第1話 出逢いは合コンの中で




     1




 あるの金曜の昼下がりの事だ。

 今日、おれは有給を使って未だ物にならない執筆活動に勤しんでいた。大賞の応募締め切りは二ヵ月後。その為には何としてもこの話を書き上げる必要があった。

 それなのに、昼を過ぎても一向に文章はまとまる気配を見せない。書いては消し、消しては更に書き進める――その繰り返しを続けていたところで手が止まってしまっていた。


「……これ、マジで書きあがる気がしねぇ…」


 深々と溜息をついて一息入れようと机から立ち上がる。



 ――ピンポーン。



 そのタイミングを見計らったように家の呼び鈴が鳴り響いた。平日の昼間から誰だよ、と思いつつも玄関の扉を開ける。


「…ああ、いたみたいだ」


 安堵の声を上げて、玄関の前にいたのはおれの幼馴染の甲斐(かい)明彦(あきひこ)だ。金の長髪をかきあげ、携帯で話しながら、何やら頷いて携帯をおれに差し出してきた。

 その電話の向こう側からはやたら騒がしい声が喚いている。非常に嫌な予感がしながら携帯を受け取り、耳に当てた。


たかしさぁん、何で携帯の電源切ってるンすかぁ! 明彦さんにわざわざ確認してもらっちゃったじゃないスか!」

「こーゆーのに邪魔されたくないからに決まってンじゃねーか。んで何の用だ?」

「詳細は全部明彦さんに伝えてあるんで、是非来てください!」

「待て待て、何の話だ?」


 電話を遮り明彦に目を遣ると、明彦は淡々とした声で用件を伝えてきた。


「譲がまた合コンの幹事やってるみたいでな…オレとお前が誘われてるらしい」

「またかよ! おれは行かねぇぞ?」


 叫ぶと今度は電話越しに悲鳴のような声が聞こえてくる。


「お願いしますよぉ! もう他に誘える人がいなくて、隆さんが頼りなんです!」

「…にしても五度目だろ? お前いい加減懲りろよ」

「わかってますよ…でも、今日、女の子たちきっちり集まってるし、男性陣が少ないの困るんです…! お願いします、隆さん助けてください!」


 電話口で直謝りする譲に、溜息で返事を返す。

 譲とはおれがC・スクウェアというインディーズバンドを組んでいる頃からの知り合いで、ライブハウスのバイトだったのだが、よくおれたちの手伝いをしてくれる奴だった。バンドを解散して六年ほど経つが、今もこうして時々連絡を取り合う程には付き合いがある。


 しかし、だ。


 譲の付き合いで行った合コンで楽しかった思いはほとんどない。それに今のおれには女と付き合う余裕もねぇし、原稿も書き上げなけりゃならねぇ。断りたいところではあるのだが、こうして何だかんだ頼りにされる事は嬉しくもある。


「ちなみに、今日行く場所は飯が旨いと評判のところだぞ」

「…お前は行くの決定かよ」

「お前だってそうだろう、隆。何だかんだ言いながら譲の頼みを毎回聞いてやってるんだからな」


 付き合いの長い幼馴染には全てお見通しのようで、結局おれが断らないのをわかっているらしい。

 苦笑混じりの溜息を一つ落として、おれは口を開いた。


「…女の相手はしねぇけど、飯食いに行くってのは構わねぇよ」

「いいです! 来てくれるだけで問題ないです!」


 参加の同意を出しただけで途端に元気になる声。譲はこういう所が現金だ。


「あと、バンドの話は厳禁だからな?」

「わかりました、大丈夫ですよ! 本当にありがとうございます。じゃあ、後ほど待ってますんで」


 渋い声で返したが、相手は気にしていないようで、そのまま電話は切られてしまった。


「悪いな、付き合わせて」

「わざわざ、おれん家まで確認しに来るぐらい、お前も譲に付き合わされてンだろーが。お人好し」


 持っていた電話を明彦に返しながらそう言うと、明彦も苦笑しながら言葉を返してきた。


「そういう性分だ、仕方ない」


 お互い損な性分だよな、と思いながら明彦から具体的な場所と時間を聞きだす。

 池袋にあるイタリアンレストランに十九時から、だそうだ。

 現地に直行する旨を伝えると、明彦は了承して一旦家へと帰っていったので、おれも部屋の中へ戻る。部屋の中ではデスクトップパソコンが起動状態のまま放置されており、書きかけの文章が途中のままになっていた。


 そういえば一息入れようと思っていたところだった。


 手直しが続いた文面がどうも纏まらず、頭を悩ませていたところでこの誘いだ。今日のところはこれで打ち止めにしておいた方が良さそうだ。

 起動していたままの画面に保存をかけると、パソコンの電源をシャットダウンした。




 合コンということで赤い髪を丁寧に後ろへ撫で付けて整え、少々堅苦しいが濃いグレーのスタンダードのスリーピーススーツに薄いグレーのシャツ、ボルドーのストライプネクタイをつけて、小洒落たイタリアンレストランへ時間通りに足を運んだ。

 レストランには既に着飾った女性陣四名と幹事の譲、幼馴染の明彦がそれぞれ着席していたが、自分の他にまだ男性陣が一人足りない。

 どういう事か譲に目線で問いただそうとした瞬間、遅れて男が一人入ってきた。

 細身で長身を生かした濃紺のスリムタイプスーツに細いブルーネクタイのコーディネートと、短い黒髪で切れ長の瞳、薄い唇をした整った面相の男へ女性陣の視線が一気に向かう。けれど男はそんな視線など気にした様子も見せず、譲に一言断ってからおれの隣の席に座った。ちなみにその男がつけている時計は金のロレックスだ。座った俺の位置からもそれが良く見えた。

 全員が揃ったところでドリンクの注文と、コースの料理が運ばれてくる。


「サラダ取り分けますー」


 家庭的なところと見せようと一人の女が給仕役に回る。


「じゃあ、お願いします」


 儀礼的に返して、取り分けられたサラダを男性陣へ渡していく。その間も女たちが気にしているのは一番最後に来た男の事だ。

 自己紹介もまだだというのに色々聞き出そうと構えているのが見て取れた。例え自分に向かっているものではなくても、こういう時の女の勢いは正直好きになれそうもない。それに、奴のサラダだけ若干山盛りになっているのが見えて、こういうところでも得だよなぁ、と内心で思った。


 頼んだドリンクが揃ったところで幹事の譲が乾杯の音頭をとり、真っ先に自己紹介をした事で残りの男性陣も一人ずつ自己紹介を始めることになった。

 譲に次いで明彦が淡々と挨拶し、おれも名前と挨拶だけの簡単な自己紹介を披露する。最後に遅れてきた男が名乗ると女の視線が一気にそっちに向かい、歓声が上がった。顔がいい男ってのはホントそれだけでモテるもんだな。

 自己紹介が済むと途端にフリータイムの様相となった。


金城きんじょうさんは何やってらっしゃるんですか?」

「普通の会社員だよ」

「隆さんの髪の色、明るいからバンドとかされてるのかと思いましたよー」

「明るさで言ったら幹事の譲も大分明るいんじゃないか?」

「あぁ、そうですよね!」


 出された質問に苦笑しながら言葉を返していく。おれは元から飯を食いに来ただけのつもりだから女の質問には当たり障り無く返して一杯目のグラスを空にした。

 隣の男は案の定、女性陣からひっきりなしに質問されている。

 年齢や職業、誕生日、血液型、趣味や好きな食べ物、好きな音楽…しまいには年収まで訊かれていて、男も苦笑のような笑みを浮かべ、曖昧に返答しているようだった。おれはそんな会話を聞くともなしに聞きながらドリンクメニューに目を通す。

 ここのレストランはイタリアンのわりに通常のカクテルメニューも多く、飲みなれたものを頼めるのが丁度良かった。


「次飲むヤツいるか?」


 二杯目を注文する前に他にも注文するヤツがいないか声を掛けると、隣に座った男が女の質問から逃れるようにおれに目を向けた。


「あ、俺も頼みたい」


 矢継ぎ早に質問攻めされていたヤツだったが、その合間に一杯目は飲み干していたらしい。


「こういうところの、飲みやすいからすぐ飲んじまうんだよな」


 ドリンクメニューを手渡すと、男はメニューに視線を動かす。

 今といいさっきの自己紹介といい、コイツは女の視線を集めている割に女へ特に対応をしない。そのまま流して終了だ。


「俺はラムコーク。あんたは?」

「…おれはシャンディガフで」


 答えると男はすぐに店員を呼んで飲み物のオーダーを済ませた。他にも飲み物追加するヤツいたかもしれねぇのに、女に聞く様子も見せず、追い討ちで来た質問にも適当に流していた。

 合コンに参加しているのにここまで女に無頓着になれるのはある意味凄い。まぁ、人のことは言えねぇんだけど。

 逆にこの男が何になら興味を持つのか、少し気になってきた。




 小一時間程経った頃だろうか。

 小用を足すついでに煙草を吸ってから戻ろうと、店の喫煙室へ足を向けた。

 合コンに使われたこの店は基本的に全席禁煙で、喫煙室が別にある仕組みになっている。

 おれがその部屋に入ると、遅れて例の男が入ってきた。


「よお」


 右手を上げて呼びかけると、不機嫌そうな表情で俺を見返し、小さく吐息をついてみせた。

 始まってからずっと女の質問攻めにあい、それを片っ端から流していたのは見ていたが、その男にも疲労の色が濃く浮かんでいる。


「お疲れサン」


 軽く笑って男の肩を叩き、吸うかと持っていた煙草の箱を男に向けると、おれから箱を受け取り中から一本取り出す。煙草をくわえようとして、男が口を開いた。


「…火、貸して」

「おう」

 ポケットに手を突っ込んで、中に入っていたジッポーを取り出すと、男に手渡す。

「サンキュ」

 彼はぶっきらぼうに礼を言うと、疲れた様子で煙草に火をつけ、深く吸い上げた。

「ふぅ…」


 白い煙が吐息と共に吐き出される。並んだ状態で煙草を吹かしながら、一言も喋る気配がない。

そりゃ疲れるよな、とあの女たちの様子を思い出してゲンナリとした。

面のいい男を見付けた時の女ってのは容赦ねぇ。例えこの合コンに友達同士で参加してるのだとしても、譲り合うなんて事は絶対にない。それで友情にヒビが入ったりしないもんなのかね? まぁおれの知った事じゃねぇんだけど。

内心で呟きながら、おれは最後に一吸いしてから、灰皿に自分の煙草をねじこんだ。


「アンタも譲に誘われた口だろ。災難だったな」


 前に自分も似たような場面があったことを思い出し、苦笑を浮かべた。あれは確か、譲の馬鹿がよりにもよっておれのファンだった女を合コンに呼んだ時だ。


「来るだけだ、って言ったのに、これだからこういう席は好きじゃねぇんだ」

「顔がいいと難儀だな。お前が登場した瞬間から、女の視線掻っ攫っていったもんな」

 からかうつもりで告げると、男はキツイ目線でおれを睨みつけてきた。

「好きでこんな面してんじゃねぇぞ…テメェも女の相手してみればいいんだ。鬱陶しいったらありゃしねぇ…」

「合コンに来てそう言う奴も珍しいよなァ」

「金城サンだっけ? なんなら、あんたがもっと貪欲に女の相手してくれよ」

「やるかよ。おれは飯食いに来ただけだし」

「俺だってそのつもりだったっての! なのに、食えるモンもねぇし」


 男の砕けた口調に軽く目をみはる。さっきまでの不機嫌そうな面からは想像出来ない気安さだ。

 そのギャップが素直に面白いとさえ感じる。もう少しこの男と話してみたいと思った。


「なぁお前、名前…確か八嶋やしま こうって言ったっけ?」

「ああ…あんたは金城…なんていったっけ」

「隆だ」

「名前とか、よく一発で覚えるな。すげぇ」

「結構覚えねぇ? こういう飲み会とかすると何となく入って来るんだよ」

「へぇ、面白い特技だな」

「仕事とかだと結構便利だぜ。名前すぐに覚えるからさ」


 ちょっと笑って告げると、恒は何かを思ったように小さく笑ってみせる。


「…あんたさ、ちょっと俺の好きなバンドのヴォーカルの声に似てるんだよな。良い声してる」


 面のいい男にそんな事言われるなんて思ってもみなかった為、おれは少し良い気分で男にその話の続きを振った。


「へー、何てバンドだ?」

「解散したインディーズなんだけど『C・スクウェア』ってバンド。丁度行ったライブが解散ライブだったんで特に印象強くてさ、マジ何なんだよってなったわ」


 まさか、ここでその名前が出てくるとは思わず、おれは何て返していいかわからないまま小さく相槌を打つ。


「へ、へぇ……」


 その相槌の反応がイマイチだと思ったのか、男は少し顔を歪めて見つめてきた。


「あんま興味なかったか?」

「いや…」


 興味がないんじゃなくて、何て返して良いかわからないだけだ、とは言えずに否定の言葉だけが口を突いて出た。


「じゃあ今度CD聞いてみるか? 今聞いててもすげー似てると思うし。まぁ、機会があればだけど」

「ああ、そうだな」


 曖昧に頷いて、この会話は終了させる事に成功した。

 会話が途切れたところで、男はろくに吸ってなかった煙草を灰皿にねじこむ。


「…譲には一言断ってからにするけど、俺は残してきてる仕事があるからここで抜けるわ」

「マジか。おれ、もう少しお前と話してみたかったんだけど」

 合コンに来てこの展開もどうかと思うが、それくらいこの男に興味を持ってしまったのも確かだ。

「あー…なら一応連絡先交換しとくか。また会う機会があればさっき言ってたCD貸してやるよ」

「お、おう…」


 CDはいらねぇけど、連絡先は是非とも交換しておきたいところだ。

 手っ取り早くLINEのQRでお互いのIDを交換する。相手がおれのQRコードを読み取ったところで男のLINE画面に赤いスマートフォンのアイコンが追加された。


「この隆って名前のアイコンがお前の?」

「ああ。お前のアイコンは猫かよ。この猫いいな」

「可愛いだろ、飼い猫だ」

「猫飼ってるのか」

「犬もいるぞ、どっちも可愛いぜ」


 アイコンの話から動物の話をすると、男の表情がちょっと緩んだ。なんだコイツ、こういう表情もできるのか。

 女相手とは大違いの表情が見れて、また少し面白くなったところで時間切れとなり、二人で喫煙室を出た。




 恒が仕事で退席することがわかった途端、未練たっぷりな女の声が次々と上がった。


「八嶋さん、帰っちゃうんですかぁ?」

「連絡先とか交換出来ませんか?」

「仕事が忙しくてすぐ帰らないといけないので、連絡先はまた次の機会に…」


 それでは失礼します、と涼しげな表情を浮かべて恒は店を去っていった。

 さっきまで喫煙室で疲れた顔してたってのに、少し愛想振りまいただけで女たちからは吐息のような黄色い声が溢れる。

 本当に面のいい男ってのはたちが悪い。ちなみに、食えるモンがねぇと言っていたアイツの席には、山盛りのサラダや前菜、パスタが置かれたままで一切手がつけられていなかった。

 おれは合コンの席に戻ったものの、立ち去った恒にすっかり心を奪われた女たちは、残った男性陣にもはや興味はなくなっていた。しかもこの飲み会が終わるまでずっと、幹事の譲から恒の連絡先を聞きだそうとする奴までいた程だった。

 おれと明彦はそこまで騒がれずに最後まで飯を堪能出来たし――それなりに美味しい店と評判だったのもうなずける程度だった――アイツと連絡先も交換できたし、おれとしては上々な飲み会だったと言えるだろう。






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