非日常のハジマリ

音羽 咲良

プロローグ




――それは、一枚のCDから始まった。


 高校二年のある昼休みの話だ。よくつるんでいる後輩の田崎たざきゆずるがインディーズバンドのCDを持ってきたのだ。


こうさん、これオススメなんで聞いてみてくださいよ!」

「何のCDだよ?」

「C・スクウェアっていうインディーズのロックバンドなんですけど、かっこいいんですよ!」

「ロックバンド? 俺、あんまりこういうの聞かねぇからわかんねぇんだけど」

「でも、すごくイイ曲ばっかなんで!」


 渋る俺を他所に譲は是非、とCDを押し付けて早々に自分の教室へと戻っていく。ただCDを勧めに来ただけのようだ。

 受け取ってしまったものは仕方がない。家に帰ってから聞いてみるか、と鞄の中へ放り込んだ。

 次の日の昼休み、前日と同じような勢いで譲が俺の教室までやってきた。


「恒さん、CD聞きましたか?」


 CDって何の話だ、と思いながら問い返せば、譲は語気を強めて反論してきた。


「何、って昨日渡したCDの事ですよ! 聞いてくれてないんですか?」

「悪い、忘れてた」


 鞄の中に入れっぱなしになっていたCDの事をようやく思い出し、軽く謝る。


「もー、恒さん酷いですよ! 今日帰ったらすぐにでも聞いてくださいね?」


 そう言い捨ててCDを預けたまま譲は立ち去って行った。そのまま返しても良かったのだが、譲がそこまで強く言うのも珍しい。仕方なく家に帰ったら聞いてみることにした。




 家に帰ってきてから、パソコンを立ち上げると早速そのCDを流してみる。

 前もってロックバンドと聞いていたので、派手に鳴り散らす音楽を想像していたのだが、ドラムやベースのリズムに乗って繊細に鳴るギターや、迫力を出すキーボードの響きに意外さを感じた。そしてそれらをまとめるボーカルの歌声には感嘆すら覚えたほどだ。

 かっこいい、と譲は言っていたがどちらかというと面白い。CDには八曲ほどしか入っていなかったが、どれも曲として綺麗にまとまっているしノリも良くてメロディも聞きやすい。

 なかなか良い曲だな、とパソコンにダウンロードし、通学時にも聞けるよう携帯のメモリにその曲を取り込んでおいた。


 次の日。譲にCDを返しながら感想を伝える。


「結構面白かった。こういうバンドもあるんだな」

「ね! 結構いいですよね! 今度彼らのライブあるんですけど行きます? 実はノルマあるんですよー…」


 ラストチケットなんです、と一枚のチケットを取り出す。

 そういやバイトでどっかのバンドの手伝いしてるって言ってたけど、このバンドの事だったのか。


「バイトなのにノルマあるのか? そんなんじゃバイト代入ってこないんじゃねぇのか」


 疑問を口にすると、譲は笑って手を横に振った。


「いえいえ、これはバイトじゃなくてお手伝いなんでノルマ数少なくしてもらってるんです。預かってるのも五枚だけなんスよ」

「へぇ…それでやるのは何時なんだ?」

「急でアレなんですけど、今週の土曜の十八時からです」


 今度、というからまだ時間があいているのかと思えば今週なのか。どおりで譲が必死になって勧めてくるわけだ。まぁ、幸い今週の土曜なら用事もないし、大丈夫だろう。


「ノルマあるならチケット買ってやるよ。いくらだ?」

「前売り二千五百円です」

「五千円しかねぇから釣りあるか?」

「大丈夫っす。まいどありー」


 釣りと一緒にチケットを受け取る。場所は譲のバイト先のライブハウスで、学校からでも行ける距離だ。


「あ、恒さんライブ初めてですか?」

「あぁ。こーゆーのは初めてだな」

「じゃあ、会場の入り口で待ち合わせしませんか? 慣れてないとわからない事も多いですし」

「わかった」

「あ、あとライブは軽装で来た方がいいですよ。一応コインロッカーはあるんですが、数に限りがあるから荷物預けられるかわかんないんで」


 そう言われ、それもそうかと素直に頷き、ライブまでは携帯に落とした曲を聞き込んでおいた。

 そして迎えたライブ当日、俺が見つけるより先に譲が俺を見つけてきて挨拶をした。


「恒さん、こんばんは。そのジャケット、初めて見ますけど、新しく買ったんですか?」

「いや、軽装でライブに行くって言ったら兄貴が貸してくれた」

「いつもならが優しいお兄さんですよねー」


 それで済む兄貴ならいいんだが、寒くないように最初はダウンジャケットを勧められ、荷物になると一悶着起こした上でこのジャケットになったのだ。まぁ、薄手のわりに暖かいもので着心地は良かった。


「それより譲、こういうライブってこんなに人が多いものなのか?」


慣れないライブ会場に来た俺は、人気あるんだな、と唖然としながら譲に話しかけた。


「え、言ってませんでしたっけ? ラストチケットだって」

「ラストチケットってノルマの最後の一枚って意味じゃないのか?」

「違いますよ、C・スクウェアのラストライブって意味です。だから今日はファンの皆も終結して一段と盛り上がってるんですよ!」


 ちょっと、待て。じゃあ何か? このバンド、もう活動しないってことなのかよ。


 譲と俺の言葉の齟齬に今更ながらに気付き、恨めしそうに声を上げた。


「…そもそも初めて聞きに来るライブが解散ライブとかどうなんだよ!?」


 折角気に入って聞きに来たバンドが、今日でラストとか意味がわかんねぇ。


「仕方ないんですよ。皆、進路が決まったって言ってましたからね」


 本業は大学生なんですよ、彼ら。と譲は俺に説明するように聞かせてくれた。

 あの音が出せるのに本業にしないというのは惜しい気がするが、それこそ本人たちの問題だ。赤の他人の俺が口出しする事ではない。


「こんなに人が多いと人酔いしそうだな」

「そうですね、ファンは前の方に行きがちなんで、恒さんは後ろの方にいた方がいいですよ」

「わかった」


 話しながら、緩やかな人の波にまぎれて建物の出入り口を入っていく。


「開演時間までまだありますけど、そこの黒い防音扉がステージ下の入り口になってるので、恒さんはそこから入ってください」


 譲が指差した先には分厚い黒い扉があり、そこがステージとの境になっているようだ。


「オレは手伝いがあるんでもう少ししたらいきますけど、ロビーで時間つぶすのもいいですよ。物販とかもありますし」


 出店のようなワゴンの連なる箇所に視線を向けて、譲は説明していく。


「あ、そうそう。さっき入り口でチケットと交換でコイン貰いましたよね? あれ、ワンドリンク制の引き換えコインなんで、恒さんはさっき受け取ったコインと引き換えで飲み物受け取ってから中にどうぞ」

「そうなのか。入場記念のコインかと思って眺めちまったわ」

「恒さん、記念コインってなんですか…」


 俺の言葉に苦笑しつつ、譲はスタッフオンリーの扉の向こうへと姿を消した。

 俺はすぐに中には入らず、物販を眺めてから中へと入る事にした。今日でラストという事ならCDくらいは買ってもいいかもしれないと思ったのだ。

 こういうライブに来るのは初めてなので物販の列を眺める。いくつかブースが分かれているところを見ると、今日は目当てのバンド以外にも出演するバンドが何組かあるらしい。

 その中でもC・スクウェアの物販はやはり混み合っていた。それでも数枚出ているCDと彼らのロゴが入ったライブタオルを購入して俺は列を離れた。

 コインと飲み物を交換し、中へ入る。普段音楽ホール等で見るような椅子は一切なく、一段高くなったコンクリートむき出しの台がステージで、後はオールスタンディングで好きなところにいても構わないようだった。

 勿論、慣れていない俺は譲のアドバイス通り一番後ろを陣取る。先ほど受け取った飲み物――中身はウーロン茶だ――を一口含みながら、これから始まるライブに胸を膨らませながら始まるのを今か今かと待ち受けていた。


 目当てのバンドは四組目、一番最後のトリを飾っていた。

 他のバンドの演奏も聴いていたが、このバンドは前三組とは熱の入りようがまるで違っていた。歌もギターも全てがはっきりしており、聞いてきたCDよりも迫力が凄かった。それだけに今日でこのバンドが終わってしまうのが勿体無いとさえ思ってしまった。とはいえ一般人の俺に何か言えるわけでもなく。

 そしてC・スクウェアの存在はCDにしか残らないものとなったのだ。











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