせの土曜がやってきた。

 おれはいつものようにラフな格好で駅前に向かう。今日の為に日本酒二本とロング缶のビール六本、買い置きのウイスキーとラム、ソフトドリンクでコーラにジンジャーエール、そしてツマミの寿司とチーズ等を用意して冷蔵庫の中に――ウイスキーとラムは冷蔵庫の外だが――入れておいた。

 人の多い駅の東口にあるコンビニの前で待ち合わせだったのだが、アイツの姿はすぐに見つける事が出来た。今日もスリムジーンズにグレーのパーカーを羽織り、両耳に一つずつ金色のリングタイプのピアスをつけた気楽な格好をしている。


「悪い、待たせたか」

「今日はたまたま早かっただけだ。んで、どっちなんだ、お前の家」

「こっちだ」


 そのまま恒を連れて逆の西口を抜けると、大通りを進んでいく。


「へー、お前のウチ、こっち側なのか」


 最寄り駅は同じでも西口と東口で大分街の印象が違う。大方、コイツは逆の東口方面に家があるのだろう。


「引っ越してきたのは五年位前だけど、こっちは静かでおれは気に入ってるよ」

「初めて聞いた。その前はどこに住んでたんだ?」

「板橋に住んでたんだけど、こっちの方が気楽でいいな」


 そう答えると、恒は何故か嬉しそうに笑っていた。

 大通りを一歩入ると住宅街で静かな通りも多く、虫の鳴き声が秋の調べを響かせている。


「大分涼しくなってきたよなぁ」

「日中はまだ暑ィよ。今年なんか真夏日多すぎだろ」


 暑いの苦手なのに、と唇を尖らせて呟く恒。やっぱ可愛いな、オイ。


「おれは暑いのも寒いのも苦手だから、今みたいな季節はちょうどいいわ」

「寒いのは着込めば平気じゃねぇ?」

「田舎じゃそんな程度じゃ寒さしのげねぇからな。おれなんか明彦に…あ、明彦ってのはこないだの合コンで一緒だったやつだけど」


 そこまで言うと恒が勢いよく口を挟んできた。


「ベースのアキヒコだろ? あの日はマジで騙されたわ」

「…騙してねぇだろ、言わなかっただけで」


 ふくれっ面も可愛いとか、本当に重症すぎる。動悸を誤魔化すようにおれは何とか言葉を繋ぎ、先の会話を続けていく。


「まぁ、その明彦はおれの幼馴染なんだが、おれが寒がりなの知ってるから冬場はホッカイロを常に二、三枚持ち歩いてて、寒くなると毎回使えって差し出されてたわ」

「まじか。オカンじゃねーか」


 昔のエピソードを披露すると恒にウケたらしく、大笑いしながら家へ向かう羽目になった。


 そうして話しながら、駅から二十分程歩いただろうか。おれたちは一軒の古い木造アパートへと到着した。

 一階の一番奥の部屋に近寄り、持っていた鍵を取り出してドアをあける。

 中はおれにはいつもと変わらねぇただの2DKの部屋。一人暮らしにしては広めで家賃が高そうに思えるが、立地と建物の古さから破格の家賃でここを借りている。


「部屋散らかってっけど気にすんなよ?」

「野郎の一人暮らしだろ? 大層な期待なんかしねぇし」


 恒は家主より先に玄関を上がり、中に入っていく。

 まぁ、見られて困るようなモンはねぇから黙って先を行かせた。

 扉を閉めて、鍵をかけると中へ入る。


「なぁ、結構いい部屋じゃん」


 一通り眺めて満足したのか、相手は玄関まで戻ってきた。


「まぁ、居心地は悪くねぇよ。自分でも気に入ってる」


 キッチンを通り抜け、真ん中の部屋で座るように促し、ハンガーを手渡すと恒はパーカーをかけて壁の長押なげし部分へ引っ掛けておいた。


おれはテーブル――冬にはコタツになるやつだが、今は毛布はしまってある――へ買い込んでいた寿司や日本酒とグラスを並べる。所狭しとテーブルの上を埋め尽くすと簡易の宴席が出来上がった。


「結構豪勢だな」

「まぁ、日本酒には寿司だろ」

「違いねぇ。んじゃ乾杯しようぜ」


 早速例の日本酒をあけて、二人分のグラスに注いでいく。

 小さく乾杯をし、日本酒を口に含むと程よい辛味とすっきりとした味わいが喉を通っていった。


「さっぱりして飲みやすい辛口だな」

「意外と旨い」


 二口目にして飲み干した恒は手酌でおかわりを注いでいる。口にあったのなら良かった。

 そしてつまみの寿司に手をつける段となって、恒の好き嫌いがまた判明した。


「イカ、エビ、タコは食わねぇ」


 コイツらは食感が気に食わない、と文句を言ってそれらを拒否していた。


「じゃあ、それはおれが食うから、こっちのサーモンとマグロお前にやるわ」

「マジでいいの? サンキュ」


 嬉しそうにする恒が見れただけでも儲けモンだ。ついでにネギトロ軍艦巻きも添えてやると実に嬉しそうに笑っていた。


 マジで可愛すぎるだろ、こういうところ。


 今日もまた、話しながら杯を重ねた。一本目の日本酒が空になる前に恒は味の変化を欲しがった。今度はビールをジンジャーエールで割ったシャンディガフを作って飲ませたり、買い置きのウイスキーをコーラで割ってみせたりと、気が付けば恒もおれも大量の酒を飲み干していた。


「…暑ィ…」


 酒が大分回った恒はごろりと床に寝転がりながら呟く。寝心地悪い、と自分のピアスは外してテーブルにおいていた。


「こら、そこで寝るんじゃねぇぞ」

「えー、だって暑ィじゃん」


 全く答えになってない返答を寄越して、恒はフローリングの床に丸まる。その姿がまるで猫のようで可愛いな、と思いながらおれはクーラーのリモコンのスイッチを入れた。

冷たい風がエアコン口から吹き出し、恒の身体にかかる。


「あー、涼しい……」


 柔らかい笑みを浮かべ転がる恒にドキン、と心音が跳ね上がる。


 ――ちょ、その表情かおはやべぇ。なんていう無防備な顔してんだよ。


 高鳴る鼓動を抑えながらも、おれは恒の肩に軽く触れると口を開いた。


「なぁ…恒、いきなりだけど、おれさ、お前の事がめちゃくちゃ好きかもしれねぇ…だから、一緒にベッド行こうぜ」


曖昧さを残した告白だったが、恒は拒否の態度を見せることはなかった。


お前も、同じ気持ちでいてくれてるのか? それなら、お前を抱き締めて、それから――。


 なんて、邪な思いが脳裏を過ぎった時、相手がいきなり立ち上がり、はっきりとした口調で言葉を告げた。


「寝る。おやすみ」


 フラリと奥の部屋へ足を進め、おれのベッドの上へ身を投げると大の字になって寝息を立て始めた。


 …え、どうなってんだ?


 疑問に思ったが、告白もしたし、おれのベッドで寝てるというのは千載一遇のチャンスではある。


「恒……」


 耳元で囁いて寝ている相手の唇に軽く口付ける。更に服の上から太腿や腰を撫で回してみたのだが…全くの反応なし。

 触れたらちょっと位吐息が漏れたり、だなんて甘い夢を見ていたのだがそんな事は一切なく、全く微動だにしない。


「…ちょ……アレ、生きてるか?」


 まさか飲み慣れない酒の飲み過ぎで、急性アルコール中毒を起こしてたりしないよな?


 あまりに無反応過ぎるので、コイツの顔に自分の顔を近づけて呼吸を確認する。スースーと小さな寝息を立てて正常な呼吸をしている恒に安堵すると共に、先程脳裏に抱いた邪な思いが再度現れてきた。


「おい、恒……」


 いいよな? なんて心の中で問い掛けながら再度恒の唇に己のものを重ねようとした所で。


「…っさい」


 寝ぼけた声が響いたと思う間もなく、恒の手が思いっきりおれの顔を払った。


 マジで痛い。が、寝込みを襲おうとしていたおれが声を上げられる筈もなく。ベッドの真ん中で大の字で寝ている恒の隙間になんとか滑り込んで横になったものの、横で無邪気に寝ている相手にこれ以上の手出しは出来ず、モンモンとした状態のままで朝を迎える事になった。









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