第47話 これが俺達だ

 目の前に現れた巨体は体から紫色の血を飛ばして倒れた。その先に、あかね、佳凛、ハジメが今にも俺を殺すんじゃないかと思うくらい怖い形相でこっちを睨んでいた。


「あ、あの、ありがとうございます……」


「「「……」」」


 無言で近付いてくるうら若き乙女三人。その眼光の鋭さと言ったら、サバンナの王様だって尻尾を巻いて地球の裏側まで逃げるに違いない。


 因みに今ぶっ倒れたのは懐かしきマガツヒ。俺は力との激闘の後、恐らく敵陣のボス、誓の最後の配下、マガツヒとの戦闘が始まった。恐るべきはその頭の良さ。加えて、あの体格から放たれる真空の刃に、マガツヒの能力、闇の引力で逃げられないという回避不可能であり、一撃必殺の応酬に四苦八苦していた時のことである。通信機から声が漏れ始めた。


「るんるんるーん♪ どうやっておっ仕置っきしーよぉーかなぁー♪」


「らんらんらーん♪ 痛いのはぁーだぁーめだぁよぉーイっザナギーがーいーるーからー♪」


「ぱっぱかっぱーん♪ 全裸に剥っいてー縄でー縛ってー裸の生贄ー精神攻撃ぃー♪」


「「「今すっぐ殺しってあっげたいなあああああぁぁっぁぁぁぁぁぁぁー♪♪♪」」」


 狂った三人組が通信機から現れた――……。


 力はその歌を聞くと、小さく縮こまり後ろを向いて怯えてしまった。


「きききききっと僕が酷いことしちゃったから怒ってるんだ! あのおねぇちゃん達、僕を磔にして手足を釘とかでぶっ刺して死ぬまで拘束して爪と肉の間とか鉛筆で刺したり目ん玉計量スプーンの大匙とかでくり貫いたりして笑うんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「お前よくそんな残酷なこと思いつくな……。腐っても我が子か……。大丈夫だよ、ちゃんと謝ってりゃいくらあいつらでもそんな残酷なことしねぇ……かもしれない」


「やっぱりそうなんだぁっぁっぁぁぁっぁっぁぁあああ!!!!」


「「「するかぁぁあああぁぁぁあぁああぁぁぁあぁ!!!!」」」


 三人の攻撃を一心に受けたのは俺だった。首の骨が折れそうだった。


「痛いじゃないか!」


「あんたねぇ!! また私達を置いて行こうとしたでしょ!?」


「してねぇよ。お前ら、気絶してたじゃないかよ!」


「起きるまで待ちなさいよ!!」


「んな無茶な……」


「ぐごああああぁぁぁぁぁががががいぎあいぎあああ……」


 マガツヒは倒れる。俺からは背中しか見えない。しかし、背中の真ん中には紫色の噴水があった。あかねの華奢な手がマガツヒを貫いていたのだ。


「グロッ!」


「元治くーん!! また置いて行こうとした! マガツヒが出たら呼べって言ったじゃん!!」


「いやまぁそうですけど……」


 まさか一撃で殺すとは思わなかった。慈悲の欠片もなかった。まぁある訳もないか。サダメの婆の仇でもあるしな。恨みこそあれど、生かしておく意味もないし。


「あたし、寂しかった! また元治くん一人でどっか行っちゃうんじゃなかって! 心配した! 仲間に心配かけるなんて! どうかしてるぜ!」


 あかねの顔が膨れる。こいつ、天然でこれなんだよな……。本当に……どうかしてるぜ! 俺も負けずに真顔で変顔を返答する。


「なにそれ? 喧嘩売ってるのご主人様。その顔、二秒以内に辞めないとキャンタマ握りつぶして川に流す!」


「いや、ハジメ……マジで怖いから」


「それくらい怒ってるってことだよ!!」


 こいつらは……何でこうなんだ。遠ざけようとすれば自分から近付いてくる。離れようとすればどこまでも追ってくる。俺がお前らを思ってやっていること全てにケチ付けて真逆の行動で俺を助けてくれる。あぁーもぅ! まったくもぅ!!


「……あっはは!」


 不意に力が笑い出した。


「あっははははは! お父さんこの人達変な人たちだねぇ! あはははははは!」


「……ぷぷ。そうだろ? 変な人達なんだ。お父さんも大変なんだ」


「……力くん力くん。なんで笑っているのかな? かな? 面白半分で笑っているなら……」


 一瞬の溜め、そして……


「殺すよ?」


 生気の宿らない目で力を見つめる。あかねの右手に鉈が見えたのは俺だけだろうか……。


「とにかく! もう私達を麻由美さんの所に送らないで! 私達はみんなで一緒にいるから私達なんだよ!」


「そう、ご主人様は分かっていない。私達はご主人様に守られるだけの存在じゃない」


「あたし達もあんたを助けたいのよ。手助けさせてよ……」


 こいつらは……俺の気持ちも知らないで!!


「元治の気持ちは分かるわ」


「!!」


「それでも、あたし達はあなたに付いていく」


「危険なんだぞ!?」


「その危険に向かおうとしている元治くんを、絶対に一人では向かわせない」


「死ぬかもしれないんだ!」


「死なせない」


「絶対に元治は死なせない」


「だから……」


「「「私達を守ってよね!」」」


 俺は……何も言えなくなってしまった。まだ二十代にもなっていない女の子が俺を守ると、そう言ってくれたこと。俺の中の靄が完全に晴れた気がした。その笑顔が眩しくて、目映くて、嬉しくて、楽しくて、心地良くて、麗しくて、燦爛たるその輝かしい笑顔は、俺の中にあるはずだった譲れないものを尽く打ち壊して、新しい世界を見せてくれるから――


 俺はただただ、その笑顔を見つめて本当に守りたいと思ってしまった。本当にもう、こいつらには勝てないな……


「何じっと顔見てんのよ! 恥ずかしいじゃない……こんなこと言わせないでよね!」


「あ、いや、悪い。何かスッキリしたっていうかなんて言うか……」


「ご主人様、なんかフワフワしてるね」


「うるさいな、いいよもう。一緒に行こう。俺達は全員で俺達なんだろ?」


「! うん! そうだよ! そこんところよろしく!」


「力くんも一緒にな! お父さんを助けてくれないか?」


「僕は最初からそのつもりだよ。カグヅチはいなくなったけど、元々僕は死人だからね! この国からは出られないし」


「まぁ、力、昔のことは謝るからあんまし言わないで……」


「あはは! このくらい耐えなよお父さん! 因みに言っておくと、お母さんはもっとすごいよ?」


「それ誓じゃなくてイザナミなんだろ? 誓も助けてやらないとな」


「イザナミ様……あの人にかかれば僕達なんて一瞬で全滅なんてこともあるかもね」


「それ、ヤバいんじゃない? これから戦うってのに……」


「まぁ叢雲の剣と十束の剣があれば何とかなるとは思うけど……」


「そこに賭けるしかないと思う。イザナミ様に近付くのは台風の中を全裸で歩くより大変かもしれないから……」


「どんな例えだ……」


 俺達は歩き出した。もう迷わない。俺はこいつらの笑顔を守り抜く、その為には俺のやりたいようにやるしかないんだ。仲間の喜びを、その横で本気で喜ぶことができる大切な仲間。これが俺達の在り方だ。他の誰でもない、俺達の生き方なんだ。だから最後まで全員で戦う。これで最後だとしても。終わった後、全員で笑えるように。俺達はこれからの未来を、笑顔のあるものにするために進むんだ。


「イザナギ、場所は分かるな?」


「ああ、もう一つしかない。それにイザナミの気はこの世界でも異質なことに気付いた。間違えようがない」


「最初からそれ分かってれば、こんなに苦労しなかったんじゃないの?」


「そうすると、物語が進まないだろう?」


「お前……もう喋るな……」


「とにかくここからなら東北東だ。そんなに遠くない。行こう」


「東北東ってどっちだよ。てかこの世界に東西南北あんの?」


「一応あるよ。必要ないけど、東北東ならあっちだね! 付いてきてよ!」


「やっぱ地元民は助かるわー」


「地元と言っていいのかどうなのか……」


 全員が揃うと結局バカ話になってしまう。でもそれが楽しいなんて今日これまで全然分からなかった。ふと思ってしまう。こんな時間がこれからもずっと続けばいいって――。


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