第2話 まさかの事実と巡りあい
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着ていたスーツを無造作に脱ぎ捨て、苛立ちのまま自分のノートパソコンの電源を入れた。
譲にどうしてもとせがまれて行った合コンの席ではあったが、今日はとにかく最悪だった。飯が旨いと評判の店だからと仕事を早めに切り上げて向かったものの、俺の嫌いなモンばっかりで食べられるものもほとんどなかった。さらに女ばっか群がってきてげんなりする事ばかりだ。
――何が飯の旨い店だ。女ウケのコース選びやがって。何にも食えなかったじゃねぇか…俺は女の相手をしに行ったんじゃねぇんだぞ。
その時の女たちのかしましさを思い出してウンザリすると共に、店を出てくる間際で話し込むことになった赤い髪の男の事を思い浮かべた。
スーツ姿のその男は、イメージとかけ離れているのにもかかわらず、どこか俺のお気に入りバンドのヴォーカル姿とダブる気がした。
面白かったのはそれぐらいだな、と脳裏で呟きながらやりかけの仕事を立ち上げる。
家や兄貴たちのおかげで『新進気鋭のデザイナー』なんて言われてるけど、フリーのグラフィックデザイナーとしては駆け出しみたいなもんだ。仕事してもっと頑張らねぇと。
そうして仕事を始めて一、二時間経った頃だろうか。
キリもいいので今日はここらで止めておくか、と携帯に目を向けるとLINEのポップアップがいくつも上がっている。
いつもならニュースや情報系がほとんどだが、今日に限っては何度も譲から連絡が来ていた。自分のスマートフォンは普段から音の鳴らない設定にしてあるため、ポップアップが上がっても気付けないのだ。
『恒さん、今日はお疲れ様です、無理言ってすみませんでした』
『女の子たちから連絡先交換して欲しいって言われてるんですけど、ダメですよね?』
『女の子たち、恒さんの事気に入っちゃったみたいなんですよ』
『どこまで話してOKですか?』
譲のダラダラしたLINEの内容に顔を顰めると、一言だけ返事をしておく。
『こっちは興味ねぇんだ、全部NGだろ』
…ったく、個人のプライバシーもあったもんじゃねぇな。これだから合コンなんてのは嫌いなんだ。
譲の他にも幾つかポップアップがあったので中身を確認していくと、早速あの赤い髪の男からも連絡が来ていた。
『今日は話せて楽しかった。次回は普通に飲みにでも行こうぜ』
社交辞令だとわかっているが、マメなことだ。まぁ、こっちも機会があればCDを貸してやるって言っちまったし、返事くらいはしておくか。
『こっちこそ面白かった。また機会があれば是非宜しく』
短く返して、携帯を机の横に置いた。明日になれば多分譲からまた電話でもかかってくるんだろう。
対応を思うと少々頭が痛くなる思いだが、今日のところは放置しておく事にし、仕事の内容を保存してパソコンの電源を切った。
次の日の昼間、電話連絡では埒が明かないと思ったのか、譲は直接家までやってきた。
「恒さぁん、酷いじゃないですか。途中で帰るなんて!」
「俺は最初からそういう約束だっただろ」
仕事もあるので家に押しかけられてるのも困るんだが、兄貴が応接室で来客用のお茶を出しちまったから仕方ない。お茶一杯分は付き合ってやることにする。
「でも今日も女の子から恒さんと連絡とれないかー、って連絡が来てるんですよ? これ、どうします?」
「どうするもなにも、昨日も言った通り、全部NGだって。今は仕事が忙しいし、恋愛とか興味ねぇよ」
「興味ないのは知ってますけど……」
「大体お前、俺がこういう席で毎回困ってるのを知ってるじゃねぇか。普通の飯には付き合ってやるから、次からは合コンの席に俺を呼ぶのはやめろ」
不満や文句をここぞとばかりにぶつけてやると、譲はあっけらかんと口を開いた。
「でも普通の飯と合コンは別モンじゃないですかぁ」
「でもじゃねぇんだっての。それに昨日の店のチョイスだって俺的にはNGだ。飯が旨いって言うし、途中で帰っていいから、ってことで参加したけど、俺には何にも食えるモンなかったからな? 前菜のサーモンだけ食うのも嫌だし」
「ピザは食べれそうなやつでしたよ! マルゲリータ!」
「そうじゃねぇだろうが…」
譲の能天気さに俺はガクリと肩を落とした。ああいえばこういう…コイツのこういう所には時々疲れて仕方がない。項垂れる俺に対し、譲はからっとした口調のまま話し出した。
「あー、でも恒さん。オレも彼女作りたいとかじゃなくて、人付き合いがもっと増えればな、と思って誘ってるんですよ。特に恒さんなんか、ほっとくとずーっと家にいるから付き合いなくなっちゃうじゃないですか」
だから、そういう人たちを引っ張り出すのがオレの役目みたいなモンなんですよ、と自慢げに胸を張る譲。
「ばーか、そういう席で付き合いなんてそう簡単にいくかよ。そもそも、そんな事言うんなら男ばっかの飲み会でも開いてみやがれ」
「それの何が楽しいんですかぁ! 女子の華やかさも欲しいじゃないですか!」
彼女欲しさではないといいつつも、これだ。
少しイラついて、テーブルの向かい側に座る譲の額めがけてデコピンするフリをすると、それを避けながら譲は唇を尖らせて文句を呟く。
「大体、恒さんは合コンをさらっと抜けすぎなんですよ!」
「仕事を抜け出してやっただけでもありがたいと思え」
今だって仕事を途中にして話に付き合ってやってるんだぞ、と告げると譲は苦笑いで言葉を濁した。
「…恒さん、仕事熱心なのはいいですけど、ホント、家族やオレ以外となかなか話す機会ないじゃないですか」
「そういえば、こないだの席で一緒になった赤い髪の男と連絡先交換したわ。機会あったら飲み会しよう、って話になってて……」
そこまで告げたところで、譲が納得したように声を上げる。
「あー、恒さん好きでしたもんね、あのバンド」
――は? 今、何って言った?
声を飲み込んだような表情で譲を見つめると、譲はそのまま言葉を続けて言った。
「リューさんは自分じゃバレないって言ってましたけど、あの赤い髪は特徴的ですし、恒さんもわかったんですね」
やっぱりわかりやすいですよねー、なんて続けてくる譲の言葉が耳を素通りしていく。
え、どーゆーことだ?
わかりやすく疑問符を頭に飛ばしているとようやく譲も会話がかみ合ってないのに気付いたのか、こちらを見つめてはっきりと口にした。
「C・スクウェアですよ。恒さん、未だに好きだって言ってたでしょう?」
「マジか! え、じゃあ他の面子も?」
「ベースのアキヒコさんです。あの二人は誘うとよく乗ってくれるんで誘いやすいんですよ」
他の面子も誘うと大抵来てくれますけどねー、と自慢げに言う譲に俺は頭を抱える。
穴があったら入りたいとはこの事だ。本人に似てる、だのCD貸してやる、だの偉そうな事言っちまった。
まさか、本人だと思わないじゃねーか!
「…何で言わなかった!?」
つかみ掛かるような口調で強く問い掛けると、譲も焦ったように言い訳してきた。
「リューさんに口止めされてたんですよ! バンドの事は絶対に出すなって」
「マジか……」
名前も違ってたし、印象も違ってて気付けって方が無理だ。
「…隆だからリュウ、なのか」
「そうです」
これで会おうだなんてどの口が言うんだ?
「ちょ、マジ連絡取りずれぇ……」
「え、何でですか? バンドも解散してますし、今は普通の社会人ですよ、皆?」
オレだって連絡とってるんですから、と譲に説得されたけど喫煙室での俺とアイツのやりとりは二人しか知らない話だ。アレを本人にしてしまった――しかもお気に入りのボーカルとは知らずに、だ――ダメージは大きい。
スマートフォンを握り締めてこの前来た連絡を呆然と眺めていたところでピコン、と新たな連絡が入ってきた。画面を開いていたのですぐに既読が付いてしまう。
『来週の土曜、十九時からあいてないか? もう少し話したいし、良かったら飲もうぜ』
このタイミングで連絡よこすとか、こいつ働いてねぇの? ああ違う。今日土曜日か。普通なら休みだもんな。それにしてもタイミング良すぎねぇか?
「なんか、金城サンから連絡きた」
「ジャストタイミングですね! じゃあ、とりあえず女の子たちには断っときます。お邪魔しましたー!」
言いたい事だけ言うと、譲は本当に帰っていく。こういう所が現金だと言われる所以だ。
俺はというと、仕事へ戻る前にスケジュール帳を確認し、携帯画面をもう一度見直す。
来週の土曜は仕事が詰まっていて、とてもじゃないが出られそうもない。
『悪いけど来週は仕事が詰まってて無理』
見も蓋もない返事だが、仕事なのは本当なので仕方ない。そのまま返すとすぐに既読が付いてまたも返答が来る。
『そっか…じゃあ、またタイミングいい時にでも誘うわ』
またな、とスタンプが押され、俺は返信せずに画面を閉じた。
誘いが来るのはありがたいが、どう会話すればいいんだ?
今度連絡が来たときにどう返答しようかと思案しながら、俺は仕事場へと戻っていった。
次に連絡が来たのは、前に誘いが来た時から五日経った後の事だった。またも気軽な感じで飲みの誘いの連絡だったのだが、如何せん、来週金曜の夜となると、これまた仕事であいていない。
断る言葉も二度目となるとこちらが申し訳なくなってくる。相手が社交辞令ではなく普通に飲み会へ誘ってくれているだけに――それが自分が気に入っているバンドのヴォーカルということも含めて――いたたまれなさを感じてしまう。
『本当に申し訳ねぇんだけど、その日も仕事で行けねぇ。悪い』
あ、これ相手に言い訳だと思われてるかもしれねぇわ。別にそんなつもりはねぇんだけど、基本、土曜まで仕事してるし、締切前の仕事があるから自然と夜遅くまで作業する事になる。
まぁ、これは自分の言い分で相手からしてみたら言い訳になっちまうのかもしれねぇんだけど。
相手は仕事なら仕方ない、って言ってくれているが、二度も誘われて断ったのはさすがにバツが悪い。
少し考えて、俺はいつもなら送らない追加の言葉を入力した。
『今、本当に仕事詰まってるから、何時なら大丈夫か、こっちから連絡するから、ちょっと待ってもらえるか』
この言葉に相手から即『OK』と表示されたキャラクタースタンプが来て、やりとりは終了する。それにしてもゆるキャラ系のスタンプとか、意外と可愛らしいスタンプ使ってんだな。今度アイツのスタンプフォルダ見せてもらうか。それでやたらと可愛いのばっかだったら、外見と見合わねぇスタンプ使ってるんだなってからかってやろう。
そう内心で突っ込みいれながらも自分から連絡すると言ってしまった以上、仕事が片付いたら見計らって連絡を入れることを決めた。
そうして俺が返事を返せたのはあれから二週間が経った後だった。仕事も一段落した休日の夜十八時から。場所は前回の合コンでも行った池袋駅周辺。お互いの最寄り駅が何処かわからないため、こないだと同じ駅で、という話でまとまったのだ。
駅近の居酒屋チェーン店で待ち合わせし、合流する。あれから会うのは二度目だ。
時間きっかりに来たってのに、相手はもう先に来ていて、煙草を吸いながらメニューに目を通していた。一回目に会った時とは違い、目立つ赤毛を逆立たせ、服装も黒のVネックシャツに茶のジャケットを羽織り、下はデニムジーンズという随分ラフな格好をしている。更に加えて今日の格好に似合うチェーンネックレスと少しゴツめの指輪までつけていた。バンド時代を彷彿とさせるいでたちだ。
「待たせたか?」
「いや、こっちが早く来ちまっただけだから気にすんな」
そう言って煙草を消しながら、男はメニューを手渡してくる。先に来ていた分、相手は既に飲み物を決めているようだった。
「今日はラフな格好なんだな」
メニューに視線を通しながら話すと、コイツはニヤリと口元を歪めて笑う。
「そりゃな…っていうかお前もだろ。今日はパーカーにジーンズとか。気楽なモンだな」
「まぁ、野郎同士で着飾るモンでもねぇだろ」
同じように皮肉に笑って見せるとそりゃそうだ、とあっちも軽く頷いていた。
揃って飲み物を頼むと、一息ついたように相手が小さく吐息をついた。
「二回も断られたから振られたか、と思ったぜ」
「仕事だって言っただろ」
こっちも軽く応えたところで、飲み物がやってきて二人して軽く乾杯をする。
「何食う? お前、何好きなの?」
「肉」
「マジか。肉食には見えねぇな」
相手は苦笑を浮かべてメニューをめくっていく。
「お前は肉食に見えるけど」
「あー…そう言われるけど実は野菜が一番好きなんだよ、おれは」
「マジか。じゃあ、野菜食ってくれよ。俺苦手」
「おう、食ってやる」
軽口も交えながら何品か注文し、杯を重ねていく。
そして合コンの席で言った事も言わなかった事も、改めてコイツと話した。
「仕事、会社員だっけ?」
「ああ…今は目指してる事があって、仕事は派遣社員やってる」
「C・スクウェアのヴォーカルが派遣社員かよ…」
皮肉のように口を開けば、男も苦笑しながら頭を小さく掻いた。
「…譲から聞いたのか? まぁ、昔の話だしな。合コンの席でまさかお前の口からその名前が出るとは思いもしなかったけど」
「俺だってまさかお前が本人だとは思わねぇだろ? 今日だってどんな顔して会えばいいのか、すげー悩んだんだからな?」
そう言ってやれば相手は面白かったのか腹を抱えて笑っていた。そこまで笑う事はないだろ?
「気に入って初めて行ったライブが解散ライブだったんだから、忘れられねぇだろが」
「それもすげぇ偶然だな。つーか、そこまで気に入ってくれてありがとな。皆やりたいことが見つかってばらばらになっちまったけど、未だに覚えてくれている人がいるってのは嬉しいよ」
さっきまで軽い口調で話していたのに急に真面目な声色で話し出した。コイツ、ヴォーカルやってただけあって声がいいんだ。真面目な声でそう言われると、逆にこっちが照れちまう。
「曲も、歌も気に入って聞いてたんだ。残念だと思ったよ」
「そっか」
柔らかく笑って、男は酒を口に含んだ。
そこからまた色んな事を話した。俺の仕事の事や趣味のこと。合コンと違うのは根掘り葉掘り聞くんじゃなくて、何となくお互いに話し合ってたって事。
会話は結構盛り上がり、気付けば飲み会開始から二時間が経過しようとしていた。
「あ、悪ィ…俺、そろそろ帰らねぇと……」
「まだ二十時だぞ? 時間早ェだろ。最寄り駅どこだ?」
時計を見た相手がつまらなそうにぼやく。
「最寄は池袋から二十分くらいのとこなんだけど、駅前の図書館に寄りたいからさ。二十一時には閉まるし、仕事の資料取りに行かねぇと」
「そっか…じゃあ今日はこれで上がりにするか」
仕方なそうに呟く相手に、俺も軽く謝って言葉を返した。
「悪ィ…今日楽しかったし、また機会があれば飲もうぜ?」
笑って見せると、相手も薄く笑みを浮かべ、頷いて見せた。
割り勘で会計を済ませ、池袋駅へ直行する。埼京線に乗り込むと男も同じ電車に乗り込んできた。
「同じ方向なんだな」
「俺、赤羽で乗り換え」
「マジか。おれもだ」
お互いの話を聞いてみると、実は最寄り駅が同じ駅だと判明した。こういう偶然っていうのもあるもんなんだな。
最寄り駅に着くとアイツは飲みなおす為にまた別の店へと向かっていく。贔屓の店があるようだったが、俺には関係のない話なのでそのまま図書館へ向かって歩みを進めていった。
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