第45話 発掘の発見

 暫く振りに帰ると、家の中は異臭で酷く、吐き気を催した。警察って現場検証したらそれっきり、掃除なんて絶対しないし、立ち入り禁止のテープすら片付けてくれない。俺のように速攻で事件が解決した場合でも然りである。まぁ俺自身、この現場と向き合わなければならないと思ったから別にいいんだけど。立ち入り禁止のテープくらいは片付けてくれよ。近所の悪ガキどもが遊び半分で侵入してきたら一生消せないトラウマになるぞ?


「しかし……すごいな……」


 これがすべて俺と力の血だなんてな……俺も恐ろしい殺人鬼になったものだな。そんな話を誓の仏壇に話しかける。誓の写真はにこやかに笑っている。誰も憎んじゃいない。誓は人を憎めるような人間じゃなかったし。ただ、力を……その……うん。そのことだけは絶対に許してはくれないと思う。壊れた自分の狂気ってやつを実感した。俺は、誰よりも残酷になれることを知った。俺は毎日二人に向かって謝り続けるよ。力の写真も早く作らないとな。許してくれとは言わないつもりだけど、そっちで何もすることがないなら俺の話、毎晩聞いてくれればいいから。それにも疲れたら、いつ呪い殺してくれてもいいよ。お前らになら、呪い殺されても怒ったりしないから。


 そんな風に過ごす毎日、今から一から仕事なんてできねぇなー。殺人鬼だし、俺。すでに自分で自分を呪ってしまっているといっても過言ではない気がしてくる。幸い金はある。生前、誓はかなりのドケチだった。俺は結構会社では出世していたし、稼ぎも年齢の割には結構高かった方だと思うが、絶対に俺と誓は贅沢をしなかった。俺に至ってはしたくてもさせてもらえなかった。「力の為に遺しておくのよ」と言って、俺達は金があるのにビンボー生活を送っていたのだ。その金、なんと数十億……。銀行口座の桁を見てビビった。金の管理は誓がやっていたから、俺は月々二万円のお小遣いで生活していたのだ。因みに俺も誓も悪いことでお金は稼いでいません。


「この金……俺一人くらい後の人生遊んで暮らしても使い切れないぞ……」


 しかも、俺には親族もいない。誓にもだ。相続する人すらいない。どうしたもんかな……。とりあえず、掃除道具を買って、部屋を綺麗にしてから考えることにしよう。超有名な世界のサッカー選手とかだったら、一年で稼いでしまうかもしれないが、俺達は二人で十五年くらいコツコツと節約して貯めた金だ。遊びにだけ使うなんてことは出来ない。まぁ誓の亡くなった親が資産家で、土地とか大量に持っていた為に手に入れた金とかも入っているので、俺達だけで稼いだ金ではないのだが、やはり、使うのは結構躊躇われるのだ。そんなことを考えながら、俺は久しぶりに町に足を踏み入れた。


 近くのホームセンターで、掃除道具だけ大量に買い込む。買い過ぎじゃないかってくらい買ったが、これでも足りない気もする。何せ、部屋を彩る鮮明な赤色は、家中に飛び散り、元の色が全く分からないくらいに黒ずみ始めていたからだ。


「あんなん落ちるんかな……」


 家はカントリー風のカッコいい木目が自慢の家だったのだが、こうなってしまっては壁を木にしたことを後悔せざるを得ない。完全に落とし切ることは不可能だろう。生活可能なレベルまで落とせればいい。もう、諦めるしかない。


 そんなことを思いながら、屋上の喫煙所で煙草を吹かす。久しぶりに吸った煙草は、枯れ木のような味がして、美味しくはなかった。ふと、壁に貼ってある求人広告を見る。


【 歴史学教授  種川 茂信  発掘調査助手の募集!! 】


【 日給 三万円!! 滅多に出ない今がチャンス!! 】


 何がチャンスなのか分かったもんじゃないが……、暇を潰せるかもしれないし……別に日当に惹かれたわけじゃないよ? 本当だよ?


【 日本全国、または世界を私と一緒に回りませんか? 】


 謎のおっさんが、イラストでこっち向かって笑顔を飛ばしている。こえー。でも、そんな募集、ホームレスでもない限り人見つかんないんじゃない? 現在の日本に仕事をせず毎日暇をしている人間なんて真面じゃないことは明白だ。……気になって仕方がない。メモはしておこう。


 煙草の火を消して颯爽と家に帰ると、すぐに掃除に取り掛かった。やっぱり完全には落ちないな。そりゃそうだよね。この惨劇だし、事件起きてから何カ月かは経過しているんだから。それでも、できる限り綺麗にすると、辺りは夜になっていた。


「誓、力、ごめんな」


 謝ってから俺は再び家を出る。なんか自分の家にも居た堪れなかった。ポケットに手を入れて夜道を歩く。クシャクシャになったメモを取り出す。そういえば、これ、なんとなくメモっちまったけど……ん……電話、してみようかな――


 俺は、携帯電話を取り出し、メモした通りの電話番号にかけてみる。時刻は二十三時前、出るわけないだろうと思った。


「――もしもし」


「あ、え――あの!」


 出たことにびっくりして、どもってしまう。


「アルバイトの募集を見て電話したんですけど……」


「おお!! 私が種川だ! 君、名前は何というのかね!?」


 教授直通の電話で広告出していたのか? 頭イカレてんな!! 心では思ったが口には出さないでおく。頭が良い奴は大抵どっかのネジが外れていることが多い。偏見だと言われればそれまでだが、俺が今まで会った頭の良い奴は、大体がぶっ飛んでいるような奴だった。


「私は、新木元治といいます。歳は四十です」


「そんなことはどうだっていい!! いつからここに来れる!?」


「えぇええ!? え、じゃあ明日――」


「明日だな!? 分かった。じゃあ明日の七時に私の研究室に来てくれ! それでは」


 ガチャ……ツーツーツー。


 あ、え、終わり? 明日って言っちゃったけど……。行けるかな? 大学ってどこだっけ? 調べてみると隣の県の端っこに位置する、某有名大学だった。


「朝七時って……早すぎない?」


 俺は少しげんなりしたが、家にいても居た堪れなくなってしまうし、誰もいないのに誰かに責められているような気がして結局行くことにした。



 ☆



 翌朝、俺は時間ぴったりに種川教授の研究室の前にいた。朝が早すぎるのか、学校の正門は閉まっていたが、外にいた警備員さんに事情を話すと「ああーあの教授ね、はいはい分かりました大丈夫ですよー」と言って通してくれた。この大学で種川氏の人柄は知れ渡っているようだ。


 ノックをすると「どうぞ」と電話の声とは少し違ったが男性の声が聞こえてきたので、粗相のないように丁重に中に入る。


「誰だい? 君は」


 恐ろしい第一声だった。酷くくぐもった声に顔面蒼白なじいさん。これが種川氏か?


「昨日、電話しました。新木元治です」


「おお!! おお? 電話なんてあったっけか? まぁいい何の用だい?」


「あの、発掘助手の広告を見て電話したんですけど、それで、今日この時間に来いって……」


「おおおお!! そうだ、少し思い出してきた! そうだったね! で、明日からエジプトに行くんだけど大丈夫かい?」


「どえ!? 明日からでしか!? なんとかまぁ行けるとは思いますけど……」


「その前にこの映像を見てくれるか?」


 話が嵐のように過ぎていく。種川氏が見ていた映像は、最近新たに発見されたエジプトの遺跡の発見現場だった。


「なんか……不自然ですね……」


「どう……不自然かね?」


「なんというか、調査員の人間の動きがおかしい気がします。最初からここに何かがあるようなことを知っているかのような……」


「君もそう思うかね、これはエジプト政府が前から発見していたが、隠していたんではないかと私は睨んでいる。で、このタイミングで発表したということは、エジプト政府はここで見つけられるものをすでに見つけたということではないかね?」


「私もそう思います。でも、発掘ってその先が大事じゃないですか?」


「言ってみなさい」


「もう、何も出ないと思ったところから、さらに深く、根強く調べた結果、新たなものが発見される例なんてたくさんあります。ここでエジプト政府が諦めたなら、この先が他の考古学者の仕事じゃないですか?」


「うむ、まぁ合格だな。じゃあ明日に備えて今日は帰りなさい。私も寝る」


「明日は、どこの空港に、何時に集合で、何日の滞在で――」


 こうして、俺は現在の生活に戻っていくのだった……。変人になっていったのはきっとこの種川氏の影響が大きいと思う。俺は壊れた自分を治すのに別の壊れた自分で塗りつぶしていくだけだったことを明記しておく。

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